第160話 ヘビーローテーション再び

「キング・イチロー様、そろそろ村が見えてきました」


 外で御者をしているアルファーが声を上げる。


「そうか… ようやく物資が補充できるな…」


 俺は懐から金の入った皮袋を取り出し、テーブルの上に置くとジャラリと音を立てる。


「それがお金の入った袋ですね? これから村で買い物をするんですよね? あ~ 待ちきれないなっ! イチローさんっ! 私、ちょっと一足先に村に行ってきてもいいですか?」


 これから遊園地に向かう子供が待ちきれなくて走り出しそうな感じのマリスティーヌは、まだ動いている馬車から飛び降りそうに扉に向かうので、俺はそのマリスティーヌの襟首を捕まえて引き留める。


「おい、ちょっと待て」


「ななな、なんですかっ! イチローさんっ! 早く行かないと村が逃げちゃいますよっ!」


 マリスティーヌは回転車に乗るハムスターの様に、足をバタバタとさせる。


「お前は目を放すと、勝手に良からぬものを色々と買ってきそうな気がする、だから村では俺と一緒にいろ」


「いや、そんな子供みたいに…私はそんなに子供ではありませんよっ!」


「いや、十分子供だ、それにマリスティーヌ、お前、今着ている服しか持ってないだろ、それにボロボロだし…着替えを買いに行くぞ」


 俺がそう言うと、捕まえられたハムスターの様に手足をバタバタさせていたマリスティーヌは、小汚い修道服を守る様に両腕を組む。


「これは師匠が下さった大切な衣装ですっ! 他の服はいりませんっ!」


「あぁ、お前の師匠の形見だったのか… それじゃ、捨てなくていいけど、洗濯する時とか着替えがいるだろ?」


 ずっと師匠と過ごした森から離れたんだ、確かに思い出の品は大切だな…


「水浴びをした時に一緒に洗ってますし、着ていれば、そのうち乾くので大丈夫ですよっ」


 マリスティーヌは、自信満々の顔で答える。


「いや、これから行くところはもっと北方で寒くなるから、そんな事をしていたら、お前…凍え死ぬぞ。それに下着の替えぐらいは必要だろ」


「えっ? そんなもの付けてませんよ?」


 マリスティーヌはキョトンとした瞳で答える。


「なん…だと!?」


 師匠の思い出の修道服を着た切りすずめのマリスティーヌが、シミーズやキャミソール、ベビードールの様な洒落たランジェリー類の事を言っているのでは無いだろう… また、この世界ではブラジャーのような物は、一部の貴族が使っているだけで、一般には普及していない…


 なので、この世界で下着と言えば、普通、下半身に履くパンツの事を言う…


 その衝撃の事実に気が付いた俺は、ゴクリと唾を呑む。


「マ、マリスティーヌ…お前…は、履いてないのか!?」


「えぇ、そうですよ、見ますか?」


 俺の問いにマリスティーヌはあっけらかんと答えて、修道服の裾に手を伸ばす。


「いらんわっ!!」


 俺の大声に、マリスティーヌはビクリと驚いたハムスターの様な顔をする。


「ただでさえ、シュリやカローラのせいで、俺がロリコンだと勘違いされやすいのに、新たなロリ枠のお前が、ノーパンでいる事が世間にバレたら、俺が超弩級の変態だと思われるだろうがっ!! しかも、修道女の服を来たロリがノーパンなんで、世間体が悪すぎるわ!!」


 これから俺達はカーバルに査問にいくのに、修道女にそんな事をさせている事がバレたら、今度は教会から異端審問されるわ!


