第71話 定番の酒場
カッコッカッコッと馬車は軽快な音を立て、順調に街道を進んでいる。俺たちは押し黙りながら、次の村への到着を待ちわびていた。
「旦那ぁ~ 次の村が見えてきやしたぜ」
御者台からカズオの声が響く。皆、互いの目を見て、うんと頷く。そして、暫くした後、馬車が停止する。恐らく、村の広場にでも到着したのであろう。
俺とシュリとカローラの三人は沈黙を守ったまま、馬車を下りて、村の辺りを見渡す。そこに一軒の酒場の看板を見つける。俺たちは互いに目配せして頷くと、ゆっくりとその酒場に向かって歩き始める。
酒場の扉は、西部劇で出てくるような入口の真ん中にあるウエスタンドアの様な形をしていた。俺はその扉を押して店の中に進んでいく。
これまた、店の中も西部劇で出てくるような感じで、奥にカウンター、店内にはいくつかのテーブルがあって、小汚い荒くれどもが昼間から酒を呑んだり、ギャンブルに興じたりしている。
「おぉ? 子連れのガキかよ…」
「へへっ ここはお前の様なガキが来るような場所じゃねぇよ! 家に帰ってママのおっぱいでも吸ってなっ!」
俺たちは罵声を浴びせてくる荒くれどもを無視してカウンター前へと進む。
「お、お客様…ご、ご注文は…」
カウンター内の店主が、もめ事が起きるのではないかと、おどおどしながら聞いてくる。
「…ミルクを…」
俺は小さく答えたが、俺たちに注目して静まり返った店内に響き渡る。
「ぷっははははっ!!」
「こいつ、マジでミルクを注文してやがるぜ!」
俺の注文に荒くれどもが大声を上げて笑い始める。俺はちらりと荒くれどもを見るが、再びカウンターに向き直って注文を告げる。
「冷えたミルクを… この二人の分も合わせて三杯頼む…」
俺が注文を続けていると荒くれものの一人が俺たちの処へやってきて、ドン!とカウンターを叩く。
「おい! 何、無視してやがんだ! にぃーちゃんよぉ!!!」
チンピラっぽい輩が俺にガンを飛ばしながら近づき、胸倉を掴んでくる。
「へへっ、こっちの嬢ちゃんたちも、俺たちが遊んでやろうか?あっ?」
そして、他の荒くれどもはシュリにちょっかいをかけ始めた。
「俺たちに構うな…」
俺は小声で言う。
「あぁ~ん? 何言ってんだ聞こえねぇなぁ?」
チンピラはニヤニヤしながら顔を近づけてくる。
「だから! 俺たちに構うなっていってんだろぉ!!!」
俺は大声で叫ぶ。
「クソガキァァ!! いきなり大声上げやがって!!! なめて…っつ くさっ!! ちょ! なにこれ! めっちゃ口臭いぃぃぃ!!!!」
チンピラは俺の口の臭さに悲鳴を上げる。
「くさっ!!! うぼぉぉぉ!!! この嬢ちゃんもめっちゃ口臭いぞ!!! ちょっと待て!! これ尋常な臭さじゃねぇ!!! 一体、お前らなんなんだよぉぉぉ!!! 何喰ったら、そんな臭い息になるんだぁ!!!」
シュリにちょっかいをかけていた荒くれものも、シュリに口臭ブレスをもろに受けて悶絶している。
「俺たちはなぁ!!! 調子乗って、シュールストルレミングとドリアン食い過ぎたせいで、口が臭くてたまんねぇだよ!!! それで、こっちが気を使って、小声で話したり、構うなって言ってんのに絡んできやがって!!!」
俺はチンピラの胸倉を掴み返して、鼻先で叫ぶ。
「くさっ! マジくさい!! ちょ! ちょっと!はなして! 放してください! マジ口臭いんで… ちょっと、うぼぉぉぉ!! 吐く! 吐きそう!!! くさっ! くさぃぃ!!」
俺に胸倉を掴まれて鼻先で叫ばれたチンピラは、涙目になって懇願する。
「ほれ!ほれぇい!! わらわと遊びたいのであろう!!! わらわのブレスを食らうがいいわぁ!!!」
シュリもノリノリで荒くれどもに息を吹きかけていく。
「おぃぃぃ!! ちょっと、美少女が吐いていい口の臭さじゃねぇぞ!!! やめろぉぉ!!! くさっ! くさすぎるぅぅぅ!!!」
テーブルにいた荒くれどもはマジで蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
「おら!おらぁ!!! 俺に構ってほしいんだろぉ!!! どうだぁ!! どうだぁ!!!」
「くさっ!! くさいっていってるでしょ!! ごめんなさい!! マジごめんなさいぃぃぃ!! もう、絡みません! 絡みませんからぁ!!! マジで口臭いんで! もうゆるしてくださぃぃぃ!!!」
俺はふんっと鼻を鳴らして、泣きじゃくるチンピラを投げ捨てると、チンピラは無様に這いつくばりながら、慌てて店から逃げ去った。
そして、俺はカウンターに向き直り、再び店主に告げる。
「という訳で、ミルクだ。早くミルクを持ってこい!」
