第141話 凱旋

 俺たちはべアールの戦乱も終わり、本拠地であるカローラ城に戻る家路へとついていた。


 俺たちの馬車だけなら結構早めに帰り着く事は出来るのだが、捕虜という名目で連れ帰る蟻の女王エイドリアンの第二腹部にいた未成熟の幼体12人と、その面倒を見るアルファー、ベータ、VHS、DVDの四人の成体、そして、シュリが保護した『初恋、はじめました』の著者ハルヒ・ニシゾノを乗せた普通の馬の馬車が追従しているので、あまり速度は出せなかった。


 改めて考えると、水・食料いらずで、休みなしに走り続けられるスケルトンホースは便利だ。ほんとスケルトンホースの俺たちの馬車だけなら半分ほどの日程で帰り着く事ができたであろうが、まぁ、急ぐ用事も無いので、途中、ウリクリのジュノーに寄りながらのんびり帰っていた。


「う~ん、やはりたんぽぽコヒーじゃなくて、本物のコヒーは香りがいいな~ ローストも強めにしているから香りが引き立つ」


 御者をカズオに任せている俺は、馬車内のソファーで優雅にジュノーで買ったコヒーの香りを堪能していた。たんぽぽコヒーは味は悪くはないのだが、やはり焙煎した本物のコヒーには香りが叶わない。この香りが大役を果たした俺に優雅なひと時をもたらしてくれる。


「イチロー様…」


 俺の正面のソファーに腰を降ろすカローラが、上目がちに俺に声をかけてくる。


「なんだね、カローラ… お前も、この芳醇な香り引き立つコヒーを味わいたいのかね?」


 優雅なひと時に浸る俺は、貴族っぽくキザにカローラに答える。


「いえ、私は苦いのは苦手なので、コヒーは結構です… ジュノーで買い足したミルクもあるので… それより、お話したい事があるのですが…」


 俺はなんとなく察しがついているので、すぐには答えず、コヒーを一口啜り、ゆっくりとその味を堪能した後に、カローラに向き直る。


「で、話とは?」


 俺の言葉にカローラは、直接見える訳ではないが、ちらりと馬車の後方に視線を動かす。


「本当にあの者たちを、城で養うつもりなんですか?」


 カローラは追従している馬車に乗っている者たちの事を言っているのであろう。


「勿論、そのつもりであるが…」


 俺は極めて平静を装いながら、再び口元にコヒーの入ったカップを運ぶ。


「いや、あんな子供をわらわらと…私の城を保育園にされても困るのですが…」


 カローラは眉を顰めながら訴えてくる。


「ちいさな子供が増えたぐらい構わんだろ… それにアルファーやベータ・VHSとDVDがメイドの教育をするっていっているから使用人が増えると思えば…」


 しかし、アルファーやベータは兎も角、なんで俺はVHSやDVDみたいな名前を付けたんだろ… いい加減すぎるだろ…俺…


「イチロー様! ただでさえ、お腹が大きくなって、そのうち子供を産むダークエルフが10人と、私の城をピンクに染めて趣味の悪い娼館のようにしたプリンクリンがいるんですよっ!」


 あぁ、確かにあの時、プリンクリンに城の雰囲気を変えられて、娼館というかラブホみたいにされてしまったんだったな… 外壁はなんとか魔法で元の色に戻したが、内装がまだ戻せていなかったな… たしか、メイドの衣装をキューティーキュア風の魔法少女っぽいメイド衣装に変えたせいで金が尽きたんだったよな…


「まぁまぁ、そんなに興奮するなよカローラ、あいつらの事だからプリンクリンみたいな事はしないって…」


 優雅に気取っていたが、思い出し怒りを始めるカローラを宥め始める。


「あの者たちがプリンクリンみたいな事をしないと言っても、イチロー様はあの者たちに色々としますよね…」


 ギクリ…


 色々と身に覚えのある俺は、ドスの効いた声で恨めしそうに見るカローラの姿に、内心でビクつく。


「ホ、ホノカが…毎晩、私を寝かしつける時に言ってくるですよ… もうあのメイド服を着られなくなってしまったって…」


 その言葉に俺はコヒーを飲むふりをしながら目を逸らす。


「私、イチロー様に言いましたよね? 変な事に使わないでくださいって…」


「い、いや…変な事には使ってないぞっ? 俺はただ愛を育む行為をだな…」


「それが変な事だって、言っているんですよ!!」


 俺の言葉が言い終わる前にカローラが激高して声を荒げる。


「今までのメイド服が着られなくなったせいで…ホノカが…プリンクリンのメイド服を着るって言い出しているんですよ… 私の一番のお気に入りホノカが…」


 激高していたカローラはそう言うと、顔を覆ってさめざめと泣き始める。恐らくカローラの中では、ホノカがプリンクリンの作ったメイド服を着るという事は、ホノカが寝取られたというか、プリンクリンに奪われたような気分なのであろう…


「まぁまぁ…カローラ… 新しいメイド服をつくれば良いじゃないか… べアールでの褒章もたんまりもらったから、もう金には困ってないし、俺もあのメイド服の元は十分取らせてもらったし…」


「いやいや…そういう所じゃぞ、主様…」


 カローラを宥めようとする俺に、状況を眺めていたシュリが嘴を挟んでくる。


「確かに主様は我らの主様ではあるが、元々はあの城はカローラのものじゃ、そこに子供が捨て猫を拾うようにホイホイと女を拾ってきては、発情期の様に盛られてはたまったものではない」


