第92話 愛が重い

 俺は風呂場から立ち去った後、一度自室に戻ったが、特にすることもないので、食堂に向かったのだが、やはり食堂もプリンクリン仕様になっていた。


 俺がいつもの指定席に座ると、俺の右手の席に、カローラが真っ白になってFXで有り金全部溶かしたような人の顔をして座っていた。ポカンと開けた口からは魂が抜け出してそうだ。


 まぁ、城の外も中も、ラブホテルというか泡の国みたいな感じに変えられ、骨メイド達も寝取られた様な状態だからな… そんな顔をしたくなるのも分かる。


「なんじゃ! ここもか…」


シュリが食堂の内装を見て声をあげながら入ってくる。


「おう、シュリか、お前も食堂に来るのが早いな」


シュリは俺の左側の席に腰をおろす。


「いや、風呂に入ろうとしたのじゃがな… カズオが先に入っておって、なんだかぬめぬめしたものを身体に塗りたくりながらおったので、諦めてこちらに来たのじゃ」


 ぬめぬめって… ローションまでちゃんとあるのかよ… しかも、なんでカズオがそんなものを身体に塗りたくっているんだ… くっそ! またサブいぼが出て来た…


「みなさん、お待たせいたしやした…」


その話題のカズオが食堂にやってくる。何故かやけに肌がつやつやしている。


「なんじゃ、カズオ、やけにつやつやしておるのうぅ~」


「へい、なんか風呂場のへんな石鹸水使ったら、全然泡が立たなくて、その代わり、なんか肌がこんな感じに…」


「へぇ~ そうなのか… 変な石鹸水じゃのぅ~」


 二人はその様な会話をしているが、カズオはただ単にローションを塗りたくっただけだ… くっそ! この話はみんなには出来ない…


「あっ!?」


 そんな事を考えていると、カズオが急に声を漏らす。俺はなんだと思い、カズオの視線をおってみる。


「あっ!?」


 俺も同じように声を漏らした。なぜなら、とぼとぼと歩いてくるクリスの姿が見えたからである。俺もカズオも多分、シュリもすっかりクリスの事を忘れていた。そして、忘れたまま、カズオが馬車を車庫に回したのだ。


 みな、気まずくて、クリスから目を逸らす。クリスは無言のままトボトボと歩いて、カローラの横に腰を降ろす。座っても何も喋らない。気まずい空気が辺りに満ちる。誰か、この空気を何とかしてくれないものか…


「みんなぁ~ お待たせ~ 夕食よぉ~」


 プリンクリンがカートを押した骨メイドを引き連れて厨房からやってくる。プリンクリンには言いたいことが山ほどあるが、この場は非常に助かる。とりあえずは、気まずい空気を変えて、腹を満たしてから話をしよう。


「私が腕に寄りをかけて作った料理よ☆ たーんと召し上がって☆」


 骨メイドがカズオやシュリに料理を配膳していく。匂いからして肉料理の様だが、ここからではなんだか良く分からない。俺の分はプリンクリン自ら持ってきて給仕するようだ。


「はい☆ ダーリン☆ 私の愛情たっぷりのハンバーグよ☆」


 俺の目の前に皿が置かれる。確かにハンバーグの匂いはする。しかし、この形と色は… キャラ弁ではなくキャラ夕食? しかも、プリンクリンの顔の形だ。そして、当のご本人は俺の横で、俺がどう食べるかを見ている…


 何これ… めっちゃ食べづらい… 本人を横にして、本人の形をしたハンバーグにナイフを入れろというのか?


 俺は他のメンバーの食事を見る。皆、ハンバーグなのは同じの様だが、キャラの内容はそれぞれの本人のものの様だ。カズオは自分のキャラハンバーグに戸惑っているようだが、シュリは何のためらいも無く、自分の顔をしたハンバーグを真っ二つに切って食べ始める。それはそれで潔いと思うのだが、もうちょっと鑑賞してやれよとも思う。


俺はナイフとフォークをとり、恐る恐る、ハンバーグにナイフを向ける。


「あっ」


後ろで俺の食べる様子を見ているプリンクリンが声をあげる。


「な、なんだ?」


「んん、なんでもないわ、ダーリン…」


 俺は肩越しにプリンクリンに尋ねるがなんでもないと答える。なんでもないなら、声をあげんでくれ…


俺は再び、ハンバーグにナイフを向ける。


「んっ」


また、プリンクリンの声が漏れてくる。めっちゃ食いづらいし、この状態は愛が重すぎる…


「なぁ、プリンクリン…」


「なぁに? ダーリン☆」


プリンクリンはニコニコした顔で俺を覗き込んでくる。


「すまんが、ちょっと、ホットソースを持ってきてくれんか」


「分かったわ! ダーリンの為に持ってくる!」


プリンクリンは満面の笑みで答えると厨房に向かっていく。


今のうちだ! プリンクリンの監視がないうちにさっさとハンバーグを食ってしまおう!


