第142話 えっ?なんでいるの?
「やはり、こうして城門が見えてくると、改めて帰って来た実感ってのが湧いてくるな」
「そうでやすね、旦那」
俺はカローラ城が見えてきたとの知らせに、御者台に出て前方の様子を眺め、手綱を握るカズオに話しかける。
「しかし、変なもんですね…旦那」
「なにがだ?」
少ししんみりと言うカズオに視線を向ける。
「いや、ここのカローラ城に滞在していた期間って、あっしらの旅の期間から考えれば、ほんの僅かな時間でしかありやせんが、実家のような安心感というか、もう実家になってやすね」
「あぁ、確かにそうだな、最初に来た時に一泊して、その次はイアピースから逃げて来た時に二日ほど、その次はウリクリから帰ってきたらプリンクリンがいて三日滞在した後、すぐにミケの故郷のフェインに行ったんだよな… で、帰ってきて四日ほどですぐに今回のべアールか… 十日ほどしか滞在してないのか…」
俺自身、独りで旅をしていた時や、ロアン達と旅をしていて、根城していた場所はいくつかあったが、ここのカローラ城程、落ち着ける実家感のある場所は無かった。
やはり、その辺りはカローラが趣味に没頭できる引き籠り環境を整えていたのが影響しているのであろう。ゴロゴロするのには最適の環境である。
「まぁ、イアピースから逃げて来た時の安心感が大きいでやすね、あっ、城門がみえてきやしたぜ」
そう言ってカズオが前方を指差すと、長閑な天気の中、開け放たれた城門にその横に椅子を置いて、読書をしながら門番をする骨メイドの姿が見えてくる。
「俺たちが留守中でも、何も問題ない様子だったようだな。のん気なもんだぜ」
「あれ? 変でやすね?」
城門の長閑な様子を見ていたカズオが片眉をあげる。
「なにがだ?」
「いや、あっしらの事を気が付いているはずなのに、門番をしている骨メイドのマイさん、ピクリとも動かないでやす… まるで死んでいるように…」
「いやいや、スケルトンだから元々死んでるだろ… 読書に熱中しすぎてるんじゃないのか?」
俺たちの馬車が、骨メイドの横を通り過ぎて城門を潜る時に、ちらりと骨メイドを見るとページを捲っていたので、死んで…いや死んでいるはおかしいか、成仏しているのではなく、やはり読書に熱中しているだけのようだ。
そんな訳で、俺たちはそのまま城門を潜り抜け、中庭を通って本館の玄関前へと辿り着く。俺は御者台からひゅっと飛び降りて、馬車の扉へと向かう。
「おら、城に辿り着いたぞ」
俺が扉を開けると、待ち構えていたシュリが、ぴょんと飛び降りてくる。
「おぉ、ようやく帰り着いたな」
シュリの後、扉の所まで出てきたカローラが玄関の様子を見て、首を傾げる。
「あれ?お出迎えは?」
一人も骨メイドのいない玄関の様子を見て、カローラが声をあげる。
「あぁ、門番担当の骨メイドが読書に熱中していて、城の中の者に連絡がいってないせいだろう」
俺はそう言いながら、カローラを馬車から降ろしてやる。
「プリンクリンが来てから、城のメイド達の私に対する扱いがぞんざいになっている様な気がする…」
カローラはいじけた様にポツリと呟く。
「ま、まぁ、たまたまだ…そんなに気にするな…」
気休めの言葉をカローラに掛ける俺の背中に、吠え声がかかる。
「わぅ!」
その吠え声に、カローラに視線を合わせていた俺は立ち上がって振り返る。
「ポチ!」
俺が声を掛けると、フェンリルのポチが俺に飛びついてじゃれてくる。
「よーしよしよし! ポチ! 帰りの道中、ちゃんと歩いて帰って来たな~! いい子だいい子だ! ポチ! お前は可愛いなぁ~よしよし! あっ…」
いつもの様にじゃれてくるポチをワシワシする俺であったが、ある事に気が付いて手が止まる。
「どうした? 主様? また、ポチがケツを向けて来たのか?」
ワシワシを止めた俺に、シュリが気が付いて覗き込んでくる。
「いや… ハニバルで虫の拾い食いで太ったポチをダイエットさせる為に、ポチには帰り道はずっと馬車に乗せずに歩かせてきたはずだ…それなのに、全然やせていないなと思ってな…」
ポチをワシワシする時に腹を撫でて気が付いたのだが、腹のタプタプが帰路につく前から減ってないというか、むしろやや増えている事に気が付いたのだ。
「ポチ… なんで腹がタプタプのままなんだよ… 帰り道はずっと歩かせていたはずだし、餌も少な目にしておいたはずだぞ? 腹が減り過ぎて、どこかで水でもがぶ飲みでもしたのか?」
「あっ…」
俺が疑問の声を漏らしていると、カズオが何か気が付いた様な声を漏らす。
「なんだ? カズオ、何か知っているのか?」
俺がそう尋ねるとカズオは少し申し訳なさそうに頭を下げる。
「す、すいやせん…旦那…ポチが可哀そうなので、あっしがちょくちょくと餌を与えてやした…」
