第70話 臭さをもって臭さを制する事は出来ない

「えっ!? ポチ、どうしたんだ? って、 くっさ!! えぇ~!! マジ臭い!!! なんだよこれ!! うぼぉぉ… うぉ吐きそう!!」


 俺も馬車から飛び出す。馬車からかなり離れてから、草むらに倒れこみ、食道から混みあがってくる胃液と先程食べた肉をなんとか胃に押しとどめようとする。


 なんとか胃液を押しとどめて落ち着いたところで馬車に振り返る。するとシュリが泣きながらこちらに駆けてくる。


「くさいぃぃ!! くさすぎるのじゃぁ!!」


そして、ぱたりと俺の横にへたりこむ。


次にカローラも逃げてくるのだが、途中で何度も転んでようやく俺の所まで辿り着く。


「ひぃーん! イチローさまぁ!! くさいー!!」


「臭い!臭い!って、あの臭いのはお前ら二人が持ち出したものだろうがぁ!!! どうすんだよ!! 臭すぎて馬車の中に戻れねぇぞ!!!」


すると、最後のカズオが馬車から出てきてのっそのっそと歩いてこちらにやってくる。


「カズオ、おまっ大丈夫なのか?」


結構、平然な顔をしているカズオに尋ねる。


「へい、実の方はドリアンでやすね、たまに食うんで大丈夫でやす」


「じゃあ、壺の方は?」


「ありゃ~ ニシンの塩漬けじゃなくて、ニシンの海水漬けでやすね」


「ニシンの海水漬け?」


シュリとカローラの二人にくっ付かれながら尋ねる。


「へい、塩が貴重な地域では海水を使ってニシンを保存するんでやすが、やはり臭いが出ちまうらしいんでやす…」


「あぁ…なるほど…分かった… 俺の世界で言う処のシュールストレミングって奴か… って、お前ら二人! 俺の服の袖で鼻を拭うな!! 自分の服でやれ!」


「えっく…えっく…だって…」


あまりの臭さに泣きが入っている… ほんと子供かよ…


「で、あれどうする? このままじゃもう馬車は使えねぇぞ?」


「いや、実の方はなんとか我慢して食えばいいでやすが、ニシンの方は酒をかけておきやした。後は、骨メイドのホノカさんとノゾミさんが、処理や、臭いを外に出しながら掃除をして下さっているんで、そのうちなんとかなりやす…」


あぁ、骨メイドに臭いは感じないのか…


ちーん!


「うぉ! ちょ! 鼻をかむな!!」


「だって…だって…」


 カローラは涙ぐみなら鼻水をたらす。くっそ! カローラの面倒見ている骨メイドは今は馬車の中だからな…


「くっそ… 後で洗濯だ… で、ポチは速攻逃げて行ったし、シュリもカローラもカズオもいる。ミケは?」


「後ろにいますよ」


「うぉ! いつのまに!?」


振り返ってみると確かにミケがいた。


「じゃあ、これで全員逃げ出したのか…」


「なにこれ!!! くさっ!!!!」


馬車の方から悲鳴が聞こえる。


「あっ、クリスの事、忘れ取ったわ」


「くさ!!くさ!!! くさいぃぃぃ!!!」


 暫くクリスの悲鳴が続いた後、静かになる。そして、馬車の扉から、クリスが骨メイド二人にぺっと放り出される。どうやらあまりの臭さに失神したようだな…


「カズオ…悪いがクリスを拾いに行ってやってくれ…」


「へ、へい… しかし、あまりにも不憫な方でやすね…」


 カズオはそう言って、のっそのっそと歩いていき、クリスをひょいと拾って戻ってくる。そして、その辺にぽいっと置く。


「じゃあ、今晩は外で野宿するしかねぇな…」


「そうでやすね… 骨メイドのお二人に馬車の中はお任せして消臭してもらわないと…」


 俺ははぁ~とため息をつきながら、草の上にゴロンと横たわる。こうして、草をベッドに夜空を見上げて寝るのは久しぶりだ。


シュリとカローラも俺の横たわった勢いにつられて横になる。


「あ、主様…すまんかった…わらわのせいで…」


「もう、気にすんな… 骨メイドの消臭がすんだら元通りだ…たぶん?」


 あの果物がドリアンとは知らなかっただろうし、シュールストレミングはなぁ…なんで、村の店屋ももあんなもんをおまけにつけたんだよ… もしかして、自分も処理に困ったのか?


