第153話 作戦2:白骨馬の王子様
また別の日…
今日はポチが獲物の鹿を狩ってきたので、鹿の解体を含めて、外でのバーベキューという豪勢な夕食となる。
いつもなら、俺が鹿の解体を行い、カズオに調理をお願いするのだが、カズオがアルファーに鹿の解体を教え、俺が調理を担当する。そして今日のメニューは、みんな大好物の骨付きあばら肉だ。しかも、今日は最高級のスパイスをふんだんに使った一品だ。そいつを俺の技術を使い、針の穴に糸を通す様な慎重さを持って、繊細かつ丹念に焼き上げていく。芯はほんのりピンク色で脂がとろける温度…しかし、肉の表面はメイラード反応をしすぎて焦げないように、カリっとした歯ごたえと食欲をそそる濃いめの茶色に仕上げていく。
「よし!! できた!!!」
俺は焼き上がった絶品の骨付きあばら肉をトングで摘まみ上げ、綺麗に磨き上げた木皿にのせる。おっと、最後に追い粗びき胡椒を掛けるのも忘れてはいけない。
「さてと…」
食事の準備が整った俺は、イケメン爽やかフェイスを装い、宝塚の王子様役のような優雅な足取りで、目的の人物の所へしなりしなりと歩んでいく。
「待たせたねシュリ…君の為に僕が丹精込めて焼き上げた、絶品の骨付き肉を持ってきたよ…」
シュリが無言で俺を見上げる。フフフ、イケメンで爽やかで…そう白馬の王子様の様な俺に見惚れている様だな…
「シュリ、その可愛いお口を開けて、あーんしてごらん…僕が食べさせてあげるよ… さぁ…お食べ…」
「すまぬのぅ、主様」
俺の言葉にシュリがそう答えると、シュリの瞳の瞳孔が爬虫類のように縦に伸びる。
「えっ」
次の瞬間、シュリの口が3Dモーフィングの様に人間ではあり得ないほど大きく開く。
ガチンッ!!
「うわっ! こわ!」
シュリに差し出した骨付きあばら肉が、手ごと噛み千切られそうになり、思わず声を漏らす。
バリボリゴリバリ…
「最近、カズオの飯で、柔らかい物ばかり食っておったからのぅ~ 骨も食べて元の姿の翼を再生させねばならん」
シュリはバリボリと骨を砕く咀嚼音を立てながら骨付きあばら肉を食べる。
「そ、そうか…シュリ… では、もう一本食べるか?」
「頂こうか、主様、あーん」
恋人同士が食べさせ合いをする時の様な可愛らしい『あーん』ではなく、まるで飼育しているワニに餌を与える時の様な『あーん』なのだ… ってか、シュリは元々、ワニより上位のドラゴンだったな…
ガチンッ!!
「マジ、こわっ!!」
油断したら腕ごと持っていかれそうだ…
くっそ! シュリの好きそうな王子様を装って、俺の思い通りにしようと考えていたのにこれではただの動物園の飼育員じゃないか…
バリボリゴリバリ…ゴックン
「ほれ、皆も食え、主様の骨付きあばら肉は絶品じゃぞ」
ホントに味わって食っているのかよ…
「そ、そうでやすね…あっしも頂きやしょうか…」
カズオは強張った顔で答え、骨付きあばら肉を受けとって、齧り付く。
「おっ、なかなかいけてやすね、旦那」
「あぁ、俺も一人旅の期間があったから、ちょっとした料理ぐらいはできるぞ」
「私も頂きます、キング・イチロー様」
アルファーはいつもと変わらない澄ました顔で答える。
「おぅ、食え食え、アルファー」
「ふむ、以前食べていた生肉と比べると、これは大変興味深い味覚ですね…これが”美味しい”ですね」
そういってアルファーが微笑を浮かべる。
「お、おぅ…そうか、たんと食え」
生肉と比べて美味しいと言われてもな…
「ヤヨイ、私の分を運んでくれるかしら」
カローラがシュリの隣に座って、骨メイドに命令する。
俺自身もシュリを口説き落とす為のイケメン爽やかフェイスを止めて、自分の分の骨付きあばら肉を木皿に載せて、どっしりと座り込む。
「あ~やめだやめだ…骨付きあばら肉でも食べて別の方法を考えるか」
そう言って俺は骨付きあばら肉に齧り付く。
「ヤヨイ、ありがとう」
「おう、わらわの分のお代わりまで持ってきてくれたのか、すまぬのぅ~」
カローラとシュリは骨メイドから、骨付きあばら肉の皿を受け取る。