「イチロー様が今更、世間体を気にするなんて…」


「あ?」


「いえ、なんでもありません」


 俺はカローラを威圧で黙らせる。


「兎に角、マリスティーヌ!! これからお前は下着を付ける事を厳命する!! 絶対にだ!! そもそも、なんで今まで下着を付けて来なかったんだよ…」


「いや、森での生活では、布は貴重品でしたから…」


 マリスティーヌは餌を貰えなかったハムスターの様にしゅんとして答える。


 まぁ…確かに森でのサバイバル生活では、布は貴重品になるだろうな。マリスティーヌの話では、師匠は両目が潰されたままでも、魔法で見える様になっていたと言う話だが、実際の肉眼と同じように見えていたとは思えない。恐らく、暗視魔法で、まるで赤外線ビジョンの様な見え方をしていたのではないだろうか? それだと細かい作業は無理だな…


「分かった…まぁ、兎に角、マリスティーヌは俺と一緒に衣料品を買い行くぞ」


 そして、俺は片方の手で金の入った皮袋から銀貨を一掴み取り出し、側でそわそわしながら俺の事を見つめているカズ…コに向き直る。


「カズコ…」


「はい、旦那様…」


 カズコは潤んだ瞳で答える。


「お前は、アルファーと二人して、食材の買出しに行ってこい」


「えぇっ!? あたしは旦那様とご一緒できないのですか!?」


 そう言ってカズコは俺の差し出した手を、両手で絡めとり、その豊満な胸を押し当ててくる。


「くっ!!」


 そのカズコの魅惑的な行為に、俺のマイSONは、伏臥上体逸らしの様に起き上がったり伏したりを激しく繰り返す。


「ひぃひぃっふぅ~ ひぃひぃっふぅ~」


 俺はマラーズ呼吸法を繰り返し、激しく伏臥上体逸らしを行うマイSONを鎮めて、極めて平静な顔を装い、カズコに向き直る。


「買出しの役割分担はいつもの事だろ? それに食材の買出しはお前にしか頼めない重要な事柄だ」


「旦那…様…」


 カズコはキラキラと潤んだ瞳で俺を見る。


「それと、これが最重要案件なのだが… かつ丼の材料になりえるものは一切買ってくるなよ…」


「どうしてですかっ!! イチローさんっ!!」


 カズコに告げた言葉に、マリスティーヌが詰め寄ってくる。


「材料が無ければ、かつ丼が作れませんよっ!!」


「作らせねぇ為だろうがっ!! こいつらを見てみろっ!!」


 そう言って、襟首を掴んでいるマリスティーヌをみんなの方向へと向ける。


「俺がかつ丼の作り方を教えてやってからというものの… 毎日毎日、朝昼晩と三食かつ丼を作りやがって、くっそ!! 骨付きあばら肉の次はかつ丼のヘビーローテーションかよっ!」

 

「あっ、みなさん、何だか健康的になりましたねっ」


「健康的じゃねぇ!! 太って来たんだよ!! 見ろ! みんなのむちむちぶりを!!」


 にこやかに答えるマリスティーヌに俺は怒声を浴びせる。


 シュリもカローラもカズコも…むっちりとした体形になっている。これ以上太ったらおデブちゃんだ。当然、俺の腹にも贅肉が付き始めている。

 しかし、ぷりぷりの幼女だったカローラが、幼女の姿のままむちむちになっている。俺が望んでいるのは大人の姿のえろむっちむちの姿であって、幼女の姿のむちむちではない。


「てか、マリスティーヌ、お前、人一倍かつ丼食っていたのに、お前だけあんまり太ってないよな?」


 欠食児童状態だったマリスティーヌの為に、最初の内は毎日三食のかつ丼を見逃していたが、マリスティーヌのやつれた感は無くなったものの、華奢なままで標準体型には至っていない。


「えっ? 私ですか? 私は、お世話になっている手前、何もしない訳にはいきませんので、毎日水汲みや焚き木拾い、薪割りを手伝ったりしていて身体を動かしているんですよ、お陰で筋肉が付いて来て、腕に力こぶが出る様になりましたし、うっすら腹筋も割れてきましたよ、見ますか?」


