第151話 骨盤輪に深い繋がりを持つイチロー

 俺はテーブルの上に差し出されたティーカップを手に取り、一口啜って見る。いつものコヒーではなく、紅茶…いや、フレーバーティーだな…アップルティーか? まぁ、たまにはコヒー以外の物を飲むのも悪くはない。よい気分転換になるのだが…


 アップルティーを口にした後、テーブルの上に茶請けのお菓子が差し出される。これは黒っぽいけど…チョコレートか? 一つ摘まんで口に放り込むと、歯でパキっと心地よく砕けて、口内の体温で解けていき、程よいほろ苦さと、甘さが口の中で、アップルティーの香りと合わさって、いい感じになっていく。


「うん、このアップルティーもお茶請けのチョコもなかなかいいな、ありがとう…」


 俺が素直にお茶の感想を、差し出した人物に告げると、その人物は、年頃の女の子が照れるように、『きゃ♪褒められちゃった♪』と言わんばかりに、トレーで照れた顔を隠す様にしながら、炊事場へと戻っていく。


「なぁ…カローラ…ちょっと聞いていいか?」


 その人物を見送りながら、向かい側の席に座るカローラに声を掛ける。


「なんですか…イチロー様…」


 カローラはムスッとした顔をしながら、チョコをポリポリと齧りながら答える。


「あの…骨メイドの事なんだが…」


 ガキッ!!


 俺が骨メイドの事を口にしたとたん、カローラは盛大な音を立てて、チョコを噛み砕く。


「な、何だよ…急に…」


「ホノカ…どうして付いて来てくれなかったの…ホノカぁ~…」


 カローラは怒り始めたのか思ったが、テーブルの上につっぷしておんおんと声を上げて泣き始める。


「付いてきてくれなかった…という事は、あの骨メイドはいつものホノカとかいう骨メイドじゃないんだな…道理で俺に対する反応が全く違う訳だ…」


「何言ってるんですかっ! イチロー様! これもイチロー様のせいなんですよっ!」


 カローラが顔を上げて、赤くなった目元でキッと俺を睨む。


「俺が? なんで俺が関係するんだよ」


「それはじゃな…主様…」


 となりのシュリが、チョコを摘まんで、ひょいっと口に入れる。


「主様が、骨メイドにまで魔の手…いや、魔の触手じゃな…を伸ばすという噂が骨メイドの間に広まっておるのじゃ」


「なんでだよ!! あの時のアソシエの言いがかりが、まだ広まってんのかよ!! 俺は骨メイドに手も…なんだその…触手もだしてないぞっ!!!」


「しかし、あの時、主様が余計な事…おそらく学園都市とやらについてからの事を考えて、淫らな妄想をしたせいで、それが顔に出てしまって、骨メイド達に誤解されたのじゃ…謂わば、自業自得じゃな…」


 他人事の様にそう言って、シュリはずずっとアップルティーを啜る。


「でも、こうして骨メイドが旅に付いてきているし、俺にお茶を出しているから、もう誤解は解けたんだろ?」


「違いますよ…イチロー様…」


 カローラがポツリと呟く。


「違うって、どう違うんだよ…」


「逆にこの娘しか来てくれなかったんですよ…」


 カローラはそう言うと、また顔を伏せてさめざめと泣き始める。


「確かにそうだな…いつもなら二人来るのに今回は一人だけだな…」


 そういいながら、炊事場の方からチラチラと俺の事を見てくる骨メイドに視線を向ける。


「ホノカも…ナギサも…ヒカリまで… イチロー様を怖がって付いてきてくれなかったんですよ… ホノカ達が添い寝してくれなかったら…私はどうやって昼寝をすればいいんですか…」