「いやぁ~ これでようやくまともに話せるなぁ~」
俺はミルクでたっぷんたっぷんになった腹をさすりながら、爽やかに声をあげる。
「馬車の中、めちゃくちゃ臭くなったもんねぇ~」
先程まで、無口であったカローラが爽やかに喋り始める。
「みんな、口が臭いもんで、馬車の中では出来るだけ口を開けんようにしておったからなぁ~ ミルクを飲めば治るとカズオに言われて我慢しておったがつらかったわ…」
シュリがぱんぱんとお腹をたたく。
シュリの言葉通り、シュールストルレミングとドリアンを食い過ぎた俺たちは、吐く息が滅茶苦茶臭くなった。そのせいでポチとミケは再び逃げ出し、今も遠く離れた場所からついてきている。多分、村の外に見える、ぽつんとした点がポチだろう…
「しかし、臭さを治すためとは言え、お前らもいっぱい飲んだなぁ~」
「私はもともと毎日牛乳飲んでいましたから、我慢していた分いっぱい飲みました。ほら」
カローラがもともと幼児体系のイカ腹をさらに大きくさせていて、その腹をプルンプルンさせる。
「わらわも負けておらんぞ! ほら見てみぃ!」
シュリはそう言って、スカートの裾を掴んで、妊婦のように膨らんだ生の腹を見せる。
「こら! シュリ! 外で腹を出すな! 腹を! って、ん? シュリ、ちょっと腹見せろ」
俺はしゃがみこんでシュリのぱんぱんになった腹を見る。
「なんじゃ? 主様よ わらわの腹がどうしたのじゃ?」
「いや、やっぱり、お前って、ヘソないんだな…」
見ても触ってもヘソの窪みが無い、つるつるの腹だ。
「当然じゃ、わらわは元々、爬虫類のドラゴンじゃぞ? 哺乳類のヘソなぞないわ」
「そうだよなぁ~ 爬虫類だもんなぁ~」
俺はへそが無いだけでこんなに違和感を感じるものかと、まじまじと見る。
「ママァ~ あの人、女の子の大きなお腹見てる~」
「しっ! マイちゃん! 目を合わせたらダメよ! 貴方も孕ませられるわよ! ささっ! 行くわよ!」
俺たちの様子を見た母娘が変質者でも見るような目をしながら逃げて行く。
「あっ! くっそ! 俺がお前を孕ませたように思われちまった…」
俺はシュリのスカートの裾を降ろさせてから立ち上がる。
「なんじゃ、主様、今更、そんな事を言ってもすでに三人のややこがおるじゃろうに」
シュリがそう声をあげると、更に周囲の奥様方のひそひそ話が聞こえてくる。
「聞きました? 奥様。 あんな年端もいかない子に三人も産ませたそうよ~」
「あの歳で三人だなんて… 一体何歳から孕ませたのかしら…」
「ほら! あの黒い子もお腹が大きいわ! あんな小さな子まで…」
そう言って、奥様方が俺を汚物でも見るような目で見てくる。
うわぁ~ なんか俺、いたたまれないわぁ~ これから情報収集しなければならんと言うのにどうすればいいんだよ…
「あの~ ちょっとお話を尋ねたいのですが…」
「ひぃ! こっち来ないで!」
奥様が小さな悲鳴を上げて逃げて行く。俺は別の奥様にも話しかける。
「ちょっとお話が…」
「は、孕ませ魔よ!!」
奥様が声を上げながら逃げると、他の奥様方が一斉に家の中に逃げ込み扉を閉める。
「見事に避けられておるな…」
「避けられておるなじゃねぇだろ! どうすんだよ! 情報集められねぇじゃねか!」
他人事の様に言うシュリに俺は怒鳴り散らす。
「わ、わらわが集めてくればよいのじゃろ…」
シュリが口をとがらせて言う。
「おう、行ってこい。もう俺では無理だ」
「イチロー様! イチロー様!」
カローラが俺の袖を引っ張る。
「なんだ?」
「私、カード探しに行きたい!」
カローラが瞳をキラキラさせて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「あぁ、この前の出物みたいなのもあるからなぁ~ でも、お前、腹ぱんぱんだから転ぶなよ」
俺がそう言うと近くの家からまたひそひそ話が聞こえる。
「あんな孕ませ魔でも、お腹の子は心配するのね…」
「くっそ、腹立つなぁ~ ミルク飲む前だったら口臭で嫌がらせ出来たのに… もしかしたら、まだいけるか?」
俺は大きく息を吸い込んで、ひそひそ話をしていた家の窓の隙間から息を吹き込む。
「主様もやめんか! 恥ずかしい!!」
シュリが声を上げる。
「くさっ!! ちょっと! なにこれ! くさいわ! ちょっとなんなのよ! くさ! うぼぉぉぉ!」
「ふっ… 勝ったな…」
俺の息を吹き込んだ家の中から、悲鳴と嗚咽の声が聞こえてきた。気分をよくした俺は馬車へと戻った。
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