俺はハンバーグにナイフを入れる。すると、赤いものが流れてくる。


「なんだよ… トマトソースか… ちょっと、人の顔の形で、中にトマトソースって…」


 今はそんな事よりも、プリンクリンのいない間に食わないと… 俺は飢えた運動部員の様な勢いで、急いでハンバーグを食い始める。出来立てのあつあつで口の中が火傷しそうだが、ハンバーグ自体は結構美味い。顔の中身のトマトソースもただのトマトソースでは無く、ちょっと甘酸っぱく、スパイシーな味付けのソースなので結構いける。


 しかし、俺にゆっくり味わっている時間はない。もうプリンクリンが厨房からホットソースを持って出てくる姿が見える。急がないとダメだ。くっそ! 口の中が火傷する! なんか上あごの薄皮がめくれてきた。


「ダーリン! お待たせ! って、もう全部食べちゃったの?」


「あぁ、あまりにも美味しくて、ホットソースを頼んでいたことを忘れていたぞ」


 俺はそう言いながら水に手を伸ばし、一気に飲み干す。実はのどに詰まるわ、口とのどが熱いわで結構苦しい。


「嬉しいわぁ~ お代わり焼いてきましょうか?」


マジ、勘弁してください…


「いや、大丈夫だ。お腹はいっぱいだ。それより、食後の飲み物を持ってきてくれるか?」


「分かったわ! 愛情たっぷりのラテ入れてくるわね☆」


俺が完食した事に喜んで、プリンクリンはスキップしそうな足取りで再び厨房に向かう。


 俺はその背中を見送ると、椅子の背ものたれに身を預けてぐったりする。そして、呆然と皆の様子を見る。シュリはハンバーグのソースと汁をパンで拭って口に入れモグモグしながら、俺をニヤニヤしながら見ていた。


「…なんだよ… シュリ」


「いや、愛に応えるのも大変じゃなと思って…」


くっそ… 他人事だと思いやがって… 俺はシュリから目を移しカローラを見る。


 カローラはまだ、真っ白なままのFXで有り金全部溶かしたような人の顔をしていたので、骨メイドが介護し始める。骨メイドは食事をカローラに食べさせる為、ハンバーグを切り分けようとするが、ハンバーグの形がカローラの顔なので、動きが固まる。そして、暫くしてから、ハンバーグを裏返して、顔が見えないようにしてから切り分けて、カローラに食べさせていく。なんだか、介護老人の様だな…


 俺はそのとなりのクリスに目を移す。クリスはいつの間にか食べ終わっている様で、よそ見をしている。一体、どこを見ているのだ?と思ったら、骨付きあばら肉を食べているポチを見ていた… まぁ、クリスはクリスだな… っていうか、ポチの餌を欲しがるのはホントにやめてやれよ…


「ダーリン! お待たせ~ 愛情たっぷりのラブラブラテよ☆」


「おぉ、ありがとうな…」


俺はプリンクリンが持ってきたラテを受け取り、一口啜る。うん、凄い甘ったるい… 


俺はティーカップを置き、プリンクリンに真剣な顔をして向き直る。


「さて… プリンクリン、ちょっと話がある…」


「なぁに? ダーリン?」


 プリンクリンは分かっている告白を受けるような顔をして、俺の顔を覗き込んでくる。俺はそのプリンクリンの様子にコホンと一回咳ばらいをしてから話し出す。


「プリンクリン、お前は、ちょっと、城と骨メイドをいじり過ぎだ… 見ろ、カローラの姿を… あいつ、幼女なのに介護老人の様になっているじゃないか…」


 俺はカローラを指さす。俺の指先には骨メイドに介護されながら、食事をとるカローラの姿があった。しかし、幼女の介護老人って、自分で言ったが、パワーワードだな…


「お前はここで匿われいる立場だし、この城の主はカローラだ。だから、今後、何かやりたいときはカローラに相談してからやれ、いいな?」


俺に言われたプリンクリンはしゅんとしてしおらしくなる。


「ごめんなさい… ダーリン…」


「俺じゃなくて、カローラに謝ってやれ…」


俺はカローラに視線を促す。プリンクリンはそれを見て、カローラに向き直る。


「カローラ… ごめんなさい…」


 プリンクリンは素直にカローラに頭を下げる。プリンクリンの謝罪に、カローラは一瞬、ピクリと反応する。プリンクリンが素直に頭を下げるという事は、乗っ取ろうとかの悪意でなく、本当にカローラに似合うと思ってやったみたいだな…


「ところで、俺宛に手紙があるって言っていたよな?」


プリンクリンの謝罪が終わったと思うので、俺は話題を切り替える。


「そうそう、手紙!」


プリンクリンはそう言って胸元に手を突っ込み、手紙を取り出す。どこに入れていたんだよ…


「はい☆ ダーリンの為に温めておいたわよ☆」


手紙で秀吉みたいな事をせんでいいわと思いつつ、手紙を受け取り、差出人を見る。


「うん? なんだ?」


手紙の差出人はイアピースのカミラルからであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



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