第155話 山芋泥棒


「さてと…」


 俺は自身の身体に身体強化魔法と心肺機能強化魔法、そして、視覚強化魔法を掛けて、森の中を駆け抜けていく。


「久々の森での採取だから、何を探そうか…」


 やはり、手堅いのは山芋だ。木になっている実は目立つからすぐに野生世物に食べられてしまう。だが、山芋は地中にあるので手つかずである事が多い。


 俺はみょんみょんと視覚を広げて、周りに山芋の蔓が伸びていないか確認していく。


「おっ? 山芋の蔓もあるが、コゴミやスベリヒユ、あっちの岩場にはイワタバコもあるな、豊作じゃねえか」


 俺は木の幹を蹴って渡りながら、まずは山芋の蔓の生えている所へ着地する。


「山芋を掘る時はやっぱり土魔法だな、掘る苦労しなくても折らずに掘れるから楽だ」


 山芋の蔓の根元に土魔法を掛けると、丸々に成長した山芋の頭が見えてくる。しかも二本もだ、どうやら、もう一本の山芋は土の中で別な場所に伸びて行って蔓を出していたようだ。


「おぉ~大量大漁~ いや、豊作か、これは思った以上にデカいな」


 腕ぐらいの太さと長さがある山芋が二本も出て来て俺はほくほくになる。


「しかし、しまったな、こんなにデカいのが取れるんだったら後回しにすれば良かった、他の物を採取して回るのに邪魔になる…」


 腕の様にデカい山芋を眺めながら、贅沢な悩みを呟く。


「さて、どうするか… 蔓を使ってこの木にぶら下げておいて、他の物を採取しにいくか」


 猪や鹿に食べられない高さに山芋を枝にぶら下げ、俺は他の物の採取に向かう。やはり根物だけではなく、葉物を食わなければ最近の不健康な食生活を改善できない。ってか、シュリみたいなドラゴン達は野菜を食わなくても大丈夫なのか? ったく、毎日毎日、俺に骨付きあばら肉を料理させて、食わせる役目までさせるんだからな… 俺はシュリ専属の飼育員かよっ!


 俺はそんな事を考えながら、岩場に張り付いたイワタバコを剥がしていく。しかし、これも結構な量になるな。よく漫画に出てくる収納魔法とかないんだろうか? 暇があったら出来ないか研究してみようか。


 ある程度の束のイワタバコを剥がし終わると、そのまま蔓状の茎で縛り上げて持ちやすくする。コゴミを採取して、同様のやり方で蔓で縛って持ちやすい束にする。


「イワタバコとコゴミだけで一杯いっぱいだな…スベリフユはまた今度にするか…」


 イワタバコとコゴミの束を両手に掴んで、山芋をぶら下げていた枝の所へ向かう。山芋か他の物を脇に挟めば持ち帰ることが出来るだろう。

 兎に角、これだけ持ち帰れば、他の連中が手ぶらで帰って来たとしても、しばらくの間は野菜生活が出来るだろう。これで血液もサラサラだ。


 俺はホクホク顔で、山芋をぶら下げていた場所に辿り着いたはずだが、肝心の山芋が見当たらない。記憶違いで場所を間違えたのかと思ったが、すぐそばに、山芋を掘り起こした後があるので、ここで間違いはないようだ。


「あれ… ここで間違いないはずだよな… 鳥が持っていくわけでもないし… 獣の足跡もないから、落ちて獣が食ったということもなさそうだ… だとすると…」


 すると、近くの木の繁みからガサリと物音が立ち、枝から枝へと飛び移る物陰が見える


「猿か!?」


 俺は咄嗟に跳躍して、山芋泥棒の猿を追いかける。現代だったら動物愛護の観点で猿への虐待は許されないが、しかし、ここは異世界で被害者はこの俺だ。動物の猿であろうが、俺様の獲物を盗んだ輩を許すつもりは無い。お仕置きだお仕置き、鹿や猪のように食われないだけマシだと思えって感じだ。