 そう言って、再び修道服の裾に手を伸ばす。


「だから、いらねぇよ!! ってか、お前…」


 反射的に裾を捲るのを止めさせたが、マリスティーヌの言葉に、ニュータイプ能力が閃いた時のアフロの様に、俺の脳内に赤いビキニアーマーを着た人物の姿が過ぎる。


「…マジで腹筋割れて来てんの?」


「えぇ、そうですよ、やはり見せましょうか?」


「だめだっ!!!!」


 マリスティーヌが裾に手を伸ばすよりも先に、俺は襟首から手を放して、両手で力いっぱいマリスティーヌを抱きしめる。


「お前はもう、水汲みも薪割りも止めろ!!! 絶対にそんな事をしてはいけない!!!」


「えっ? そ、それでは私は何をすればよいのですか? やはり、毎食かつ丼を作れば…」


「いや、それはいい…」


 俺は素の表情になって答える。


「そうだな、お前はシュリやカローラと遊んでろ、今まで同年代の人…と話をしてこなかったんだろ?」


「えぇ、そうですね…村の近くに行って見るだけでしたね…」


 そこで、扉が開き、御者をしていたアルファーが姿を現す。


「キング・イチロー様、村に到着いたしました…もしかして、御取込み中でしたか?」


「いや、そんな事は無い、じゃあ買出しに向かうぞ、アルファーはカズコと一緒に食材の買出しに行ってくれ」


 ちなみに同じようにかつ丼を食っていたアルファーの体形には少しの変化もなく、太っていない。では、過剰に摂取した栄養はどこに行っていたかというと…


「では、カズコさんと食材の買出しをいたします」


 そう言って、後ろを向いて馬車を降りるアルファーのお尻には、たぬきのしっぽの様な小さめの第二腹部が出来ていた。これはけっこう可愛いのでお気に入りだ。


「シュリ」


「なんじゃ、主様」


 俺に呼ばれてシュリが見上げてくる。むっちりしたシュリはトランジスタグラマーって感じで、俺のストライクゾーンに入りつつあるのだが、何分、クソ穴の総排泄孔だけだからな…


「お前も、服を買いに行くぞ」


「わらわもか? わらわならある程度、魔法で装いを変えられるが…」


「いや、お前は今、人間に擬態しているが、元々ドラゴンの爬虫類だろ? 平温動物のお前じゃ、これからもっと北方に行って寒くなると動けなくなるぞ」


「そんなに寒いのか?」


 シュリは首を傾げながら聞いてくる。


「あぁ、お前の想像している以上に寒いぞ、では行くぞ」


 俺はそう言うと、マリスティーヌを小脇に抱える。


「えっ!? ちょっとイチローさん、もう階段ぐらい一人で降りられますよっ」


 マリスティーヌは、あの崖の一件以来、高所恐怖症になったそうだ。最初はこの馬車の出口の階段すら、木に登って降りられなくなった猫の様に脅えて降りられなかった。今でもこの馬車のロフトには登ることが出来ず、夜はポチと一緒に眠っている。


「うるせぇ、お前にはもう一グラムたりとも、筋肉はつけられねぇ…」


 このままマリスティーヌを好きにさせていたら、知らない間に筋肉をつけて、修道服を着たちっちゃなマイティー女王が出来上がっちまう…


「主様、もう行くのか、では頼むぞ」


 そう言ってシュリが身体をくの字に曲げて、背中を見せる。


「シュリ、なんだ…それは…」


「小脇に抱えていくのじゃろ? だから、わらわも抱えられる準備じゃ」


 抱っこ受けの小脇バージョンかよ…


「シュリ、お前は自分の足で付いて来い」


「なんでじゃっ! 贔屓じゃ!」


 シュリは頬を膨らませて目を尖らせる。


「贔屓ってお前…お前は太ってきたんだから、歩いてちいっと痩せろ。それに女の子を二人も小脇に抱えて歩いていたら、奴隷商と間違われて世間体が悪いだろうが」


「主様…何を今更…」


「あ?」


「…分かったのじゃ…自分で歩けばよいのじゃろ…」


 膨れたシュリを連れ立って馬車を降りると、ポチがお座りして待っていた。


「おぉ、ポチ! ちゃんと付いてきたようだなっ!」


「わう!」


 猛烈に尻尾を振るポチの頭をわしわしとしてやる。


「ポチ、お前はみんなと違って、ちゃんと痩せて来ているようだな、いいぞ! ポチ! おりこうさんだ!!」


「わう! わう!」


「では、ポチも引き連れて買い物にいくか!」



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