第72話 赤ちゃんプレイ

「今戻ったぞ~」


俺は馬車の中に入る。


「あれ? 旦那、もうお戻りで?」


「おぅ…まぁ、色々あってな… それより、カズオ、お前はミルク飲みに行かないのか?」


奥様方の嫌な事を思い出しかけたが、復讐はすませたのでもういい。


「へい、あっしもすぐに行きたかったんですやすが、ちょっと用事がございやして…」


「用事ってなんだよ?」


「へい、そのクリスさんを戸棚から救出していたんでやす…」


「クリスが?」


 俺が尋ねるとカズオはソファーに視線を移す。そこには寝ているのか気を失っているのかは分からないが、クリスが横たわっていた。


「クリスの奴、どうしたんだよ?」


「へい、あの朝食を食った後で、戸棚に引き籠っていたもんで、自分の息の臭さで失神したみたいでやす」


「自分の臭さで失神って…カメムシかよ」


「カメムシって、あの臭いカメムシの事でやすか?」


あーおそらく、カズオはカメムシの特徴を知らんのであろう。


「カメムシって奴は、自分の出した臭いに対して抵抗できないらしいんだ。だから、密閉した所で臭いを出すと自分も失神するらしい」


「あぁ、なるほど、それは言い得て妙でやすね」


 しかし、まぁクリスはとことん不幸体質な奴だなぁ~ ホント気の毒すぎて、俺のマイSONが反応しないぐらい気の毒だ…


「とりあえず、カズオも酒場に行ってミルク飲んで来い。それとクリスの分もミルク買ってきてやってくれ」


「へ、へい、分かりやした。あと、食料品店も回ってきやすので、後で馬車回してもらえますか?」


「おう、分かった、行ってこい。早く臭いをどうにかせんと、ポチとミケが困ってる」


カズオは頭を下げると酒場にミルクを飲みに出かけた。


 しかし、ここは人間側の最後の村で、これから先はミケの故郷であるフェインに入るのだが、なんだか様子がおかしい。というのも、国境近くの村などは交易で賑わっているはずなのだが、なんだか寂れている。その辺りも含めて情報収集が重要であるのだが…


「くっそ! へんな誤解が広まったせいで情報収集が出来ん… ホント、シュリで情報収集が出来るのか?」


 シュリは俺たちの仲間の間では面倒見の良いところもあるが、それは仲間内に限ってのことだ。普通の一般人の人間相手ではどうか分からん。


「ただいまなのじゃ…」


俺がイライラしながら考えていると、その問題のシュリが帰ってくる。


「おぅ、シュリ帰ってきたか。情報収集の方は…って、なんだよ、お前、その荷物は…」


シュリがしょぼくれた顔をしながら、両手いっぱいの荷物を抱えて馬車の中へ入ってくる。


「村の奥様方に頂いたんじゃよ…」


そう言ってテーブルの所まで来て、テーブルの上に荷物をバサッと下ろす。


「なんだ? これ… 哺乳瓶に涎掛け、赤ちゃん頭巾… ベビー用品ばかりじゃねぇか!」


シュリは俺の隣にちょこんと座り、はぁ~とため息をついて項垂れる。


「わらわが情報収集をしようとしたのじゃが、皆、わらわの話も聞かず、なんだか憐憫の眼差しで『強く生きなさい』とか『お腹の子供には罪はないわ』とか言って、次々とベビー用品を渡してくるのじゃ… プリンクリンの時もそうじゃったが、なんでわらわはこう、憐れまれるのであろうか…」


シュリはそう言って再びため息をつく。


「えっ? シュリ、お前、プリンクリンの時もなんかあったのか?」


「潜入のつもりで中に入ったのじゃが、見つかって時間を間違えて仕事の面接に来たとおもわれたのじゃ… 仕事の件は落とされたのじゃが、面接官の男が、お金をくれたり、門番の男が食べ物をくれたりと… なぜか、不幸な身の上の子と思われて同情されたのじゃ… 破壊の女神と言われたドラゴンのわらわが、門番に夜食まで恵んでもらってのぅ… なんというか情けないというか…」


