第152話 作戦1:ノブタ君方法

「ねぇねぇ! シュリえも~ん!! 話を聞いてよぉ~!!」


 俺は少々大げさに騒ぎ立てて、作業をしているシュリに縋りつく。


「…なんじゃ…主様…」


 俺に後ろから縋りつかれたシュリは、振り返る事無く、黙々とピーラーでじゃがいもの皮を剥いていく。シュリのその拒絶するような反応に、俺は少しくじけそうになるがぐっと堪えて話を続ける。


「僕が、カーバルで女の子たちと仲良くしようと考えているだけなのに、アソシエがカミラルを使って邪魔をするんだぁ! どうにかしてよぉ~!!」


 たぬえもんに泣きつくノブタ君っぽく、俺もシュリに泣きつく。


「そうか…」


 シュリはそういうと、皮を剥いた最後のじゃがいもをボウルに入れると、ぱんぱんと服を叩いて立ち上がる。


「カズオよ! じゃがいもの皮が剥けたぞ!」


 シュリは、今日も外でアルファーに御者のやり方を教えているカズオに声を飛ばす。


「ありがとうごぜいやす!! シュリの姉さん!!」


「次はどうするのじゃ!?」


「では、次は出汁を摂る為の何か保存肉を刻んどいてもらえやすか!!」


「わかったぞ!! カズオ!!」


 俺の存在を無視するかのような、シュリとカズオの会話を、ゴクリと固唾を呑んで見守っていた… シュリの奴…俺の迫真の演技をこのまま無視するつもりか?


 シュリは無言でじゃがいもの入ったボウルを炊事場に運んで降ろした後、おもむろに保存肉の入っている戸棚を開き、ごそごそと物色し始める。


「あ、あの…」


 不安になって、俺がそう口を開きかけた時、シュリは戸棚から黒くて長い物を取り出して、俺に見せる様に高く掲げる。


「ブラック・プディング~!!」


「はぁ?」


 何をやっているのか意味の分からない俺に、シュリはその黒い棒を差し出して渡してくる。


「さぁ、主様よ、これでも齧って気を紛らわせるのじゃ、カズオには内緒じゃぞ? 見つからんように食うのじゃぞ」


 シュリは耳元で小声で囁き、内緒話をする。


「お、おぅ…」


 シュリは黒い棒を手渡すと炊事場に向き直り、鹿のハムを切って刻んでいく。取り残された俺は呆然としながら掌の黒い棒に視線を落とす。


「あぁ…これ、以前、鹿の血で作ったブラッドソーセージか… そう言えば、これまだ食ってなかったな…どんな味がするんだろ…」


 どんな味なのか分からないので、俺は恐る恐る、ブラック・プディングの端をちょこっと齧って、小さな欠片を口の中で咀嚼する。


「あれ?もっと血生臭いものだと思っていたが、結構、美味いな…これ」


 血生臭さを消す為に、結構スパイシーに味付けされていて、食感も血が固まった時のゼリーの様な物ではなく、ねっとりとしていて所々にプチプチした食感がある。これは、オートミールを混ぜているのか? 


 俺は味の良さを実感すると、がぶりと食らいつく。


「うまうま、結構癖になるな、この味」


「イチロー様、何食べてるんですか?」


 俺がブラック・プディングを咀嚼していると、カローラが骨メイドに抱えられてロフトのベッドから降りてくる。いつもの昼寝時間より短いところを見ると、骨メイドに起こされたのかな?