「はむっ むぐむぐ… やっぱり、骨付きあばら肉は美味しいわね」
「そうじゃろ、カローラ、特に今日の骨付きあばら肉は絶品じゃ」
シュリも再び骨付きあばら肉に食らいつく。
「ところで、シュリ」
「なんじゃ?カローラ」
シュリは今度は骨まで噛み砕かず、骨をしゃぶる様に食べている。
「イチロー様がシュリがして欲しいシチュエーションで食事を持ってきてくれたのに、どうして嬉しそうじゃないの?」
シュリはカローラの言葉を聞きながら、手についた肉汁を舐める。
「その言い方をするところを見ると…主様に入れ知恵をしたのはカローラじゃったのか…」
シュリの言葉にカローラは肩をビクつかせ、シュリから目を逸らして、吹けもしない口笛をし始める。
「いや、別にカローラに怒っておらぞ」
「そうなの?」
カローラは現金に振り返る。
「まぁ、わらわの内心的な問題じゃからのぅ…」
「シュリの内心的な問題?」
カローラは骨付きあばら肉を口元から降ろして、シュリに注目する。
「主様のあの行動が、本当にわらわの為の行動であるのなら、わらわはほくほくで喜んでおったじゃろうが… 主様の真の目的はわらわを誑かして、カーバルで自由奔放に振舞うつもりだからのぅ… 素直に喜べんわ」
「あ~ やっぱり、バレバレだったんだ」
「当然じゃ」
シュリはお茶を啜り、夜空の月を見上げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、次の日…
「おい、カローラ」
「なんですか?イチロー様」
「お前から聞いた情報を使って、シュリを篭絡させようとしたんだが、全く篭絡できなかったじゃねぇか、どういうことなんだ? えっと、迷宮の20だ」
「えぇ~ イチロー様、私はシュリが望んでいる事をちゃんと伝えましたよっ! シュリを篭絡できなかったのは、イチロー様がちゃんとシュリのハートを鷲掴みに出来なかったからでしょ? 私は迷宮の10です」
「本当にシュリが言っていたのなら、単純なシュリならコロっと俺に篭絡されるはずだ… なんか重要な事を言い忘れていたんじゃないのか?」
俺はカローラに突っかかる。
「…主様にカローラよ… そういう話は本人のわらわがおらんところでするものではないか… おっと、そんな事を言っていたらカローラのカードを引いたわ」
シュリはそう言って山札の中から、クリーチャーカードのカローラを引き、それをそのまま、カローラの場にぺっと投げる。今、俺達三人はカードゲームをしている所だ。
「きぃぃぃぃぃぃぃ!!! なんでシュリまで私のカードを私の所に投げてくるのよ!!」
カローラはヒステリックに叫ぶ。
「なんでって言われても、他の人の所に投げて、お主のカードが邪魔者扱いされて行けば、当の本人であるカローラも良い気分にはならず、次第に空気が悪くなっていくじゃろ…そう言う事で、お主のカードはカローラ本人に処理してもらうのが一番じゃ」
「ぐぬぬ…理解は出来るけど納得できない…」
カローラは歯ぎしりをして悔しがる。
なるほど、城でのダークエルフたちとの時も、その事があったから皆、カローラのカードをカローラ本人に投げていたのか… あいつらも結構、空気を読むんだな。
「次! イチロー様の番ですよっ!」
「お、おぅ…分かった」
俺は悔しそうなカローラに睨まれて山札を捲る。
「おっ? このカードが来たか…」
俺はニヤリと笑って、シュリを見る。
「なんじゃ、主様」
「さっきの話なら、このカードはお前の所に出すべきなんだよな」
そう言って、クリーチャーカードのシュリを、シュリの場にぺっと投げる。
「ほぅ、わらわのクリーチャーカードか、強さは20と…」
「どう!? シュリ、悔しいでしょ! 私の強さ19のカードよりも高い強さ20のカードよ!!」
カローラはシュリに向かってクククと笑う。
「いや、悔しいかと聞かれても、たかがゲームじゃからのう~ それよりも…そうか、わらわのカードの方がカローラよりも強いのか…」
「くっ!!」
