第154話 ヘビーローテーション

 何事もなくゴトゴトと進み続ける馬車。


 イチローは懐から時計を取り出して時間を確認する。


「そろそろお昼の十二時か…」


 イチローは、懐中時計を懐に仕舞い、ソファーから立ち上がって御者台に続く連絡扉に向かう。


「おい、カズオ」


 扉を開けて、アルファーに御者のやり方を教えているカズオに声を掛ける。


「あっ、旦那、そろそろお昼ですかい?」


 手綱をアルファーに持たせて練習させているカズオは、振り返ってイチローを見る。


「あぁ、そうなんだが、何処か適当に広い所で馬車を止めてもらえないか?」


「えっ?馬車を止めるんでやすか?」


 いつもの様に馬車を走らせたまま食べる事の出来る昼食を貰えると思っていたカズオは、イチローの言葉に不可解そうに片眉を上げる。


「あぁ、そうだ、今日はまだこんな時間だが、キャンプをするぞ」


「へ、へい、分かりやした」


 カズオはそう答えると、開けた場所を指差して、アルファーに指示をする。



 そうして、暫く経った後、馬車は停車して、御者をしていたカズオとアルファーが馬車内に入ってきて、イチロー、シュリ、カローラ、カズオ、アルファー、骨メイド…まぁ、今回はポチを加えなくても良いだろ… 今回の旅に同行するものが一堂に会する。


 そして、突然馬車まで止めて集会を開催したイチローに、皆に注目が集まり固唾を呑んで見守っている。


「イチロー様… 急に馬車まで止めて集会だなんて、どうしたんですか?」


 沈黙を破ったのはカローラであった。


「それはだな…」


 イチローは中二病っぽく手で顔を覆いながら、目立つように立ち上がる。


「俺達の食生活を改善するためだ!!!」


 手を広げて大げさに宣言する。皆の唖然とした顔が見える。


「だ、旦那…食生活を改善するっていうのは?」


 カズオが恐る恐る手を上げて尋ねてくる。そんなカズオにイチローはキリっと向き直る。


「カズオ…昨日の夕食はなんだった?…」


「へ、へい、骨付きあばら肉でやした」


「そうだ…では、アルファー、その前の日はなんだった?」


 今度はアルファーに向き直る。


「はい、キング・イチロー様、イチロー様が料理された骨付きあばら肉でした」


「次、カローラ…その前の日はなんだった?」


 骨メイドに抱えられたカローラに向き直る。


「えっ? 私ですか? えっと…骨付きあばら肉でしたね…」


「そう…骨付きあばら肉だ… そして…」


 イチローは靴のつま先でタンタンと叩きながら、話を続ける。


「その前の日も…その前の日も… ここしばらくずっと骨付きあばら肉だ!!」


 イチローの絶叫が馬車の中に響き渡る。(しかもエコー付き)


 そして、しばしの沈黙が訪れる。やはり、皆、この異常事態を疑問に思っていたようだ。


「それがどうしたと言うんじゃ?」


 シュリが沈黙を破ってポツリと呟く。


「問題大ありなんだよっ!!」


「なんでじゃ、滋養たっぷりで身体によいじゃろうが」


 そう言ってシュリは首を傾げる。


「いや、あり過ぎて、血管が脂で詰まって倒れるわっ!! そもそも、なんだよっ!シュリ! 毎回毎回、勝利をかっさらいやがって、それで飽きもせず、毎回、骨付きあばら肉を要求しやがってっ!! 何か? ドラゴンはパンの代わりに、毎回、骨付きあばら肉をくってんのかよ!!」


「いや、猪肉だったり鹿肉だったり、牛肉だったりした時もあったじゃろ、それにわらわが主様に骨付きあばら肉を頼むのは…」


 そう言って、シュリはぷぅっと頬を膨らませて押し黙る。


「いやいや! どんな肉を使おうとも一緒だよ! 骨付きあばら肉のヘビーローテーションすぎるわっ!それになんでそんなに俺に骨付きあばら肉を作らせようとするんだよっ! なにか? 俺を至高や究極の一品を作る料理人でもさせて、『おあがりよ!』って言わせたいのかよっ!」


「むむむ… あるじさまっ! もうよいのじゃ!!」


 そう言ってシュリは頬を膨らませたままぷいと横を向く。


 シュリが膨れて横を向いたままなので、イチローは皆に向き直って話を続ける。


「というわけで、肉の食べ過ぎで血管が脂で詰まりそうな身体に、野山で採れた新鮮な野菜を食べて、血液をサラサラにするぞいいか?」


 イチローがそう告げると、膨れたままのシュリを除き、皆がコクリと頷く。


 そして、皆が採取に向かう為に立ち上がる中、膨れたままのシュリの肩をカローラが叩く。


「シュリ…」


「…なんじゃ、カローラ…わらわを慰めてくれるのか?」


 そう言ってシュリがカローラに振り向く。


「今までゲームで勝って調子乗ってたみたいだけど…ねぇねぇ、今、どんな気持ち?」


 カローラは満面の笑みで尋ねる。


「なっ! カローラ… お主、意外と執念深いのぅ…」


 そして、シュリははぁっと諦めたようにため息をつく。


「まぁ、わらわも調子の乗っていたのは確かじゃから、反省して久しぶりの採取でもいってくるかのぅ… カローラ、お主はどうするのじゃ?」


「私は、まだ日が高いから無理、ヤヨイ行ってきてくれる? 珍しい物を採ってきたらイチロー様が褒めてくれるわよ」


 カローラがそう言うと、骨メイドのヤヨイは激しく頷く。


 その横ではシュリが、もんぺの様な作業着を履き、手袋に背負子と鉈を持って、田舎の農作業をするおばあちゃんスタイルに着替えていく。


 その頃、馬車の外の方では、アルファーがイチローを呼び止めて声を掛けていた。


「キング・イチロー様、少しよろしいですか?」


「なんだ? アルファー」


「どの様なものを採取すれば良いのかお尋ねしようと思いまして」


「食えるものだったら、カズオが上手く調理してくれるからなんでもいいが…」


 イチローはアルファーの言葉に意外そうな顔をしながら答える。


「いえ、ここしばらくの皆さまの食生活を見て考えたのですが、私たちの種族は、生えているもの、生きて動いているものなら何でも食べてきましたので、私の基準では良くないかと思いまして」


「あぁ…そう言う事か… お前たちの生態について根掘り葉掘り聞いてないから、知らなかったな… しかし、どういえばいいかな…栄養価が高いっていっても分からないだろうし… そうだな、俺達と一緒に生活してから食べたもので、お前が美味しいと思えるものを採ってこい」


「では、骨付きあばら肉ですか?」


「いや…それはもういい…動物ではなく、植物で頼む…」


 イチローが言葉を返すと、アルファーは少し考え込んだ後、顔を上げる。


「分かりました、これまでのカズオさんの料理を思い出しながら、採取してきます」


「お、おぅ…がんばれよ」


 イチローは一抹の不安を感じながらもアルファーを見送った。


「さてと… 俺も頑張って、採取してくるとするか…」


 そう言うと、イチローも森の中へと駆け出して行ったのであった。


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