第157話 君の名は…
炊事場の近くに立つ絶世の美女は、自身の置かれた事態を理解できないのか、混乱しながら、おろおろと困惑する。元々、めっちゃ俺の好みだが、困り顔の美女が滅茶苦茶そそる。そして、美女は俺の存在に気が付いて、その震える唇を開く。
「だ、旦那…さま?」
その言葉に俺はすぐさま後ろに振り返り、誰もいないか確認する。うん、誰もいない…という事は、今の言葉は俺に向けられたもので間違いない!?
美女の方も混乱しているが、俺も方も混乱する。なんで俺の馬車に、謎の美女がいる? しかもめちゃ俺の好み… これはもしかして、先程の野生の修道女を助けたことが影響しているのか? あのイベントは神が俺に対して新たなる褒美を与えるための試練だったのか?
そして、山芋泥棒で、俺のストライクゾーンではない野生の修道女を助けて、見事に試練に合格した俺に、神が美女の褒美をもたらしたのに違いない! 最近、神様は俺にカーバルでの女満漢全席食べ放題や、今回の美女とか色々とご褒美をもたらしてくれる。これは魔族側の敵を攻略し、人類の勝利に貢献した俺に目を掛けてくれているに違いない!
いや~ やっぱ、日頃に善い行いを積み重ねていくものだ!!
さて…据え膳、喰らい尽くしてお代わりせねば男の恥…
俺はすぐさま、対美女用戦闘準備、爽やかキラキライケメンフェイスを装う。そして、ふっと微笑みながら、流し目を美女に送る。
ぽっ
俺の流し目が完全に決まったのか、美女はぽっと頬を染める。
フフフ…いけるいけるぞ!!
「私の名前は認定勇者のアシヤ・イチローです… 麗しの貴方のお名前をお聞かせいただけるでしょうか?」
俺は爽やかキラキライケメンフェイスのまま、片膝をついて、片手を胸に、片手を美女に差し出して、姫君に付き従うナイトの様にその名を尋ねる。
「あ、あたしの名は…」
美女がその唇を開いて名前を語ろうとした時、俺の背中側のロフトのベッドから声が掛かる。
「主様、返って来ておったのか」
「イチロー様、おかえり~」
その声に振り返ると、ロフトから顔をのぞかせるシュリとカローラの姿があった。
「な、なんだ、お前ら二人、そんな所にいたのか…」
カローラは兎も角、シュリは採取を終えて、そんな所にいるとは思わなかったが、今はそんな事はどうでもよい。目の前の神が我に与えたもうた美女に集中しなくては!
「ん? そのおなごは誰じゃ?」
「むぅ~ ちょっと、その人…なんかおかしい…」
シュリとカローラはそう口にするとロフトの上から、するすると降りて来て、神が我に与えたもうた美女の所に駆け寄る。
そして、カローラが美女の足元でくんくんと臭いを嗅ぎながら鼻を鳴らす。
「な、なんですか? カローラ嬢…」
「ん? この臭い…どこかで嗅いだことがある…」
すると、シュリもくんくんと鼻を鳴らす。
「確かにそうじゃのう… わらわも微かに嗅ぎなれた薬の匂いを感じるわ…」
「いやですわ…シュリの姉さん…あたしはもう薬は使っていませんわよ…」
カローラ嬢にシュリの姉さん… その言葉に、俺の頭蓋の中にある脳が、とある警報をけたたましく鳴らしているが、俺は脳内の警報装置のスイッチを切り、コンセントを引き抜く。
そんな事はない、そんな事は絶対ない!! これは神が我に与えたもうた試練のご褒美の美女で間違いないはずだ!! 確かに、俺の馬車の中で炊事場に立っていたのは、アイツを彷彿とさせるが、そんな事はないはずだ。だって、姿形がこんなに違うではないか!!
「麗しのご婦人、もう一度、お尋ねいたします… 貴方のお名前をお聞かせ願いますか…」
俺は祈るような気持ちで、もう一度尋ねた。
「カ…」
カローラ、シュリ、そして俺の注目に晒されながら、美女が小刻みに震えながら、その唇を小さく開く。俺はゴクリと固唾を呑んで、その濡れた美女の唇から名前を待つ。
「カ…カズコ…です…」
麗しの美女は、顔を真っ赤に染めてその名を口にする。
俺はその名を聞いて、アイツの名前と違った事にほっと安堵する。そら、やっぱり、神が我に与えたもうたご褒美の美女ではないか!
