第144話 俺の子か…

 赤ん坊ベッドの上で、三人の赤ん坊が寝かされており、それぞれ、キャッキャとはしゃいだり、気持ちよさそうに寝ていたり、ぼーっとこちらを見たりしている。


「ほ、本当に…俺の子供なのか…」


 自然と俺の口から零れた言葉に、アソシエがキッとなって向き直る。


「ちょっとイチロー!! 私たちが他の男の子供を産んだとでも言うの!!」


「いや、ちげーよっ! そう言う意味でいったんじゃねぇよ… ただ、まだ俺の子供が生まれて、俺が父親になった実感がなくて… その戸惑ってんだよ… だから、三人の事はこれっぽちも疑ってねぇよ」


 俺は口から出まかせの言い訳ではなく、心の底の本心からそう告げる。


「あら、そう言う事ですか、イチロー様… まぁ、10か月の間、お腹で命を育む女性と違って、男の人は実感しづらいからですねぇ~」


 そう言ってミリーズがフォローの言葉を入れてくれる。


「私、妊娠なんて…初めての経験だったから…へんな感覚だった…」


 ネイシュも我が子の顔を眺めながら口角を上げる。


「それより見てよっイチロー! 目元とか口元がイチローによく似ているでしょ?」


「似ているって言われても… あまり自分の顔なんか見ないから分かんないなぁ…」


 ただ、顔が似ているとしても、俺の性格には似て欲しくないな… 自分がやっている事を、(性的な意味ではなくて)息子が同じことをやり始めたら… それはそれで苦労するな…


「所で、もうこの子たちの名前とかつけてんのか?」


「えぇ、私は付けているわよ、最初はイチローから一字貰おうと思ったけど、難しいから、お爺様の名前を貰ってアルフォンスと名付けたわっ!」


 そう言ってアソシエが俺に微笑みかける。


「私の子供は女の子だからルイーズって名付けたわ」


 ミリーズが眠っている赤ん坊の頬に触れながらそう告げる。


「で、ネイシュの赤ん坊は何て名前なんだ?」


 俺がネイシュに向き直って尋ねると、ネイシュはベッドに寝ている自分の子供を抱き上げて、俺に掲げる様に差し出す。


「私、イチローに名前つけて欲しかったから、まだ付けてない… イチローが付けてあげて」


「おっ俺が!?」


 戸惑う俺にネイシュは自分の赤子を渡して、俺に赤子を抱きかかえさせる。俺は初めて赤子を抱きかかえるが、なんだか脆くてすぐに壊れそうで、なんだか怖い。だが、赤ん坊は俺の顔を見上げながら、俺の服をぎゅっと掴んでしがみ付いてくる。


 そんな状況で俺は赤子と目が合う。こうしてみると、アソシエの子供のアルフォンスは、アソシエが言うように俺に似ている様な気がする。それと言うのもネイシュの赤子は、赤子になったネイシュのようにしか見えないからだ。


 また、俺にぎゅっとしがみ付いて身体を密着させてくる赤子から、体温が高めなのかじんわりと体温が伝わってくる。その体温から、腕の中にいるのが人形やぬいぐるみ等ではなく、本物の生きた人間の赤ん坊だという実感が湧いてくる。


 その実感に俺は腕の中の赤子からネイシュに視線を向けると、俺がどんな名前を付けるのかとネイシュが固唾を呑みながらじっと見ている。


 さて、この娘にどういう名前を付けてやるか…俺の名前とネイシュの名前を組み合わせてつけるか? イチシュ…違うな…イシュ…ネが無くなっただけだ…シュイチ…男みたいだな…シュイ… これだとシュリの子供みたいになるな…


 俺は頭を捻る。結構、名付けって難しいな…では、ローシュってのはどうだろう? 女の子っぽくっていいのではないだろうか?


「ローシュってのはどうだ?」


 俺が内心、恐る恐るそう答えると、ネイシュの顔が次第に広がっていき笑みが零れる。


「ネイシュ、嬉しい! 良かったね! ローシュっ!」


 ネイシュが喜びの声を娘のローシュに掛けると、ローシュもその名前に満足したのか、ローシュは俺の胸に気持ちよさそうに顔を埋める。


「へぇ~ イチローにしてはまともな名前を付けたのね」


 アソシエが感心したように俺に声をかけてくる。


「俺にしてはとはなんだよ… そもそも、お前らだって、俺がカローラの城を根城にしているのに、よくこんな赤子を連れて来たな…」


「イチローじゃないんだから、いきなり大事な子供まで連れて来ないわよ」


 呆れたようにアソシエが言い放つ。


「最初に様子見に来た時に、クリスって娘に出会って、その娘が聞いていないことまで、ぺらぺらと全部教えてくれたのよ、貴方がフェンリルにポチって名前を付けたり、オークにカズオって名前を付けて子分にしているって事も」


「えっ!? マジで!?」


 くっそ! あの女! まだ、ポチを使って身包み剥いだ事を根に持ってんのかよ… それともバカなのか?