「いや、そこは一人で寝ろよ…って、今回の骨メイドは添い寝してくれないのか?」


 カローラは再び顔を上げ、キッと俺を睨む。


「今回の旅に誰も同行したがらない中、唯一その娘が名乗りを上げてくれたのですが…」


 そう言ってカローラもその骨メイドに視線を向ける。


「なになに? 前々から、ちょい悪の主様に興味があったじゃと? それで、皆よりも一歩先に大人の階段を登りたいじゃと?」


 シュリの通訳の言葉に、骨メイドは年頃の女の子の様に手で顔を覆って、恥ずかしがり始める。


「えぇぇぇぇぇぇ……」


「何を不服そうにしておる、主様よ、ほれ、おなごじゃぞ、しかも相手は乗り気の乙女じゃ、この娘を相手にしておれば、学園都市で粗相せんですむじゃろ」


 シュリはニヤつきながら骨メイドを指し示す。


「いや、だって…身体が骨じゃ…どうしろって言うんだよ…」


「骨盤輪とやらでできるのじゃろ?」


「出来ねぇわ!!」


 このままだと、『骨盤輪に深い関心を持つイチロー』とか言われてしまいそうだ…


「我儘を言うでない!…主様よ、骨の身体で、中身は乙女の骨メイドと、身体はおなごで、中身はカミラル王子とじゃったら、骨メイドの方がいいじゃろ?」


 ぞわぞわ…


「おい…シュリ、さらりと恐ろしい例えをするなよ…鳥肌が立ってきたじゃねぇか… 俺は身体も心も普通の女がいいんだよっ!!」


 俺は鳥肌の立った腕を掻き毟る。


「そんなことよりもっ!」


 カローラがドンをテーブルを叩く。


「今回、ヤヨイが旅に同行する条件として持ち出したのが…」


 カローラがギロリと俺をにらむ。


「活動スケジュールをイチロー様に合わせてくれというものでした… イチロー様…いつのまにヤヨイを寝取ったんですか… やっぱり、もう…骨盤輪で致したんですかっ!」


「だからしてねぇって!!」


 ここでちゃんと否定しておかないと、『骨盤輪に深い関心を持つイチロー』から『骨盤輪と深い繋がりを持つイチロー』と揶揄されてしまう…


「ともかくだ!! 俺も出来るだけカローラの活動時間と合わせてやるから、それなら、ヤヨイとかいう骨メイドも一緒に寝てくれるだろ… それでいいか?」


「わ、分かりました…」


 カローラは完全には納得できていないようだが、妥協して引き下がる。


「ところで、主様」


「なんだ、シュリ」


 骨メイドの件が収まったので、シュリが質問したそうに声をかけてくる。


「今回の旅に、プリンクリンを連れて来なくてよいのか?」


 シュリの口から思いもしないプリンクリンの名前が出てきて、少し意外に思う。


「いや、どうしてプリンクリンを連れてくる必要があるんだ?」


「ほれ、今回の旅の目的は、カーバル学園都市国家という所へいって、主様だけではなく、主様の支配下になった、わらわやカローラ、蟻族のアルファーも査問の対象なのじゃろ? じゃったら、プリンクリンも同行せんでよいのかと?」


「あぁ、そのことか」


 そう答えて、アップルティーを一口含んで喉を整える。今回の査問の中人物である俺と、対象者のシュリ、カローラ、そして、今は外で御者を教えてもらっているアルファーとその指導者のカズオが旅に同行している。


「シュリ、お前やカローラ、そして蟻族のアルファーに関しては、俺が倒して配下にしている事が公にされている。だが、プリンクリンに関しては、俺があいつの能力を無力化して討ち漏らしたという事になっているそうだ。だから、プリンクリンが俺の所にいる事を知っているのは俺の周りの連中と…カミラル王子ぐらいだな…」


 でも、なんだかんだいってあのマイティー女王も知ってそうで怖い。


「それに、あいつは今、身重だろ?しかも、相当つわりが辛そうだし… 今回の旅にはつれてこれねぇよ」


「そう言えば、ダークエルフたちはどうなのじゃ?」


「あぁ、あいつらの事なら、ダークエルフの本国の方が、ちゃんと手回ししているようだ。あの姉妹たちの末っ子を将来的にイアピースの王族に嫁がせるから、それを保険にしているみたいだな」


 姉妹フルコンプできなかったが、まぁいいだろう、一人ぐらい…


「なるほどのぅ~ して、わらわ達はそこへ言ってどの様な検査というか査問をうけるのじゃ?」


「俺も分かんねぇよ、俺自体、冒険者だから、研究者の考える事なんて検討もつかん」


「そもそも、なんで北方の寒い所に、色々な国の研究者が集まるような都市国家ができたんじゃ?」


 シュリの奴、結構、好奇心旺盛だな。


「俺も詳しくは知らねぇけど、何でも異端者がその地に追放されたのが始まりだそうだぜ」


「異端者とな?」


「そうだ、主流の考え方に合わない連中が追放され、そこで生活を始めたそうなんだが、なんせ寒い北方なもんで、ろくに作物は育たねぇわ、寒くて狩猟する動物は少ないわで苦労したそうだ。つまり、土地から稼げるものがねぇんで、頭で稼ごうと考えたそうだ」


「頭で稼ぐ? 詐欺か?」


「なんで頭で稼ぐのが詐欺に繋がるんだよっ 色々な研究を始めてその成果物を売り始めたのが始まりだ。何人もの頭脳集団が作り出した成果物だからな、時代を先行くものがいくつも作られて、そのうち、職人や技術者たちが教えを乞うようになって人が集まり始めたんだ」


「ほぅ~ それは面白いのぅ~ われらドラゴン族は奪うのが基本じゃからのう、考えて、生み出して、それで人を集めるか…興味深いのぅ~」


 シュリは絵本を読んで貰っている子供のように瞳を爛々と輝かせる。


「そして、いつしか追放者の土地のカーバルは、知識、技術の最先端都市となって、そこの知識や技術を学ばなければ、知識や技術に置いて行かれる状態になったんだ」


「ほほぅ! そこまで成長したのかっ! じゃが、良からぬ考えを持つ者がおって、そこの知識や技術を独り占めしようとしなかったのか?」


 やはり、ドラゴンだけあって、その考えが出て来たか…


「確かにそんな考えを持つ国もあったそうだが、出来なかったそうだ」


「そのカーバルの知識や技術で返り討ちにあったのか?」


「その場合もあるが… 元々カーバルはなんの旨味も無い土地だ。占領しても赤字になるだけ、そして本当に手に入れたいのは、知識や技術を持つ人物…殺す事は出来ないから本気で攻撃することは出来ない… しかも手に入れたい財宝は、自分の足のある人間だから、他国に逃げ出して、知識や技術をチラつかせ参戦要請とかするもんだから、攻め込んだ国が、裏から他国に攻め込まれるって事があって、それ以来、カーバルに攻め込む国は無くなったそうだ」


「ほほぅ~ それは人間らしいやり方じゃの~ 面白いではないか!」


「で、今では様々な国が人員を生徒として送り込んで、他国に遅れを取らないように知識や技術を学ばせているそうだ。それがまた、他国に宣戦布告させない人質になっているから奇妙なもんだな」


「ちょっと、わらわも楽しみになってきたのぅ~♪」


 そういって、シュリは遊園地にでも連れてもらえる子供の様に喜んだ。


 俺は、その喜ぶ姿を見ながら、お前は知識や技術を学ぶ方ではなくて、その実験材料にさる方かも知れないと思ったが、喜ぶシュリに水を差すのは無粋なので、アップルティーを呑んで押し黙った。


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