第132話 全軍出撃

 本部の敷地、屋内のあちこちでは、決戦に向けて、兵や男たちが慌ただしく動き回っている。そんな中、フィッツが俺の姿を見つけて駆けつけてくる。


「イチロー様! イチロー様!」


「おう、なんだ、フィッツ」


フィッツは駆けて来て、乱れた息をそのままに、俺に言葉を続ける。


「どうして… どうして今回は私をお連れ頂けないのですか!? やはり、前回の事で、私が足手まといになってしまったからですか…」


フィッツは瞳に涙を貯めて、表情を曇らせ少し伏し目に項垂れる。


「フィッツ、そんなんじゃねぇよ。料理するなら包丁、木こりをするなら斧みたいに適材適所って奴だ。そんな気にするなよ」


「それは…やはり、私は戦闘では足手まといになってしまうという事ですね…」


 フィッツはそう言うと、涙をポロポロ落とし始める。このぐらいの歳の娘は、ちょっと厄介だな…


 俺は、腰をかがめて、フィッツと目線を合わせ、その両肩に手をのせる。


「フィッツ、実はお前には重要な役割があるんだ…」


「わ、私にですか…?」


フィッツは伏せていた目をあげ、俺をみつめる。


「そうだ、今回の戦いは決して楽じゃない、下手すると俺も命を落とす可能性が高い… その時は誰かが他の者に知らせて、人類総出で対処しなければならなくなる… その誰かに知らせる役目が、フィッツ、お前の役目なんだ…」


俺の言葉にフィッツははっと目を見開き、首から駆けていた飾りを握りしめる。


「頼まれてくれるか? フィッツ…」


 俺はフィッツに言葉を重ねる。フィッツの表情は捨てられる子犬の様な顔から、力強く決意を決めた顔へと変わり、大きく頷く。


「分かりました! イチロー様! 私、今度こそやり遂げます!!」


「良くいった! フィッツ! いい子だ」


俺は、前回の出撃と同様に、フィッツの頭をワシワシと撫でてやる。


「そ、その代わり… イ、イ、イイイチロー様が帰ってきたらっ!」


「ん?」


フィッツはクリクリとした瞳で俺を見つめるが、途中で、頬を染めて目を逸らせる。


「いえ… イチロー様、無事に帰ってきてください…」


「あぁ、分かった、必ず帰ってくる」


フィッツは俺の言葉に小さくコクリと頷いた。


「主様~ こっちの準備は整ったぞ~」


向こうで、シュリがこちらに手を振ってくる。


「おう! 分かった! じゃあ、フィッツ、また後でな」


俺はフィッツと別れを告げ、シュリの元へと進む。


 シュリの元にはシュリ、カローラ、ポチ、樽を担いだカズオ、それにアルファーとベータがいる。


「イ、イチロー様? カズオがまた樽を担いでいるんですけど… また、私、あの中に入るのですか? 出来れば、私、二度と入りたくないんですけど…」


カローラが、涙目になって訴えてくる。


「いや、今回は大丈夫だ。地下だし、お前は隠れんでもいいだろ? あれには別の物が入っている。今回の作戦では重要な物だ。カズオ、ちゃんと言った通りに作ったんだよな?」


「へ、へい… 馬車の中にある材料で作りやしたが… こんなものをこんなに大量にどうするんでやすか?」


前回の樽とは異なり、中身がかなり詰まっているので、カズオは少し重そうにする。


「敵将をアルファーやベータと同様に仲間に引き込む為に必要なんだ… 正直それでも足りるかどうか分らん…」


俺はアルファーとベータに向き直る。


「お前らみたいなジェネラル級って一体何人ぐらいいるんだ?」


「私は早々に囚われたので、女王との情報更新が止まっておりますが、それでも私の時で50人はいたかと思います」


アルファーはさらりと答える。


「ベータはですね。ベータの時は90人程だったかと思います。キング・イチロー様はジェネラル達を捕らえてベータを増やすのですね~ お任せください!(キリッ)」


「おい、アルファー、無言でベータの頭に手を伸ばすな… っていうか、いい加減、その場しのぎの不具合の修正を止めないか? なんだか、どんどんベータがおかしくなってんぞ…」


 アルファーとはことなり、決め顔で答えるベータに、アルファーが頭に手を伸ばそうとするのを止めさせる。ってか、ベータを増やすって止めてくれ… 今後、増やすのはどうか、アルファーの様な感じで頼むわ…


「はぁ… これがアルファーさんやベータさんを増やす為に重要な元とはねぇ…」


「カズオ、実際、その現場になれば分かる」


カズオは事情がつかめない顔をしているが、その時になれば、すぐにわかるであろう。


「カズオは荷物運びとして、わらわやカローラ、ポチは何の役めじゃ?」


「ジェネラル級は俺とアルファー達で対処するが、お前たちにはドローン、虫どもの対処だな、分からせをする時に邪魔が入ったら困る」


「わからせ? わからせとは何ですか? イチロー様」


カローラが首を傾げて聞いてくる。


「… まぁ、その時になれば分かる… それより、カローラは虫を魔眼でコントロールできるようになったのか?」


 骨メイドの視線があるので、俺はわからせについて説明するのをさける。あいつら、カローラに性的な話を聞かせると無言で怒るんだよな…


「はい! 見てください! イチロー様!」


 カローラは元気よく答えると、しゃがみ込み、地面の蟻を眉を顰めて見つめる。すると、蟻が集まり始め、組体操のピラミッドを作り始める。その間、およそ三分。


「ほら! どうですか! イチロー様!」


「お、おぅ… 頑張ったな… き、期待しているぞ…」


 俺は骨メイドの視線を気にしながら答える。骨メイドのあの表情は『カローラ様を褒めてあげて』だったと思う… いや、こんなん使わずに、普通に魔法とかヴァンパイア固有の黒霧とか使った方が、お前強いだろ…


「イチロー殿! そろそろ作戦の開始時間です!」


 今度は向こうでサイリスが呼んでいる。サイリス自身は普通に騎士の恰好だが、周りにいる兵士は、背中に籠を背負ったり、スコップやつるはしなどを持っており、兵士と言うか、土木作業員に見える。


 まぁ、実際の所、アルファーとベータでコントロールを奪ったドローンを〆ていったり、横穴を塞いでいく役目だからな、剣や槍よりスコップやつるはしの方が便利だ。でも、なんで籠なんだ? あいつら〆ていった側から、お持ち帰りするつもりなのか?


「待たせたな、サイリス、俺達の準備は大丈夫だ、それでは行こうか」


「はい、分かりました。本部には最低限の人員を残して、ほぼ全軍が向かいます。全軍と言っても特殊工作の装備なので、あまり戦力になりません。イチロー殿、お願い致します」


そう言って、サイリスはまた頭を下げる。


「では、出発するか!」


俺達とここのほぼ全軍は、近場の敵の巣穴へと行進を開始した。


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