第158話 イチローズ・オリジナル
「くっそ! なんで俺がまた料理しなくちゃなんねぇんだよっ!!」
俺は馬車の炊事場で一人、猪肉のロースを叩きながら愚痴る。
結局、カズ…コの作った料理は全て破棄して、材料の見た事の無い果実と、奇妙な根菜も原因究明用の物を少し残して埋め立て処分した。
そして、それらの素材に触れたカズコ・シュリ・骨メイドのヤヨイはそのままにしておけないし調理の再開にも時間がかかる、それからアルファーと修道女には変なばい菌が付いているかも知れないので、全員に石鹸を持たせて、水場に身体を洗いに向かわせた。
カローラはヤヨイに食べさせてもらっただけだと言うので、口の周りだけを布で拭い、その布は焼却処分だ。
というわけで、料理ができる者がこの場にいなくなったので、俺が料理をしているわけである。勿論、炊事場や、調理道具も全て、フランベをする為のアルコール度数の高い酒で消毒した後、更に魔法でも殺菌消毒を行った。もちろん、念のために俺が作った料理も別のハトを捕まえて、毒見をさせるつもりである。
幸いな事に、採取に向った者が危ない物に触れる前に、カズコがオートミールを炊いて疑似ごはんの様な物を準備していたので、俺はそれに合うような料理を作っている訳である。
ちなみに、遅くなったが今日の昼食はかつ丼にするつもりである。食料棚を開くと玉ねぎにジュノーでたまたま見つけた醤油に似た調味料、フェインからカローラ城に定期的に送られてくる昆布、魚の干物があるので出汁がとれる。また、食べ残しのカチカチになったパンもあったのでパン粉も作ることが出来る。猪肉のロースはまぁ…シュリの骨付きあばら肉のヘビーローテーションの時に余った分があったので、それを使う訳である。
「結局、また肉じゃねぇか… やはり、異世界の物は慎重に取り扱わないといかんな… 元の世界のものと似ている様でも、こんな事があるんだな… 今後は出来るだけ村で安全な野菜を買う事にするか…」
そうなると、野菜を保存するための冷蔵庫の様な物も必要だな… どこかで冷蔵庫の様な物は売っていないだろうか? 俺は冒険で使用する攻撃魔法や日用魔法なら得意であるが、冷蔵庫のような物は、魔法陣とかの魔法回路を勉強しないとダメだな…
これから向かうカーバルでその様な物を研究開発してくれないだろうか?
俺はそんな事を考えながら、小麦粉をまぶしたロース肉を溶き卵に潜らせ、パン粉を纏わせていく。
「そういえば、この卵もどうなんだろ? 日本での賞味期限は二週間ほどだが、これっていつ買ったものだっけ? 確か一週間程前か? まぁ、火を通したら大丈夫か…」
流石に卵を産む鶏を馬車で飼育しながらはねえわな、と思いながら油の温度を溶き卵を一滴たらして確認する。
ジュワ…パチパチ
溶き卵の雫は油の鍋の途中まで沈んで、浮かび上がってくる。良い温度だ。
俺はとんかつを油の中に放り込んでいく。俺とシュリ、カローラ、カズコにアルファー…後はあの修道女の分も合わせて6枚揚げればいいな。
とんかつを揚げている間に、丼のつゆも仕上げていく。砂糖はないので、カズコのお菓子作り用の甘い酒を使って、砂糖とみりん、調理用酒の代わりにする。
「主様~かえってきたぞ~」
馬車の入口からシュリの声が響く。肩越しに振り返って見ると、みんなさっぱりとした感じで姿を現す。例の修道女もさっぱりしているが、しょぼくれた顔をして逃げられないように肩を掴まれていた。
「あ、あたしも…綺麗にしてきました…旦那…様…」
カズコも潤んだ瞳で上目遣いで言ってくる。まるで、いまから致す為にシャワーを浴びたような状況である。くっそ…めっちゃそそる表情だ…
「キング・イチロー様、ご命令通り、食…いえこの人物を洗浄してまいりました」
アルファーの奴、今食材って言いかけたのか?