「ブラック・プディングだ、カローラも食うか?」


「食べる~」


 そう言って伸ばしてくるカローラの手に、俺はブラック・プディングを半分折って渡してやると、カローラは小動物のようにモグモグと食べ始める。しかも美味そうに。


「ところで、カローラ」


 そんなカローラに、とある疑問が湧き上がって声を掛けてみる。


「もぐもぐ…なんですか? イチロー様」


「お前さ、血を吸ったり、今のブラッド・プディングは食えるのに、どうしてレバーはだめなんだ?」


 俺の言葉にカローラはムッと眉を顰める。


「嫌な事があって、それ以来レバーが苦手になったんですよ…」


「嫌な事ってなんだよ?」


 ブラッド・プディングをもう一齧りする。


「実家にいた頃、食育とか言われて、生のレバーを食べさせられたんですよ…それも丸ごと…」


「丸ごとって… 切ったり調理したりせずに、獲物から引き抜いてそのままか?」


「えぇ…そのままです…それはそれは血生臭いし、そのまんま内臓で気持ち悪いしで…でも、食べないと叱られるしで…トラウマになりましたよ…」


「そりゃ…食えなくなるわな…」


 ニート生活をしていて実家を追い出されたカローラであったが、こればっかりはカローラに同情する。せめて、レバ刺しにするぐらいしてやればいいのに… いや、その頃からカローラの実家の追い出し計画が進んでいたのか?


 そんな事を考えながらモグモグとブラック・プディングを齧っていると、ゆっくりと馬車が停車していく。そして、御者台の方からごそごそと物音がしたあと、連絡扉が開き、カズオとアルファーが姿を現す。


「そろそろ、晩飯にしやしょうか」


「カズオさん、今日も御者の練習にお付き合い頂きありがとうございます」


 もう馬車の移動を始めて二日目になるが、どういう訳かアルファーは御者の仕事を習得出来ていないようだ。アルファーの奴、結構、万能そうに見えて、こんな事が不得意なのか。


「二人ともお疲れ様だったな、飯を食ったら今日はゆっくりと休んでくれ」


 俺は二人に労いの言葉を掛ける。


「分かりました、キング・イチロー様」


「ありがとうごぜいやす~だん…あっ」


 カズオは俺の姿を見て、目を丸くする。


「どうした? カズオ」


「どうしたって、旦那ぁ~ 晩飯前にそんなもんを摘み食いして…」


 カズオの言葉に、シュリに内緒でブラック・プディングを貰った事を、はっと思い出して、残りを口の中に放り込んで、証拠隠滅と言わんばかりに頑張って咀嚼する。


 そんな俺の姿を見たカズオははぁ…と諦めたようにため息をする。


「まぁ、食っちまったもんは仕方ありやせんが、あまり摘み食いはせんでくだせぇ…そいつも長旅の計算の内ですから…」


「わ、分かったよ…」


 これから先、プリンクリンの侵略からの復興で物資の乏しいかもしれない地域を通る事と、食える野生生物の少ない北方を行くことを考えれば、確かに摘み食いは出来ないな…


「では、あっしは最後の夕食の仕上げをしやすんで、旦那は座って待ってくだせい」


「お、おぅ…」


 そう答えて炊事場へ向かうカズオの背中を視線で追いかけると、炊事場にいたシュリと目が合う。


 そのシュリは折角、内緒で渡したのにバレてどうするんだという顔をしていた。


「とりあえず、座りましょうか、イチロー様」


 まだ口をモグモグと動かすカローラに声を掛けられる。


「そ、そうだな…」


 シュリの折角の心遣いを無駄にした気まずさに、俺はシュリから目を逸らす様にソファーに腰を降ろす。


「イチロー様、このブラッド・プディング、摘み食いだったんですね」


「いや、そうじゃないんだが…」


 俺はブラック・プディングを貰った時の事を思い出す。こいつは俺がカーバルでの自由交際権を得ようと泣きついた時に、シュリから気を紛らわせる為に…


「あっ!!」


 ソファーに腰を降ろそうとしていた俺は肝心な事を思い出して立ち上がり、すぐさまシュリに向き直る。


 すると、シュリは誤魔化す様に口笛を吹きながら、カズオの料理の手伝いをしていた。


「くっそ! シュリの奴に当初の目的を体よくはぐらかされた…」


 俺が悔しさで拳を握り締める横で、カローラはまだ口をもぐもぐとしていた。


 別の方法を考えなくては…




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