 シュリはどこで仕入れて来たのか分からないが、絹さやの筋を取りながら、やれやれといった顔で言ってくる。


「いやいやいや…捨て猫と言うなら、シュリ、お前だってミケ拾ってきてるだろ… しかも、面倒見ると言っておきながら全然面倒見てないし」


 俺がそう言い返すと、少しぎょっとして背筋を伸ばし、やがて目を泳がせ始める。


「い、いや…それはじゃな…その…」


 そこでシュリは何か思いついたように、ポンと手を鳴らす。


「そうじゃ! 放し飼いじゃ! 放し飼いをしておるじゃ!」


 ドヤ顔で言ってくる。


「いやいや、放し飼いって… そもそも猫に縄付けたりしないだろ… しかも、あいつフリーダム過ぎるだろ…」


「ミケはいいとしても…シュリ…貴方もまた新しいのを拾って来たでしょ…」


 擁護していたはずのカローラからシュリに矛先が向いてくる。


「拾って来たとはなんじゃ! ハルヒ殿を猫のように言う出ない!!」


 シュリがハルヒの事を捨て猫の様にカローラに言われて、目に角を立てる。


「ハルヒ殿は自分で食い扶持を稼げるし、今度はわらわがちゃんと面倒を見るっ! それにカローラじゃって『初恋、はじめました』の続きを読みたかろうて!」


 まぁ、今回の度の目的は『初恋、はじめました』のハルヒを保護するのが目的だったからな…カローラも続きが読めるというのであれば、強くは言い返せまい。しかし『今度は』って…やはり、ちゃんと面倒を見ていない自覚はあったのかよ…


 しかし、ハルヒを見つけて連れ帰る時のノブツナ爺さんの悔しそうな顔がちょっと気の毒だったな… 本屋でハルヒ似のエロ本はノブツナ爺さんに先を越されたが、ハルヒそのものを俺がかっさらっていったからな… プリンクリンに続いて、ノブツナ爺さんの好みの女を俺が手に入れた訳だ… なんだか恨まれてそうだな…


 とは言っても、ハニバルで見つけて保護して、騒乱が終わって連れ帰る事が決まり、今まで結構な時間があったが、俺は未だにハルヒを頂けてない… というのも、ハルヒは俺達と一緒の馬車ではなく、アルファーたちと一緒の馬車に乗っており、しかもシュリのガードが硬い… また夜這いしようにも、蟻の幼体たちと一緒に寝ているので、いかに俺と言えども、そんな状況では手を出せん… くっそっ、お預けをくらった気分だ…


「そもそも猫を拾ってきたというのなら、それは主様の方じゃろ」


 シュリに自分の事を言われて、ハルヒの事を考えていた俺は顔を上げる。


「猫?」


「あぁ、そうじゃ、ウブでおぼこいおなごを拾って来たじゃろ」


 そう言って、シュリは後方に目を向ける。


「あぁ、フィッツの事か…」


「そうじゃ、あの娘の事じゃ、アルファー達は捕虜とか人質と名目なので仕方ない所であるが、あの娘まで拾ってくる必要はないじゃろう」


 フィッツはハニバルにいた時に、俺付きの下士官として割り当てられた兵士であったが、ハニバルを離れる時に、俺が連れてきた少女だ。


 確かにシュリの言うように、フィッツを連れてくる表立った理由はなかったが、去り際にあんな少女漫画のような状況で、その別れを悲しむようなヒロインの顔をされたら連れて来ない訳にはいかんだろ… 連れて行かなかったら、それまで俺が装っていた、カッコ良くて頼れるお兄さん像を崩してしまう。


 そして今、フィッツは後ろの馬車の御者をしている。フィッツに関してはハルヒ様みたいにガードが硬くないので、頂く事もできたが、折角、少女漫画のようなカッコいい青年を演出しているのだから、普通に頂くのではなく、もっと演出を盛り上げてから頂く方が楽しみがありそういだ。


 ドン!


「二人とも同じよっ!」


 ふいにテーブルが叩かれる。驚いた俺とシュリがその音源に視線を向けるとカローラが怒りを湛えた瞳でテーブルに拳を振り落としていた。


「私はねっ! 趣味に没頭したいのよっ!」


「しゅ、趣味?」


 注目を集めた上で、カローラの口から訳の分からない言葉が出て来て混乱する。


「趣味に没頭する時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃダメなのよ… 独りで静かで豊かで……」


 カローラがそう言ってテーブルに叩きつけた拳を握り締める。


「あぁ…えっと、なんか良い言葉をいったような気になっているけど… あの城に引き籠って盛大なニートを生活をしたいだけなのかよ…」


 確かにあの城の中は、カローラが心地よくニート生活が出来るような状況が揃っていたな…


「ん? ちょっと待てよ… カローラ、そう言えば前にお前、実家を追い出されたって言ってたよな… もしかして、実家でそんな生活をしていたから追い出されたんじゃないのか?」


 俺がそう言うと、カローラの身体がピクリと動く。


「そ、そんな事を…無いですよ… そ、その…一家が吸うだけの住人が周りにい、いなかっただけで… そ、それで一番年上のわ、私が…そ、その弟妹たちに気を使ったというか、遠慮しただけで…」


「カローラ…目が泳いでいるぞ… 俺の目を見て話せ…」


「あっ! 目にゴミがっ!」


 そう言ってカローラはバレバレの嘘をついて目を覆い隠す。やはり、図星だったか…


「旦那! そろそろ城が見えてきやしたぜ!」


 表の御者をやっているカズオの声が響いてくる。


「兎に角、漸くかえって来たんだ、細かい事はほっといて、ゆっくりと休むぞ!」


 俺はぐっと背筋を伸ばした。



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