 あぁ~ こいつ、プリンクリンの時にそんな事があったのか… まぁ、誇り高きドラゴンが同情されたり憐れまれたりしたら、そりゃ傷つくわな…


「まぁ…シュリ… とりあえず、頑張れ」


「主様もわらわを憐れむでない!」


シュリはぷりぷりになって怒る。


「まぁまぁ、怒るなよシュリ、こういう時は自分より下の存在を見ろ。例えば、それとか」


俺はそう言って、向かいのソファーで寝そべっているクリスを指さす。


「いや、その…まぁ…そのおなごよりかはマシであるが…クリスと比べられてものぅ…」


「ただいま、帰りやした~」


そこへカズオが帰ってくる。


「おう、カズオ帰ってきたか。ミルクは買って来たか?」


「へい、とりあえずクリスさんに飲ませる分だけ、瓶で買ってきやした」


カズオはそう言って安手の瓶をみせる。


「じゃあ、早速クリスに飲ませるぞ」


「随分と急ぎやすね~」


カズオが瓶からコップにミルクを移し替えて俺に手渡す。


「さっさと臭いをどうにかしないと、ポチが近づいて来れんからな… 俺もストレス発散の為にもポチをワシワシ、モフモフしたい」


「あぁ、ポチは臭いの件からあっしらに近づけませんからね… 時々、寂しそうに遠吠えしてやすね」


俺はクリスの頭側に回り、少し頭を持ち上げて、その口にミルクを流し込む。


「ゴフッ! ゲホッ! ガホッ!」


クリスはいきなり咽かえって、流し込んだミルクを吹き飛ばす。


「汚ねぇなぁ!! ってまぁ、寝ているところにミルク流し込まれたらこうなるか…」


「起きるまで待ちやすか?」


 カズオがタオルを持ってきて、クリスの口の周りを拭う。その時、俺はテーブルの上のあるものに目が止まる。


「シュリ、ちょっとその哺乳瓶をよこせ」


「ほい、主様」


「カズオ、この哺乳瓶にミルク入れといてくれ」


シュリから受け取った哺乳瓶をそのままカズオに渡す。


「へ、へい…分かりやした」


カズオは受け取った哺乳瓶にミルクを注ぎ始める。


「また、吹き出すと服が汚れるから、その涎掛けも渡してくれ」


「あぁ… これじゃのう…」


「こいつ、髪も長いから邪魔だな…その頭巾も貸してくれ」


「おぅ…これじゃ…」


俺はシュリから受け取った涎掛けと赤ちゃん頭巾をクリスに着せていく。


「これで大丈夫だな。カズオ、哺乳瓶をくれ」


「へ、へい、旦那…」


 俺は受け取った哺乳瓶をクリスの口に差し込む。暫くは無反応だったクリスだが、暫くすると自らチューチューを吸い始める。


「これで大丈夫そうだな」


「しかし、わらわもベビー用品を貰って戸惑っておったが、こんなに早く使う機会がくるとはのう…」


シュリは複雑な顔をする。


「しかし、幸せそうな顔をして飲んでおるのぅ~」


シュリは幸せそうに哺乳瓶を吸っているクリスの顔を覗き込んで言う。


「まぁ、起きている時は不幸の連続でやすから…」


「その不幸は大体、主様のせいじゃがな」


「あ?」


「いや、何でもない…」


シュリは押し黙る。


「で、クリスの事はこれで済んだが、情報収集の件はどうすんだよ」


「あ~ わらわではまた、ベビー用品を渡されそうじゃな…」


シュリがふっと目をそらす。


「ただいま~」


そこへカローラが帰ってくる。


「情報仕入れてきたよ~」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



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