「旦那、あっしはちょっと毛布でも取ってきやすね」


ゴロゴロと横になっている俺たちを見てカズオが名乗りでる。


「あぁ、頼む。カローラが寝かかっているから」


俺の横ではもうカローラがうつらうつらを船を漕ぎ始めている。


「おい、カローラ、寝るのはいいけど、朝はちゃんと起きろよ。でないよ朝日に焼かれるぞ」


「ん…分かった…」


カローラは分かっているのか、分かっていないのか生返事で答える。


「旦那、持って来やした」


 そう言ってカズオが毛布を俺に手渡す。俺は手渡された毛布を嗅いで臭いを確かめる。大丈夫そうだな… 俺はその毛布をカローラに顔が隠れるまでかけてやる。


「えっ? 顔までかけるんでやすか? それじゃ死体みたいでやすぜ」


「ん? 元々、カローラはヴァンパイアだし、死体だろ?」


カローラは顔に毛布を掛けられたまま、寝息を立てている。


「いや…そうは言っても…」


「それに朝起きたら、横でカローラの顔だけ焼けていたら嫌だろ」


「た、確かにそうでやすね…」


カズオは納得したのか説得を諦めたのか、シュリに毛布を渡して、自分も横になる。


「ふわぁぁぁ~ 俺も眠くなってきたらから寝るか…」


さて、ここで皆さんに説明しよう。猫の謎の行動について…

猫の行動その1。わざわざ飼い主の体の上を通って移動する。


「うぐっ!」


俺の上を四つん這いのミケが踏んでいく。


「ちょ! なんで俺の上を踏んでいくんだよ!」


「おしっこ…」


腹立つことに、ちゃんと、シュリやカローラは避けて通ってやがる…


猫の行動その2。飼い主におしりを向けて座ってくる。


「うぐっ!」


なぜかミケが俺の上にケツを向けて乗っている。


「おい…ミケ…なんで俺の上に乗ってんだよ…しかもケツ向けて…」


「今日はポチさんがいないから…」


俺はミケの言葉にポチの事を思い出す。


「そう言えば、ポチはどこまで逃げたんだろ… なにしろ犬の嗅覚は人の一億倍はあると言われているからなぁ~ 一億倍臭かったのか… そりゃ逃げるわな… っていつまで乗ってんだよ!」


「ん~ 朝まで」


 ミケはケツを向けたままなので、まるで俺はケツと話をしているようだ。くっそ…貞操帯さえ無ければ、色々出来るチャンスなのに…


 そういえば、昔、家で飼っていた猫も俺だけ踏んで移動して、俺に上にケツ向けて座ってたな… なんでだろ?… まぁいいや、眠くなってきた…




「旦那ぁ~ そろそろ、朝でやすぜ」


 カズオが声をかけてくる。ん~ ちょっと寒いな… でも、身体は軽い…どうやら、ミケはもう乗っていないようだ。


 俺は目を覚まし、むくりと身体を起こす。カズオが火をおこして料理をしているようだ。シュリもその手伝いをしている。


「馬車の方はどうなったか知っているか?」


「えぇ、二人とも頑張って下さったので、大体の臭いは消えやしたね」


 俺は胸を撫でおろす。あの臭さのままだったら、本気で馬車をどうにかしないといけないと思っていたからだ。


「ミケはどこ行ったんだ?」


「さぁ? ポチでも探しに行ったんでしょうかね?」


あぁ、そうかもな…って、そろそろ、横でもがいているカローラを起こしてやるか…


「おい! カローラ起きろ! そろそろ飯だぞ」


毛布を頭までかぶってもがいているカローラを俺は毛布をめくって声を掛ける。


「はっ!? イ、イチロー様… 私、なんだかミイラになる夢を見ました…」


「あぁ、そうか…もう朝だから起きろ。日の光には気をつけろよ」


「はぁーい」


カローラは毛布を被ってもそもそと動き出す。


「はい、主様、朝食が出来たぞ」


そういってシュリは小皿を俺に渡す。


「おう… ん? ちょっと待て…これって…」


小皿の上には、昨日、悪臭騒ぎになった物体が見える。


「へい、昨日の旦那の山芋を厚めにスライスして揚げたものに、昨日のニシン、ミケが持って帰ってきた草の中にレモングラスがあったので、それを刻んで、ドリアンでソースをつくってみやした」


「こ、これ…食えるのか?」


俺は料理とカズオを交互に見る。


「へい、臭いはマシになってやすでしょ?」


俺はくんくんと臭いを嗅ぐ。確かにマシになっている。逃げ出すほどではない。


「まぁ、確かにマシになってるな… しょうがないなぁ~ 食うか!」


 揚げた山芋のサクっとした感触のあと、ほくほくの芋の旨味が来て、その後、ニシンの独特な味わいとドリアンソースの濃厚な味が広がり、上に乗せてあるレモングラスが最後にさっぱりさせる。


「おぉ! 意外といけるな!」


「へい、食べ物を無駄にしないように頑張りやした!」


鼻で息をしなければ、食えるし美味い。


「で、シュリ」


「は、はい、主様」


シュリは怒られると思ってしゅんとする。


「今度から、食べ物はカズオに相談してからやれよ」


「はい、わかったのじゃ」


怒られると思ったシュリは目を丸くする。


「次にカローラ」


「なぁに?」


「お前は変なもん貰ってくるな」


「うん、分かった」


多分、こいつ分かってないな… 口元隠してる…


「まぁ、とりあえず、飯食ったら出発するぞ!!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



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