「うっうっ」


「あらあら、ルイーズちゃんも他の子も、おしめの取り換えと、おっぱいの時間のようね」


 ミリーズはそう言うと、起きてむずかり始めたルイーズをベッドから抱き上げる。


「さぁさ、イチローはさっさと部屋を出てっ!」


 そう言って、アソシエは俺を部屋の外に追い出そうと、俺を急き立てる。


「な、なんで俺を追い出そうとするんだよ…」


「だって、イチロー様は…」


 ミリーズは困った顔をしてみんなで顔を見合わせる。


「イチローってば、ただ見るだけじゃなくて、俺もとか言い出すでしょ…」


「ネイシュ、あんまりおっぱい出ないから、赤ちゃんの分が足りなくなる…それは困る…」


「そ、そんな事かんがえてねぇよ!!」


 まぁ、図星だがな…搾乳プレイ…一度やりたかったな…


「ほらほら、イチロー! 顔にやらしい考えが出てるわよっ!」


 そう言って、結局、部屋の外へと追い出されてしまった…


「くっそ! 久しぶりに三人の乳を触りながら、母乳を飲みたかったのに…か?主様…」


「シュリ! なんで、俺の考えを先に言葉にしてんだよ!!」


 部屋の外で待っていたシュリが、俺が考えそうになっていた事をそのまま口にしていたので、図星な事を誤魔化しながらそう答える。


「やはり、そうじゃったか… まぁ、わらわは何ども主様の淫らな妄想を聞いておるからの… なんとなく分かってしまったのじゃ… って、自分で言っておきながら、わらわもかなり主様に毒されておるな…ははは…」


 シュリはズバリ当てておきながら、そのズバリ当ててしまった事に自己嫌悪に陥る。


 その横では、なんだかムッとした顔で不機嫌な様子のカローラが何やらブツブツと言いながら佇んでいた。


「カローラはカローラでなんで不機嫌そうな顔してんだよ…」


「いや…だって…」


 そう言いながら、カローラはスカートの裾を握り締める。


「例え、イチロー様の仲間の元勇者パーティーのメンツとは言え、こう安々と乗り込まれて我が物顔をされるとは…私の独りで静かで豊かな…難攻不落の城だったのに…」


 カローラは「ぐぬぬっ!」とでも言い出しそうな、悔しそうな顔をする。


「難航不落っておま… 俺が来てからというもの、誰かを防げた試しがねぇじゃねか… プリンクリンも客間に素通りさせてたし、ケロースとユニポニーもいつの間にか住みついていた… そもそも、俺が最初に来た時に、俺は一度も戦わずにお前のいた玉座の間に辿り着いたんだぞ? もはや、誰でもオッケーの公共の場と化しているじゃねえか」


「ぐぬぬ…」


 何がぐぬぬだ!と言いたくなったが、これぐらいにしておいてやろう…カローラが気の毒だ…


「して、主様、この後どうするのじゃ?」


「フィッツやアルファーたちの部屋割については骨メイドが案内してくれているから、俺は一度プリンクリンの様子でも見てくるか、流石にプリンクリンと言っても、俺無しで元勇者パーティーの三人と同居していたんだから、心細い思いをしていたと思う」


「あのプリンクリンがそんな、か弱いはずがありませんよ…イチロー様…」


 カローラがまだ不機嫌なのか頬を膨らませながら言ってくる。


「まぁまぁ、カローラよ、あやつも身重じゃ、多少は心細いじゃろうて…」


 そう言ってシュリとカローラが俺の後ろをついてくる。


 プリンクリンの部屋は流石にアソシエたちの三人の部屋の近所ではなく、少し離れた場所にある。俺はプリンクリンの部屋の前に立ち止まり、扉をノックするとノブに手を伸ばす。


「プリンクリン、入るぞ」


 俺はプリンクリンの返事を待たずに、扉を開け放つ。


「えっ!? なにこれ?」


 俺たちは、部屋の中の信じられない光景に唖然とする。


「うわぁ…」


「目…目が…痛い…」


 扉を開けた先に広がる光景は、ピンクピンクピンク… 壁紙からカーペット、天井…ベッドの布団やカーテン、部屋の中の調度品に至るまで、全てショッキングピンクで覆いつくされていた。


 あまりにも突飛な部屋の光景に、言葉を失っていた俺たちに、部屋の中にいたプリンクリンデザインのメイド服を着た骨メイドが駆け寄って来る。


「あっ! ツボミ! なんでそのメイド服来ているのよっ!」


 カローラが骨メイドの服装に気が付いて声をあげる。すると、その骨メイドは、口の前に人差し指を立て、静かにするようにジェスチャーをしてくる。


「えっ? さっきまでつわりで苦しんでいて、漸く眠った所だから、寝かせてやって欲しいって?」


 俺には聞こえない骨メイドの言葉をカローラが口にすると、骨メイドはコクコクと頷く。


「それよりツボミ! 貴方、どうしてそのメイド服を着ているのよ! いつものメイド服はどうしたのよっ!」


 カローラが声を荒げて問い質そうとすると、骨メイドは両手で押してきて、ぺっと部屋の外へと俺達を追い出した。


「ツ、ツボミが…」


「物理的にも、人材的にもカローラ城は落とされておるの…」


 この状況にシュリがポツリと呟く。


「シュリ…しばらく、カローラに優しくしてやろう…」


 シュリはコクリと頷いた。



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