第161話 見えてきた目的地

「俺が…この世界に来る前の話だが…」


「いきなりなんですか? イチロー様」


 俺の唐突な話の切り出しに、カローラが怪訝な顔をする。


「俺の好きな小説に、宇宙で戦う将軍の話がある」


 怪訝な顔をするカローラを無視して話を続ける。


「その将軍は、指を一回鳴らせばエロ本を、二回鳴らせばティッシュを持ってくるように部下に命令していた…」


「エロ本? ティッシュ?…」


 カローラは首を傾げている。


「だが新兵にその役目を任せて、指を二回鳴らした所、新兵はティッシュではなく、二冊のエロ本を持って来た…そして、その遠征中、将軍は二冊のエロ本に困らなくなったそうだ…」


 そう言いながら、俺はコヒーを口元に運ぶ。


「今の俺は、その将軍の気持ちが良く分かるよ…」


「つまり、どういうことですか?」


「同じエロ本は二冊もいらんという事だよ…カローラ卿…」


 俺は気取ってそう答えるが、今の俺は、右手と左手の両手でコヒーの入ったカップを持っている。そしてそんな俺をじっと見ている二人の人影がある。カズコと骨メイドのヤヨイである。


「ってか、カローラ、この状態なんとかならんか?」


「ある程度、自由にさせるという約束でヤヨイに付いて来てもらいましたからね、私からは何も言えません… それに」


 そう言って、カローラはカズコに視線を向ける。


「カズオ…いやカズコは元々イチロー様の配下ですからね、尚更、私からは何も言えませんよ」


「とはいえ、カズオがカズコになってからというもの、お茶の度にカズコとヤヨイから二杯も飲まされて、腹がタプタプになるんだが…」


 そう言いながら、俺は腹を擦る。


「イチローさんっ!」


 そんな俺にマリスティーヌが声を飛ばしてくる。


「なんだ、マリスティーヌ」


「シュリさんがずっと意識がありません!」


「あぁ、シュリか…」


 俺はそう答えながら、両手のカップを受け皿に降ろして、マリスティーヌに向き直る。


「マリスティーヌ、安心しろ、シュリは単に寒くて動けないだけだ。シュリは元々ドラゴンの爬虫類だからな、平温動物である爬虫類は、寒くなると動けなくなる性質なんだ」


「そ、そうなんですか?…」


 マリスティーヌはポチの毛に埋もれて顔だけ出しながら、同じく顔だけ出して埋もれているシュリの顔を心配そうに見る。


 結局、あの村ではマリスティーヌとシュリの新しい服や防寒具を手に入れる事ができなかた。まぁ、あの村も北方に近い場所にあり、比較的暖かいカローラ城周辺と異なり、寒くなってきているので、旅人に防寒具を売るほど余裕が無かったのだ。