「しっかし、思った以上に素早いなぁ~ 異世界独特の特殊な猿か?」


 かなり先行して逃げる猿が、揺り動かす木の枝を目印に、俺は木の枝を跳躍して追いかけるが、速度は俺の方が上回っているが、小回りは相手の方がいいので中々追いつけない。


「くっそ!! 猿の癖に中々手ごわいっ!!」


 たかが猿如きに手間取っている状態に、俺はちっと舌打ちする。猿如きに手間取っていては俺の名折れ、人間様の知恵を使って格の違いを見せてやらねば。


「さて、どうしてやるか…」


 頭上を覆いかぶさる木の繁みの間から、崖が見える。


「よし、何か攻撃魔法でも撃ち込んであの崖の方に追い込むか…」


 俺は腰の小袋から鉄粒を取り出して、パスパスと撃ち込み逃走経路を崖に向かうように追い込んでいく。すると、目標は俺の予想通りに崖側に逃走経路を変える。


「よしよしっ! 獣如きが人間様の知能に勝てると思うなよ! って…ん!?」


 目標が崖側に逃走経路を変えた為、森が開き始め、その森隙間に一瞬だけ目標の姿が移った。


「黒い猿!? いや… 服を着ているのか!? って事は泥棒は人間かよ!?」


 こんな人里離れた山の中に人!? ってか、こんな動きが出来る人間がいるのかよっ!! 

「参ったな…害獣の猿なら殺処分しても心は痛まないが… さすがに山芋盗まれたぐらいで人は殺せないしな…まぁ、どちらにしろ俺の山芋を取り返さんとな」


 目標が人間かもしれないという事は分かったが、俺の最重要項目は山芋を取り返す事に変わりはない。俺は当初の目的通り、魔法で盗人を崖の方へと追い込んでいく。

 そして、逃げ回っていた盗人は崖の前まで辿り着き、そこでようやく崖に追い込まれたことに気が付いたようで、一瞬、立ち止まるがすぐに崖に沿って走り出そうとしている。


「逃がすかよっ!!」


 即座に盗人の進行方向に魔法を撃ち込んで阻害する。盗人も即座に足を止め、上を見たかと思うと、片手で山芋を抱えて崖を登り始めた。


「俺も人の事は言えねぇが、あの盗人もどれだけ山芋に執着してんだよっ! 普通、こんな時には山芋を捨てて逃げ出さないか? って…あの盗人…」


 崖を這い上がっていく盗人姿の全貌を見て、俺は唖然として目を丸くする。


「黒っぽい服装をしていると思っていたら、おいおい修道女かよ… まさか…異世界は野生の女騎士に引き続き、野生の修道女までいるのかよ…」


 今、俺の目の前の崖を、シスターベールを被った修道女が、俺から盗んだ山芋を抱え、気品もくそもないガニ股スタイルで… その衣装の色のせいもあるが、まるでゴキのようにクライミングしている。もし、これが現代社会なら写真とってSNSにあげればバズり確定だわ。


 そんな事を考えながら野生の修道女の奇行を眺めていたら、15メーター程の高さのある崖をもう10メーター程登り切っていた。


「やべぇ! 野生の修道女の生態を眺めていたら、逃げられそうになってんじゃんかっ!」


 俺は両足に魔力を込めて身構える。


「エアバースト!!」


 身体強化と心配強化魔法だけでは、野生の修道女に逃げ切られそうなので、俺は風圧魔法で自身の体を崖の上目がけて撃ち出す。


「間に合うか!?」


 俺が崖の上目掛けて飛行中も、野生の修道女は猛烈な速度で、ゴキのように這い上がり続けて、もう登り切ってしまいそうな勢いだ。


「だぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ドシンと両足に着地した衝撃が伝わる。俺は即座に身をひるがえし、野生の修道女が昇ってくる崖へと振り返る。


「ごらぁぁぁ!!! 盗人めぇぇ!!! 俺の山芋かえせぇぇ!!!」


「あっ!!」


 俺が振り返って見た物は、突然の俺の出現で驚いた修道女が、体勢を崩して落ち始める瞬間であった。



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