兎に角、アルファーは俺の前に例の修道女を押し出す。そして、綺麗にさっぱりとした修道女の容姿を良く見分しようと目を細めた瞬間、修道女は目にもとまらぬ速さで床に伏して土下座を始める。
「なっ!?」
「お願いです!!」
目を丸くする俺に修道女が必死な面持ちで声を上げる。
「奴隷でも、殺処分でも…殺されて食われる事も覚悟して受け入れますっ!! でも…でも…最後に」
修道女は涙目で俺を見上げる。
「何か食べさせてください…」
その顔は最後の慈悲を求める者の顔であった。
「いや…だから食わねぇって…」
ぎゅるるるるるるぅぅぅ~
修道女の腹の虫が馬車内に鳴り響く、俺はこの修道女に、そこはかとなくクリス臭を感じた瞬間であった。
「ともあれ、みんなこれであの食べ物の二次災害は防げる状況だ、もうそろそろかつ丼が出来るから、飯にするぞ、手の空いている奴は手伝え」
俺はとんかつを切りながら、棒立ちしている連中に声を書ける。
「私が手伝います、キング・イチロー様」
「旦那様、あたしも手伝います!」
(コクコク)
アルファー、カズコ、ヤヨイが一斉に詰め寄ってくる。
「三人一斉に詰め寄るなっ、カズコ…は卵とじ出来るだろ、お前は玉ねぎのスライスととんかつ、だし汁をつかって卵とじを作れ、ヤヨイは器に炊いたオートミールをよそってくれ、アルファーは…お茶の準備でもしてくれ」
三人の人外に詰め寄られた俺は、それぞれに合わせた指示を飛ばしていく。
しかし、アルファーとカズコは見た目が良いとは言え、なんで人外ばっかしなんだ? 何故、普通の女の子じゃないんだ…
本来なら普通の女の子たちに取り囲まれて、いや~ん♪ イチロー様の手料理なんて尊すぎますぅ~(ラブ) イチロー様の手料理を食べる事の出来る私たちは、特別な存在なんですわぁ~(感動) でも、食事が終わった後は、今度は私たちをた・べ・て(ハート)
ってのが、本来あるべき姿なんじゃないのか?
「えっと、すみません…少々お尋ねしてもよいですか?」
「なんじゃ? 小娘よ」
「あの方は調理中、何を仰っているのですか? あれは呪文か何かですか?」
「あぁ… あれはな…呪文やまじないでは無く… 身内のわらわたちも恥ずかしく思っているのじゃが、主様の脳内より漏れ出た…いや溢れ出た妄想じゃ… 聞こえてない振りをしてやってくれ…頼むから…」
「はぁ…そうですか…」
「おら、昼飯できたぞ! さっさとテーブルにつけ、カローラもカードを片付けろ」
俺は手を拭いながら、皆に声を掛けてテーブルへと追い立てる。
今まで、カズオが二人分の座席の大きさがあったので、俺、シュリ、カローラ、カズオ、アルファーの五人でソファーはいっぱいいっぱいだったが、カズオがカズコにモデルチェンジしたので、修道女も合わせて全員で座ることができる。なので、所定の位置プラス修道女がソファーに座り、ヤヨイがそれぞれにかつ丼と汁物を配っていく。
「うわぁ~ なんですかこれ!? とてもいい匂いです!!」
修道女は目の前に配膳されたかつ丼の香りに、瞳を輝かせる。
「かつ丼だ、とりあえず食え、お前との話はそれからだ。じゃあ、みんな食うぞ! いただきます!」
声をかけると同時に、修道女はスプーンを赤ちゃん握りしてかつ丼に突っ込んで、掻っ込み始める。
「なんですかこれ! なんですかこれぇ~!! とても美味しいです!! こんなの今まで食べた事無いです!!! 世の中にはこんなに美味しい物があったんですねっ!!」
修道女はキラキラと瞳を輝かせて、声を上げる。俺自身、自分の作ったかつ丼を口にするが、やはり代用品だらけで作ったかつ丼は、本来の味をしっている俺にすれば、今一つに感じる。それ抜きにしても米のかわりにオートミールを使っていることで、ごはんがちょっとべと付いている感じがして、料理としては及第点と言った感じだ。
そんなかつ丼をこんなに美味しい物を食べた事が無いと言っている修道女は、今までどんな食生活をしていたんだよ… 欠食児童でも見ている感じだ。
「そうか、美味いか…じゃあ、また作ってやるし、作り方も教えてやるから、たんと食え」
俺は憐れな生き物でも見るような気持ちで、修道女にそう告げた。
後日、修道女の残した日記にはこう記されていた。
イチローさんがくれた初めての食事、それはかつ丼で、私は14歳でした。
その味は美味くて濃厚で、こんな素晴らしい食事を貰える私は
きっとイチローさんにとって特別な存在なのだと感じました。
今では私が料理を作る側、イチローさんに作るのは、もちろんかつ丼
なぜなら、彼もまた私にとって特別な存在だからです。
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