第147話 ハルヒの新作とカローラの愚痴

「ふぁぁ~」


 俺は大きな欠伸をしながら、食堂へと向かう。


 大仕事からの長旅で、漸く根城のカローラ城に帰って来たのに、色々とあったので中々寝付けずに寝不足状態だ。なら、もっと寝ていればよいだけの話であるが、空腹が邪魔して二度寝することが出来ない。なので、食堂へ朝飯を喰いに来たわけである。


「あら、イチローさん、おはようございます、お早いんですね」


 そう言って俺に挨拶してきたのは、ここに帰り着いてから晩餐の時も姿を見せなかったハルヒである。


「ハルヒさんじゃないですか、おはようございます。昨日の晩餐に出ていなかったですけど、どうしてたんです?」


 俺がそう言って、ハルヒの隣につこうとすると、隣の談話室の扉が開き、二人の姿が現れる。


「主様! ハルヒ殿のとなりはわらわの指定席じゃ!」


「貴方がこの『初恋、はじめました』を書かれたハルヒさんだったんですねっ! お隣に座ってもよろしいですかっ!?」


 そう言って、俺を押しのけて、ハルヒの両隣にやってきたのは、シュリとフィッツであった。特にフィッツは本を大事そうに抱えたまま、顔を高揚させて、有名人か憧れの人でも見るような顔でハルヒを見つめる。


「あらあら、フィッツちゃんも私の本を読んでくれたのね? どうだった?私の本は?」


「感動しました! 読んでいて…私もこんな恋がしたい…って… そう思いましたっ!」


「まぁまぁ、フィッツちゃんも乙女なのね、うふふ」


「それで凄く続きが気になるんですが、五巻はまだ執筆されないんですか?」


 フィッツの言葉にシュリもうんうんと頷いて、二人してハルヒに物欲しそうな瞳で詰め寄る。


「その話ね、私もシュリちゃんに助けてもらった恩があるから、馬車での移動中もずっと続きを書いていたんだけど、漸く今朝書き上げたのよ」


 その言葉にシュリとフィッツの二人の顔がぱぁっと喜びが広がっていく。なるほど、執筆活動に励んでいたから、ずっと姿を見せずにいたのか…


「ハルヒ殿! 本当なのか!? 読ませてもらえるのか?」


「ハルヒさん! よ、読ませてもらえますか!?」


 まるで、有名人にサインでも強請る様に、二人はハルヒに顔を寄せる。


「う~ん、読ませてあげてもいいけど…」


 ハルヒは唇に指を当て考え込む。


「条件か? 条件があるのなら、言って下されっ! ハルヒ殿!」


「私、なんでもしますからっ!」


 ゴクリ…


 俺に言われたのではないのだが、なんだか生唾を呑み込んでしまう。誰か俺にも言ってくれないかな…『なんでもします』って…


「うふふ、そんな意地悪な事は言わないわよ。ただ、今すぐ原稿を見せた方がいいのか、それとも、ちゃんと表紙のイラストや中の挿絵が付いた方がいいのか、どちらが喜んでもらえるかなって思って」


 ハルヒがそう答えると、二人はうっという感じに悩み始める。


「シュ、シュリさん…どうします? 今すぐ原稿を読ませてもらうか、それともイラストがつくまで待つか…」


「確かに今すぐ読みたい! だが…作品と言うのは本という形に整った状態が完成品じゃと思う… 原稿のまま読むのは、料理の途中で摘み食いするのと同じじゃ…」


 シュリがフィッツにそう答えると、二人は心を決めた様に頷き、ハルヒに向き直る。


「今すぐに読みたい気持ちがあるのじゃが…本になるまで我慢するのじゃ!」


 シュリのその言葉に、ハルヒはにっこりと微笑む。


「分かったわ、ではシュリちゃんとフィッツちゃんがすぐに読めるように、出版の手続きを急いでするわね」


「ありがとうなのじゃ! ハルヒ殿!!」


「ありがとうございますっ! ハルヒさん!」


 二人は大喜びでハルヒの手を握り締める。


 そこへ、再び談話室の扉が開き、眠たそうな顔をした一団がわらわらと現れる。


「ふぁ~ 楽しかったけど…眠い…」

「また、遊ぼうね、カローラ様♪」

「つ、次は勝てると思うから…」


「う、うん…分かった…」


 そう会話を交わすとダークエルフたちは一度睡眠を取る様子で自室の方に向かい、カローラ一人だけが取り残されて項垂れている。


「おい、カローラ、もしかして一晩中、アイツらと遊んでいたのか? それならゲーム友達になれたようで良かったな」


 そう言葉を掛けると、カローラは俺の存在に気が付いて、キッと顔上げて駆け寄って来る。


「イ、イチロー様!!」


「なんだよ…そんな怒った顔をして…」


「イチロー様!! なんでそんなに弱いんですかっ!!」


「ちょっ…なんの話だよ…」


 弱いって…欲望に弱いってことか?