「えっ!?」
カズオの言葉に、今度はシュリが声を漏らす。
「なんじゃ、カズオもポチに餌を与えとったのか?」
「えっ!? その言い方だと、シュリの姉さんもポチに餌を?」
「そうじゃ、ポチが気の毒でのぅ…皆が寝静まった後、わらわも餌をやっとったのじゃ」
シュリも申し訳なさそうに少し頭を下げる。
「えぇ… シュリもポチに餌やってたの…」
そんなシュリに今度はカローラが声を掛ける。
「その言い方だとカローラもポチに餌をやっとたのか?」
「うん… レバーの入った食事が出た時にポチに上げてた…」
カローラが珍しくレバーの入った料理を空にしていたのはそのせいだったのか…
「えっ? ホノカさんもナギサさんも、隠れてポチに餌やってたんでやすか?」
カズオが骨メイド二人のひそひそ話を聞いて声をあげる。
「おい! ちょっと待て!! なにか!? じゃあ、この馬車の全員がダイエット中のポチに餌を与えたのかよ!?」
「わう?」
以上のやり取りが分からないポチが、首を傾げる。
「いや、ポチ…お前に怒るつもりはないから安心しろ…お前は差し出されたものをただ食べただけだからな… しかし…それだけ喰っていれば、腹も凹まんわな…」
そう言ってタプタプになったポチの腹をぽんぽんと叩き、振り返ってポチに餌を与えた連中をギロリと睨む。
「わ、わらわは悪くないぞっ! 他の奴らが餌をやっているとは知らなんだのじゃ!」
「別に怒るつもりはねぇよ」
俺がそう答えると、俺に怒られると思って少し緊張していたシュリは顔を緩ませる。
「ただ、お前ら責任をとって、これからポチが痩せるまでの間、全員一日一人一時間づつポチの散歩係な…俺もやるから…」
「全員って…6人で6時間って事でやすか…」
それぐらいせんと、やせんだろ…
「キング・イチロー様」
「イチロー様っ!」
そこへ後ろの馬車に乗っていた、アルファーとフィッツが馬車を降りて来て、俺に声をかけてくる。
「イチロー様っ! 本当にお城をお持ちだったんですね! しかも、こんな大きな城を! 凄いです!」
フィッツが、初めて都会に出てきた田舎の少女のように、瞳を輝かせて俺と城を見る。
「ふふ、ハニバルでは一塊の冒険者のように装っていたが、俺の正体は実は一城の主なんだよ…」
少女漫画でよくある、憧れの人が実は王子様だったパターンの演出をしながらフィッツに、少女漫画の王子様っぽく答える。
「いや、元は私の城…」
「あ?」
「いえ…なんでもありません…」
威圧でカローラを黙らせ、イケメンキラキラフェイスでフィッツに向き直る。
「流石はキング・イチロー様、元々からキングでいらっしゃいましたか、所で、私たちや私の妹たちはどちらに向かえば良いのでしょうか?」
蟻族のまとめ役になっているアルファーが代表して俺に尋ねてくる。その後ろの馬車の中から、女王の第二腹部から救出したシュリやカローラと同じぐらいの大きさの幼体たちが、固唾を吞みながら興味津々でこちらの様子を伺っている。
シュリやカローラは俺の仲間で、フィッツやまだ顔を出していないがハルヒは客人という扱いになる。しかし、アルファーやその妹の幼体たちは、一応名目上は、捕虜又は人質という扱いになる。その辺りに気を使ってアルファーは尋ねて来ているのであろう。
俺としては、別にアルファー達を監獄に入れたり奴隷部屋に入れたりして、名目通りの捕虜や人質のように扱うつもりはない。シュリやカローラと同じく、アルファー達も俺の仲間だ。
「フィッツもアルファーも、その妹たちも、俺と一緒に付いて来い。城の中を案内する。そして、その後、城の中のちゃんとした部屋をあてがってやるから安心しろ」
俺がそう言うと、アルファーが答える前に後ろの馬車に乗っていた幼体たちが、黄色い喜びの声を上げながら、一斉に飛び降りて、俺の元へと駆け寄ってくる。
「キングっありがと!」
「ありがとっ!」
言っておくが俺はロリコンではない。だが、きゃっきゃと声をあげて喜ぶ幼体たちに囲まれて悪くない気分である。欲を言えば、もう10歳程大きくなってからの方が俺としては嬉しいが…
「よし! それじゃあ、中に入るぞ付いて来い!」
俺はそう言って玄関の扉を勢いよく開け放つ。そこにはプリンクリンによって装飾を多少変えられているが、二か月ぶりぐらいのカローラ城内が見えてくる。
しかし、俺はその城内にいた人物に目がとまり、驚愕する。
「あれ? イチロー、ようやく帰って来たの?」
セミロングのローズヘアーの吊り目の少女が俺に声を掛ける。
「えっ? えぇぇぇ!? なんでアソシエがここにいるんだよ!!」
そこにはロアンの勇者パーティーで一緒だったアソシエの姿があった。
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