 その状態でここまで旅を続けてきたのだが、ここまで冷えて来るとは、予想外だった。


「お前ら二人とも、俺に競ってお茶を出さないで、シュリとマリスティーヌにもお茶を入れてやれよ。特にシュリは身体を温めんと動く事すらできんのだから…」


 側でじっと俺を見つめるカズコとヤヨイに向き直る。


「でも…やはり、旦那様を一番最初にご奉仕しないと…」


「コクコク」


 融通が利かんな…こいつらは


「じゃあ、命令だ。マリスティーヌとシュリの二人に身体の温まる飲み物を出してやってくれ」


「私はホットミルクが欲しい」


 カローラが手を上げる。 


「では、カローラにホットミルクも追加だ」


「分かりました、旦那様、すぐさまご用意いたします!」


「コクコク!」


 俺の注文に二人はまた競うように準備を始める。


「めんどくさい…」


 俺は二人に聞こえないようにポツリと呟いた。


 そして、マリスティーヌは二人から受け取った暖かい飲み物をシュリに飲ませ始めた。


「シュリさん! 目を覚ましてくださいっ! 暖かい飲み物ですよっ! さぁ! 飲んで!」


 すると、シュリはマリスティーヌの声と、口に流し込まれた暖かい飲み物で、意識が覚醒し始めて、薄っすらと目を開いて、か弱い呻き声を上げる。


「うぅぅ…」


「シュリさんっ! 目が覚めましたかっ!?」


 マリスティーヌの声に、シュリは油の切れた機械の様にマリスティーヌにゆっくりと顔を向ける。


「マ、マリスティーヌか… わ…わらわはもうダメじゃ… わらわの事は…ここに置いて… お主は…先に行くがよい…」


「何を言っているんですかっ! シュリさん!! 一緒にかつ丼を食べた仲じゃありませんかっ!! シュリさんの事を置いて行くなんてできませんよっ!」


「ふっ…お主は優しいのぅ…マリスティーヌよ… だが、自分の身体の事は…わらわが一番…分かっておる…」


 シュリはそう言って、おもむろにポチを撫でる。


「ポチ…わらわを温めてくれたじゃな…分かるぞ…お前はいつまでもわらわと一緒だって…そう言ってくれてるんじゃな…ありがとう」


「くぅ~ん…」


 ポチが困った顔をする。


「ポチ… わらわは食べたんじゃよ… 一番食べたかった、主様の骨付きあばら肉を…」


 おい、ちょっと待て、シュリは何、口走ってんだよ…


「だから…だからわらわは…今、凄~く幸せなんじゃ…」


 そして、シュリは遠い目をして天井を見上げる。


「ポチ…疲れたじゃろ… わらわも疲れたんじゃ… なんだかとても眠いんじゃ…ポチ…」


 シュリはその言葉を言い残すと、糸の切れた人形の様に、ガクっと首が項垂れる。


「シュ…シュリさぁぁぁぁん!!!」


 マリスティーヌの悲痛な叫びが馬車内に木霊する。


「いや…だから本当に寒くて眠っただけだから…」


 マリスティーヌを安心させる為に声を掛ける。


「しかし…シュリの奴…何、フラダンスの犬みたいな事を言ってんだよ… それにポチを連れていく様な流れは止めろ…マジ止めろよ…」


 俺は暫く考え込んだのち、カズコに向き直る。


「仕方ねぇな… おい、カズコ!」


「はいっ! 旦那様!!」


 カズコは喜びに顔を綻ばせて、すぐさま返事する。


「今日の晩飯は、骨付きあばら肉にしてやってくれ…シュリも骨付きあばら肉の匂いを嗅げば、目を覚ますだろ…」


「はい! 旦那様! 旦那様の為に精魂込めて作ります!」


「いや、シュリの為に作ってやってくれ…」


 イビキをかくシュリを眺めながらカズコに返事をしていると、外で御者をやっているアルファーの声が響く。


「前方に都市が見えてきました」


「おっ、漸くカーバルについたのか?」


 俺はアルファーの言葉を聞いて、クローゼットの中から外套を取り出すと、ぱっと羽織って、連絡扉から御者台へと出る。


「すまないな、アルファー、一人で御者を任せてしまって」


「キング・イチロー様、ありがとうございます、漸く一人で馬車を動かせるようになりましたので、一人でも大丈夫です」


 俺はアルファーの隣に座って、前方にカーバルを確認する。前回旅したハニバルも牧草みたいな草しか生えていない荒涼とした大地だったが、カーバルの景色はそれに輪を掛けて荒涼というか、寒々しい景色が広がっている。所々に申し訳程度の生える草、針葉樹だけの森… 正に追放者が流れ着いた流刑地そのものだ。


 そんな景色の中、まるで写真でもコラージュしたかのように場違いな、この世界に於いてはかなり近代的な都市の姿が見えてくる。


 林立する高い建物に、よく整備されて幅の広い街道。またキラキラと光って見えるのは、多用している窓ガラスが光を反射しているからなのであろうか。この世界で建物にガラスなんて希少で高価な物を使えるのは貴族か王族ぐらいなものだが、都市全体レベルで多用しているとは驚きだ。流石は知識と技術の最先端都市と言われるだけある。


「はぁ~ すげーな、ここまで発展しているとは思わなかった」


 その見た目の凄さに、思わず感想が口に出る。


「私もそう思います。私たち蟻族は、獲物を捕まえて、卵を産み、増やすという単純な生態をしていて文化発展についてはおざなりでしたが、こうして優れて発展した都市を見ると、ただ単に人類全体を同化しなくてよかったと思います」


「あーお前たちの巣穴は単なる土壁だったからな…」


 でも、あの状況は人類側の城を攻め落とす環境だったからな、文化的なんて言ってられる状況でも無かっただろ。しかし、もし仮に蟻族が人類を駆逐して敵がいない状態になったら、人間の様に文化を発展していくんだろうか? ん~ 本来のコイツらでは個性がないから難しそうだな…

 

 だが、今のアルファーたちに関しては、少しづつではあるが個性が出てきたり、人間の文化についても理解や関心を持ち始めている。アルファーが御者を憶えたいと言ったのもその一つだ。


 まぁ、今まで他の生物を食料としてしか見てこなかったアルファーは、他の生き物の意志をコントロールする事は初めての概念で、酷く困惑していたが、ここまでの2週間でようやく、馬を操る事を憶えたようだ。でも、今回の馬はスケルトンホースで生理的な欲求がないから、普通の馬の場合は、また困惑するだろうな…


 そんな事を考えていると、都市の入口近くまで辿り着く。


「キング・イチロー様、あれは何なのですか?」


「ほぅ~ こんなのまで考えて実施しているのか」


 アルファーの言葉に、指差された物を見て、俺は関心の声をあげる。


 普通の都市の城門や入口は、区切る事無く往路と復路を共有していて雑多なになっていることが多い。しかし、ここは往路と復路が区切られており、尚且つ、高速道路の料金所のように、受付口がいくつかあって、長時間待たされる事無く、行き来が出来る様になっている。


 その事をアルファーに説明すると感心したように『ほぅ』っと声を漏らす。


 そして、受付でアソシエたちから貰った紹介状を見せて都市の中に通されると、俺は更に驚いた。


 普通の都市では区切りの無い大きな道が一本だけで、その上を往路と復路の馬車と通行人、出店や屋台が雑多に建ち並んでいることが多い。しかし、このカーバルの主要道路は、片側2車線に駐車スペース、更には歩道まで完備されている。


 この世界に来て、ここまで整備された都市を見るのは初めてだ。


「これは学園の本部に行く前に、ちょっと都市内を遊興して回るか」


 俺はすぐに査問の受付にはいかず、都市内を見て回る事にしたのであった。


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