「キング・イチロー様、水場を見つけました…あれ…」
水場を捜し終えたアルファーが馬車の中に入ってきて、俺達の様子を見て、少し首を傾げる。
「もしかして…そちらの御方は…カズオさんですか?」
そう言って、アルファーは、神が我に与えたもうたはずの美女を指差す。
「やはり…カズオであったか…」
「性別が変わっても、不味そうな血の匂いは変わらないのね…」
そう言って、シュリとカローラが美女を見上げる。
「い、いえ… あっしはカズコで…カズオではありやせん…ありませんわっ!」
そう言って、美女はキョドりながらたどたどしく二人の言葉を否定する。
「それで、どうしてカズオさんはその様な姿になったのですか?」
最後のアルファーの言葉に、神が我に与えたもうた…はずの美女は、観念したかのように顔を伏せる。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は両膝をついて、両手で床を叩きつけ、大声を上げていた。
「な、なんじゃ急に!? 主様!?」
「俺も分かっていたよ…分かっていたんだよっ!! だって…だって…肌が緑色だから… でも…でも…もう少し夢をみせてくれたっていいじゃないかぁぁぁぁ!!!」
俺は咽び泣きながら大声を上げた…
一時間後…
「いや…一時間も主様がガン泣きするとは思わなんだわ…」
「うん…あれは確かにドン引きした…」
落ち着きを取り戻して、ソファーに座る俺に、両隣に座るシュリとカローラがそう口を開く。
「女のお前たちには分かるはずがない!! この地獄の底よりも深い俺の悔しさと苦しみが!!」
俺はまたしても両手でテーブルを叩く。
「それで…カズオさん…」
俺の向かいに腰を降ろすアルファーが、隣に座る我に神が与えたもうカズ…いや、美女に向き直る。
「カズコです…」
お前もカズコって… 男性の時の姿に似ている、占いをするカズコやマツ〇を思い出すから、他の偽名にしろよ…
「えっと、それでは今はカズコさんという事で… どうしてそのような姿になられたのですか?」
アルファーの核心に迫る質問で、皆の視線がカズオ…いやカズコに集まる。
「そ、それがですね… シュリ姉さんが採ってきた見たこの無い果実や、カローラ嬢のメイドのヤヨイさんが採ってきた奇妙な根菜を調理して、味見したらこんな姿になっていまして…」
カズコは膝の上に拳を握り締めながら答える。
「ってことは、その見た事の無い果実や奇妙な根菜を食べたから、そんな姿になったのか?」
「旦那…様… おそらくは…」
カズコは、ちらっ、ちらっと上目づかいに答える。俺はその上目遣いの視線にドキッとしながら、目を逸らす様に炊事場の方に視線を向けると、炊事場には、きんぴらごぼうのような物と、揚げ出しナスの様な物が置かれていた。
「じゃあ…今回もシュリとカローラが持ち込んだ品のせいでこんなことになってのかよ!!」
俺は怒鳴り声をあげて、両隣の二人を見下ろすと、二人は俺にゲンコツを喰らうとおもったのか、両手で頭を抱え込む。
「いや…わらわはちゃんと、味見してからとってきたのじゃ!! だから、わらわは悪くはないぞ!!」
「わ、わわわたしもです! イチロー様! ちゃんとヤヨイの採ってきた根菜をカズオが調理した後、味見して確かめましたよ!!」
シュリは兎に角、カローラはよく言い逃れをするので本当かどうか分からない。俺はカローラをキッとにらむ。
「だ、旦那様! カローラ嬢のいう事は本当ですっ! あ、あたしもきんぴらを食べた時には何もありませんでした…その後で、揚げ出しを味見した後に…」
カズコの擁護する言葉で、カローラはほっと顔を緩める。
「えっ!? いや、わらわは嘘をいっておらん!! ちゃんと採った時に味見をしたんじゃ!!」
カズコの言葉で立場が悪くなったシュリは、必死になって自分の弁明を始める。
「もしかして…両方を食べたからではないでしょうか…」
アルファーの言葉に皆が注目する。
「キング・イチロー様の配下に加えて頂いてから、皆様の人となりを見てきましたが、シュリさんは嘘をつくような方ではございませんし、カズ…コさんもカローラさんを弁明する理由がありません、その上で考えると、性別が変わったのは、両方を摂取したからではないかと…」
確かにアルファーの話は筋が通っている。ってか、アルファーがカローラの事に触れなかったのは、暗にカローラがよく嘘をつくと言っているようにも思えるのだが…
「私が摂取して試してみましょうか?」
「だめだ!」
俺はアルファーの提案を即座に断る。アルファーはいい女だ。男にするのは勿体ない。
「では、先程、キング・イチロー様が捕らえていた人物で試しますか?」
「いやいや、まだあいつには使い道がある」
ってか、洗ってみていけそうなら養殖を試みるつもりだから、まだ危険な事はできない。
「では、キング・イチロー様が試されますか?」
「それは、もっといやだ!!」
俺は致すのが好きであって、致されるのは絶対にいやだ!
「疑問に思ったのじゃが、もう一度食えば、また性別が変わるのか?」
そう言ってシュリがカズコを見る。だが、カズコはその提案を否定するようにシュリから目を逸らす。うーん、俺自身、カズオに戻した方がよいのか、このままでよいのか決心がつかん。
「まて、さらにおかしなことになったら取り返しがつかん…別な方法で試そう」
「別な方法とな?」
俺は、ソファーから立ち上がって、馬車の外に出て、みょんみょんと望遠魔法を使って、辺りの森を見る。
「主様、どうするのじゃ?」
「まぁ、黙って見てな」
望遠魔法で森を眺めながらシュリに答える。
「おっといた! あれでいいな!」
森の淵の木に獲物を見つけた俺は、目標に人差し指を伸ばして狙いを定める。そして、パシュッと魔法を撃ち込む。すると、目標の獲物は魔法が当たって痺れて、木から転げ落ち、俺はその獲物を捕まえるために、獲物のいる森の淵にかけ始める。
「主様、何をとってきたのじゃ?」
獲物を問って帰って来た俺に、シュリが首を傾げて尋ねる。
「あぁ、ハトだ。この種はオスとメスで見た目が変わるから、さっきの実験にもってこいだ」
「ほぅ、オスとメスで見た目がかわるのか」
俺が捕まえてきたハトは、少し派手な色をしているから、オスのハトだ。。
「こいつはオスだから、メスに変われば地味な色になる、人間で試さなくても分かるだろ?」
そして、実験の結果、アルファーの予想通りに、両方の料理を取らせると羽の色が派手なものから地味なものへと代わり、性別が変化することが分かった。また、その後、同じように両方の料理を採らせても、性別が戻る事は無かった…
どうすんだよ…カズオ…いや、カズコ…
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