「リアルでは、私に余裕で勝ったのに…なんでゲームの中では…」


「ゲームの話かよ…一体、どんなことになっていたんだよ…」


 カローラの遊んでいたカードゲームは、迷宮を進むカードを出して、お宝のある場所まで進んでお宝を持って帰ってくるゲームだ。それだけだと運が良い人物が勝つだけのゲームになるので、他のプレイヤーはクリーチャーカードを出して妨害できる。クリーチャーカードを出されたプレイヤーはキャラクターカードを使ってクリーチャーカードを排除しないと迷宮を進む事が出来ずに足踏みをするというルールだ。


「クリーチャーカードに私をモデルにしたカードが入っているので、みんな、私にそのカードを投げてくるんですよ… そんな時に限ってイチロー様のキャラクターカードしかなくて…」


 元のゲームそのままのクリーチャーやキャラクターではなく、この世界の人物を使った物になっているのか…てか、俺やカローラがまたカードになってんのかよ。


「それで、お前のクリーチャーカードはどれだけの強さなんだよ?」


「19です…」


 19か…結構強めかな? クリーチャーカードはキャラクターカードでその数字以上の目を出さないと排除できない。


「で、俺のキャラクターカードの強さは?」


「3D+1…」


「なんだよっ! よえーなっ! 俺… それ六ゾロ出さないと倒せないじゃないか!!」


 3D+1と言うのはサイコロ三つ振ってその合計にプラス1するという事である。つまり俺のカードが、強さ19のカローラのカードを倒す為にはサイコロ全部を6出さないといけない訳である。


「そうですよっ!! だから、私が何度も足止めされて… それで毎回最下位に…」


 しかし、それはただ運がないのか、それともダークエルフたちにいじめられているのかどちらだろう…後でダークエルフたちに聞いてみるか…


「でもまぁ…一晩中やってたんだから、十分楽しめたんだろ? それでいいじゃないか…」


「しかし…なんで私の所にイチロー様のカードばかり…しかも、イチロー様が再評価される前のゲームだから弱いし…… そうだっ!!」


 そう言って、カローラは俺に詰め寄ってくる。


「多分、あのゲームは古い版だから、恐らくバランス調整とか現状を踏まえた新版が出ていると思います! それならイチロー様のカードも強くなっていると思いますから、私のカードを倒せるはずです! だから、新版買いに行きましょう!」


「お、おぅ…分かったよ、見かけたら買っておくから、お前は朝飯を喰え…」


 お前は勝つためには、自分のカードが倒されてもいいのかよ…


 そんな話をしていると骨メイド達がワゴンに朝食を乗せて運んでくる。


「あ、ありがとうございますっ!」


「ありがとうね」


「私は、ミルク多めで」


「わらわはパン多めで頼むぞ」


 骨メイド達がフィッツ、ハルヒ、カローラ、シュリと食事を配膳していく。


「えっ? なんじゃ? わらわが?」


 骨メイドがシュリに耳打ちしたかと思うと、シュリが俺の分の食事が乗ったトレイを持ってやってくる。


「主様の分じゃ」


「どうして、シュリが運んでくるんだよ」


「分からぬ、骨メイドが主様の分はわらわにお願いしたいといいだしてな…」


 シュリも意味が分からないと言った感じで首を傾げる。もしかして、昨日、俺が渡したカードが原因でカローラがボロ負けしたのを恨んでいるのか? そんな事ぐらいで恨まれてもたまらないな…


 まぁ、そんな細かい事を気にしていても仕方ないので、空腹の腹に飯を詰め込んで、二度寝をするか…


 そんな俺が朝飯を掻っ込んで、二度寝をしようと立ち上がると、丁度朝食を摂りに来たアソシエたちとかち合う。


「あっ、イチロー」


「よう…おはよう…」


「昨日の手紙は読んだ?」


「い、一応…目を通したよ…」


 俺は目を逸らしがちに答える。


昨日、渡された手紙は、俺が他の勇者パーティーやその勇者を認定して抱える国や組織から、シュリやカローラを抱えている俺が魔族側の工作員ではないかと疑いの声が出ている事が記された、ティーナからの手紙であった。


 その手紙には、そういった疑いを晴らす為に、俺の擁護派でも非難派でもない中立の組織が、俺自身や、シュリやカローラの査定を行えばどうかと言う内容も記してあった。


 確かに他所から見れば、元魔族側の連中を抱きこんではいるが、そもそも俺は人類を裏切って魔族側に付こうだなんて、これっぽっちも思ってはいない。そんな俺がどうして、潔白を弁明するような事をしに行かなくてはならないんだ?…疑われた側が身の潔白を証明しろと言うのは、いわゆる「悪魔の証明」で、ティーナの意見は、まんま元の世界の中世にあった魔女裁判じゃねえのかとも俺は思った。


 例え、某RPGの様に世界の半分をやろうと言われても、俺には断る自信がある。まぁ、世界中の女の半分なら少し悩むかもしれないが、でも女を手に入れるのは、手に入れる過程も面白いのであって、いきなり渡されても、試合にも出ていないのにトロフィーだけを貰うようなもので、全く嬉しくない。


「それで、どうするの? 審査を受けるの…それとも…受けないの?」


「…ちょっと、そんなすぐに答えを出せねぇよ…」


 アソシエにそう答えると、眠気が覚めてしまった俺は自室でもなく、外の空気を吸いに出ることにした。





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