カローラはテーブルに拳を叩きつけ、逆に悔しそうにする。
「それより、ほれ、カローラの番じゃぞ」
「わ、分かっているわよ… しかし、手持ちのイチロー様のカードじゃ、又役に立たないし…この場はカードの引きに期待するしか…」
カローラは地味に俺をディスりながら山札を一枚引く。すると、イライラしていたカローラがニタリと笑い始める。
「もしかして、強いキャラクターカードを引いたのか?」
「フフフ…こうなったら、みんな不幸になればいいんですよ!!」
カローラはそう声を上げると、俺の場にぺっとカードを投げる。
「げっ! 強さ22のプリンクリンかよ…」
クリーチャーカードの癖に微笑んでいる姿が、無駄に絡みついてくるプリンクリン本人を思い出す。
「これで、みんな進めなくなれば勝ち負けのないドローゲームですっ! 神は私にチャンスを与えてくださったのよ!」
ヴァンパイアの信仰する神って何だよ…
「では、わらわの番じゃったな、山札を引いて…手札の中からアソシエ殿のカードを出して、わらわ自身のカードとバトルじゃ」
そう言って、シュリは手札から4D+3のアソシエのカードを出す。
「ちょ! 俺のカードが3D+1なのにアソシエが4D+3!?」
声を上げる俺を他所に、シュリはサイコロを掴んで投げる。
「おう、6・6・6・6の6ゾロじゃな合計で27、余裕で撃破じゃな」
「なんでよ!! 私の時は1ゾロばかりだったのにぃ!! そのサイコロ腐ってるんじゃないの!!」
シュリの強運にカローラが発狂の声を上げる。くっそ!ゲームの中までシュリとアソシエがつるんでいるのかよ…
「ままままま…待て…慌てる時間ではない…ま、まだワンチャンある…」
俺は指先に運を集める様に集中して、山札を捲る。
「こいこいこいこいこぉぉぉぉーい!!!」
そして、恐る恐る引いたカードを確認する。
「きたぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は立ち上がってガッツポーズを取る。
「どうだ!! ロアンのカードを引いたぞ!! しかも強さ6D+2だ!!」
アソシエたち三人が妊娠して、半年の間も冒険出来なかったロアン…その後、そのアソシエたちが再び妊娠して引退し、一人ぼっちになってしまったロアン…まぁ、全部、俺が原因だが… 今こそお前の輝く時だ!!!
「いけぇぇぇ!! ロアン!! お前の真の力を見せる時だぁぁ!!!」
テーブルの上を勢いよくサイコロが転がっていく!
「どうだ!? 先ず5! 次は4! いいぞ!! 次は3! 次は2… もう一つ2…」
今幾つだ!? サイコロの合計が16で+2だから…18!! 最後のサイコロが4以上が出たら勝ちだ!
俺はテーブルの上の最後のサイコロを探す。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は大声を上げて項垂れて、テーブルを叩く。サイコロの目は1だった…
「だから、お前はパーティーの皆に捨てられるんだよぉぉぉぉ!!!!」
俺は吐き捨てる様に叫ぶ。
「主様がそれをいうのか…」
シュリはポツリと呟いた。
………
……
…
結局、その日の勝者はシュリとなった。カードゲーム熟練者である俺とカローラが初心者のシュリに負けてしまった訳である…
「では、今夜の夕食を決める権利はわらわにあるという事でよいな?」
「あぁ…いいよ」
「シュリの好きにすればいいじゃない…」
俺とカローラは惨めな敗北に項垂れながら答える。
「では、今日の夕食は…骨付きあばら肉じゃ!!」
「えぇ~またぁ~?」
「勝者であるわらわの希望に何か文句でも?」
シュリの言葉にカローラが押し黙る。
「わかったよ!! 今日も俺の絶品骨付きあばら肉をつくってやんよ!!」
俺は腕まくりして炊事場へと向かう。
「あぁ、今日はちゃんと作って下され、あるじさま…」
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