第93話 ヤクザ幼女

「イアピースのカミラル王子か…」


 俺は手紙の封を切ると、ふわっとしたいい香りが漂う。カミラル王子が俺に対してこんなしゃれた事をするはずがないので、おそらく懐にしまっていた時にプリンクリンの香りが移ったのであろう。中の便箋を取り出すと、便箋まで生暖かい。女性からの手紙なら、香りも暖かさもよいのだが、あのガッチリしたカミラルからの手紙だと思うと気色悪い。


 俺は手紙に目を走らせる。カミラル王子からの手紙は、カミラル王子らしい、硬い書体と簡潔な文章で纏められている。まぁ、貴族が良く使う回りくどい言い回しをしないだけ、非常に意味を掴みやすいのは良い。


「ん? んん?」


「どうしたのじゃ? 主様」


声をあげる俺に、シュリはナプキンで口を拭いながら聞いてくる。


「いや、カミラル王子からの手紙なんだが、俺に問質したい事と、すぐに引き渡したいものがあるそうだ… 一体、何のことだ?」


「前に村の老女たちを剥いだ事がバレたのではないか?」


 シュリの言葉に俺は全裸のババア達の事を思い出し、急いで食べたハンバーグと合わせて、胸のあたりが気持ち悪くなる。俺もあの時は性欲を持て余して限界状態だったとは言え、今から思えば気色悪い事をしたものだ。


「いや… あれは全員袋を被っていたし、場所もイアピースじゃなくてガイラウルだったから大丈夫だろ… 多分… それにあの村の事なら引き渡したいものがあるってのが分からん」


俺は被っていた袋の力を信じたい…


「なら、姫の子供が生まれたので、そのややこを引き渡したいのではないか?」


「いやいや、犬猫じゃあるまいし、そんなすぐには産まれないし、一応、王族になるから簡単に手放す事も無いだろう… まぁ、行ってみるしかないか…」


城に帰って来たばかりだが、明日にでもイアピースへ行かんとダメだろう… 忙しいな…


「という訳で、俺は明日の朝、イアピースに行こうと思うが、お前らはどうする?」


俺は皆に向かって聞いてみる。


「主様、すまんが、わらわは農業を始めるつもりだから、残るとするのじゃ。 クリス!」


シュリは俺に自分の予定を告げた後、クリスに向き直る。


「えっ!? なに?」


 急に名前を呼ばれたクリスは、ポチからシュリに視線を移す。どうやら、たらふく食った事で機嫌は治ったようだ。


「そなたは近隣の村人との交流があったな? わらわが農業を始めるに当たって農家の人の話をききたいのじゃが、取り持ってはくれぬか?」


「あぁ、それぐらいなら…」


クリスはコクコクと頷く。その返事を見て、シュリは俺に向き直る。


「というわけで、クリスも借りるぞ、主様よ」


「あぁ、構わない」


クリスをイアピースに連れて行っても、嫌な事を思い出すだけだからな…


「で、次は… カローラは…」


 俺はカローラに向き直る。カローラは真っ白になってFXで有り金全部溶かしたような人の顔をしていたが、なにかブツブツと呟いている。


「…元に……して…」


「ん?」


俺は耳を立てる。


「…元に戻して…」


カローラの肩が小刻みに震えだす。


「元に戻してぇぇぇ!!!」


カローラは立ち上がって、プリンクリンに向かって叫び出す。


「わ、分かったわよ… ちゃんと直せばいいんでしょ?」


激高するカローラにプリンクリンはたじろぎながら応える。


「ちゃんと誠意を見せなさいよぉ!! 誠意を!」


カローラはバンバンとテーブルを叩く。


「分かってるわよ… ちゃんと頑張るから…」


プリンクリンはしゅんとする。


「いい? 分かってる? 普通にやるのは誠意じゃないのよ… 無理してやるから誠意なのよ…」


 カローラは赤い瞳を光らせてクククと笑いながらプリンクリンに告げる。って、誠意を見せろとか、無理してやるから誠意って、お前どこのヤクザだよ…


「という事は… カローラとプリンクリンは城の改修だな… で、カズオ、お前は二人やシュリを手伝ってやってくれ…」


俺はカズオに向けて言う。


「旦那、いいんでやすかい? あっしが御者しなくても?」


「あぁ、今回は俺が馬に乗って、ちゃちゃっと行ってくるわ」


俺は話が終わったと思って、立ち上がろうとするが、大事な事を思い出す。


「あ、プリンクリン」


「な、なぁに? ダーリン…」


カローラから責め立てられているプリンクリンは顔だけを俺に向ける。


「ちゃんと風呂場も直しておけよ… あそこは俺の神聖な領域だ…」


「えぇ~ 私がダーリンにマッサージとかお肌のケアとかしてあげようと思って、色々準備しておいたのに…」


あの風呂場でプリンクリンが… って、まんま、泡の国状態じゃないか…


どうする!? 俺! やっぱ、あのままにしておくか?


しかし、先ほどのカズオとの遭遇を思い出す。うん、カズオがまた変な事を覚えたら大変だ… ここは血の涙を呑んで諦めよう…


「い、いや… ちゃんと… 元に戻すんだ…」


「なんで、主様はそんなに悔しそうな顔をしておるのじゃ…」


苦渋の決断をしたことが顔に出ていたのか…


「…男には辛い決断をしなくてはならない時があるんだ…」


俺はそう言い残して食堂を後にする。




 そして、次の日の朝、俺が馬の準備をするために厩舎に行くと、既にシュリとカローラが近隣の村に行くための準備をしていた。


「おぉ、早いな、シュリとクリス」


シュリは、麦藁帽と軍手の様な手袋と、長靴を履いており、クリスの方は田舎娘の様なオーバーオールを着ていた。嘘みたいだろ… こいつら、破壊の女神と言われたドラゴンと、王国の護衛騎士だったんだぜ… と思いながら見ていた。


「おはよう~ 主様、農家の朝は早いのでのう、早めに準備しておいたのじゃ」


「おはよう、イチロー殿。私も久しぶりに身体を動かすのでな、早く目覚めたのだ」


まぁ、クリスは戸棚に引き籠る事が多いからな、たまには身体を動かすのもいいだろう。


「で、農機具を買う金はあるのか?」


「前にもらったお小遣いが残っておるが」


俺は懐から財布代わりの小袋を取り出し、金貨五枚ほど、シュリに渡す。


「もってけ、足りなかったら二度手間になるしな、あと協力してもらった農家の人にもお礼をしておくんだぞ」


「ありがとうなのじゃ! 主様!」


シュリがぱぁ~っと顔を輝かせて喜ぶ。


「あと、開墾するところは、ちゃんとカローラと相談しろよ… でないと…」


 俺は後ろの方を見る。そこにはひぃひぃ言いながら城の外壁の色を魔法で戻すプリンクリンの姿があった。ちゃんとカローラの監視付きだ。


「ああなるからな…」


「わ、分かった… カローラは結構、怖い所があるのぅ…」


シュリとクリスも眉を顰めて二人を見る。


「ちゃんとやるから急かさないでよ!」


「口を動かす暇があったら、手を動かしなさい!!」


おぉ、怖! 鬼だな… 吸血鬼だけに…


「じゃあ、俺も行ってくるから、後は頼んだぞ」


俺はそう言うと、スケルトンホースで駆け出して行った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



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