第59話 おにいさま

 俺は案内に先導され王城内を進んでいく。前回、歓迎を受けたことや、ティーナ姫の寝床に夜這いを掛けた事で、王城内の見取りは大体覚えている。なので案内される先が、ティーナ姫の部屋ではなく、城の応接間であることが分かる。


「こちらでございます」


 案内が応接間の扉を開く。おそらく王城の応接間の中でも最もよい部屋なのであろう、扉の外から見ても、部屋の内部が重厚で荘厳であることが分かる。中に進むと、中庭側の壁側がふんだんにガラス窓が使われており、部屋の中が自然光だけでかなり明るい。その明るい部屋の中央に自然光に照らし出されたティーナ姫の姿があった。


「イチロー様… イチロー様ぁ!!!」


ティーナ姫は亜麻色の髪を揺らしながら俺のところへ駆けてきて、俺の胸の中へ飛び込む。


「ティーナ姫…」


「私、イチロー様の事を心配しておりました… 兄の差し向けた軍勢に殺されてしまわれるのではないかと… 私は何度もお兄様は誤解していると申し上げたのに…」


ティーナ姫は涙で潤んだ瞳を俺に差し向けた後、顔を俺の胸に埋める。


「大丈夫です。私はティーナ姫の為なら、そのような事では死にません。だから、こうして再びティーナ姫に会いに来たのです…」


 俺はキラキラさわやかフェイスでティーナ姫に答える。ティーナ姫は俺の言葉を顔をあげて聞いていたが、言葉が終わると、頬を染めて、また俺の胸に顔を沈める。


「流石は私のイチロー様… とてもお強いのですね…」


ティーナ姫はまるで小鳥が囀るような可愛らしい声で囁く。


 あぁ、やっぱティーナ姫は王族の姫だけあって上玉だわ… 雰囲気もいい感じだし、本来であれば、このままベッド淫…じゃなくてベッドインしたいところであるが、ここはベッドのない応接間だし、それに… 向こうで怖い顔をして俺を睨むティーナ姫の兄であるカミラル王子がいる…


 というか、睨むだけではなく、鼻息を荒くしてツカツカと俺の前までやってく来て、その鼻息がかかる距離まで顔を近づけてくる。


「確かにティーナに会いに来いとはいったが、兄である俺の目の前でティーナの尻を揉むな!」


カミラルはティーナに遠慮してか、怒気は含んでいるが小声で言ってくる。


「いやいや、たまたま偶然、手が当たっただけなので…」


俺は愛想笑いをしながら返す。


「嘘をつくな! たまたま偶然、手が当たっただけで、鷲掴みにせんだろうが!」


カミラルは目を怒らせて言ってくる。


「ははは、ティーナ姫を支える為に、ちょっと力が入っただけですよ」


俺はさらに言い訳をする。


「ちょっと力が入った程度で、指が尻にめり込まん!」


頭の上で俺とカミラルが言い合っているので、流石にティーナ姫も割って入る。


「カミラルお兄様は私のお尻を注視されておられたのですか?」


ティーナはカミラルに向き直る。


「い、いや…注視していた訳ではないのだが…そ、そのたまたま目に入っただけで…」


流石のカミラルも溺愛するティーナの言葉に狼狽える。


「カミラルお兄様はたまたま私のお尻を見ていて、イチロー様もたまたま私のお尻を掴まれたのを非難されるのですか?」


ティーナ姫は可愛らしく頬を膨らませてカミラルに詰め寄る。


「いや…私はティーナの尻が心配だったから…」


カミラルの目が泳ぐ。


「私のお尻をお兄様に心配される必要はありません。それにやっぱり私のお尻を見ていたんじゃないですか… カミラルお兄様のエッチ!」


 溺愛するティーナから、そのような非難の言葉を受け、精神的な衝撃の為、顔を青くさせて狼狽える。


 俺はそのティーナの後ろで、ニヤニヤしながらカミラルの様子を伺っていると、慌てふためくカミラルと目が合う。


「くっそ!! お前のせいで!!」


「お兄様! お言葉に品がありませんわよ!」


カミラルはティーナに再び叱られてしょぼくれる。


「イチロー様!」


 ティーナが突然、振り返るので危うくニヤニヤ顔を見られそうになったが、すぐさまキラキラさわやかフェイスを取り戻す。


「なんですか? ティーナ姫」


「立ち話もなんですから、座ってお茶をしながらお話ししましょう」


 ティーナ姫はそう言って、可愛い指で俺の手を引き、ソファーの所へ案内される。正面にはティーナ、その隣にカミラルという感じで座っていく。そして、メイドの給仕を受け、お茶を飲みながら会話を続けていく。


「イチロー様は王国軍から逃げ延びながら、魔族側の将軍を倒されたとお噂をお聞きしたのですが、本当ですか?」


 ティーナ姫は瞳を輝かせながら聞いてくる。ティーナ姫はもともと英雄譚が好きな女の子である。だから、こういった話に興味があるのだろう。


「はい、そうです。ここの隣国であるウリクリが魔族側のプリンクリンなるものに脅かされていると聞いて、私は人類側の一員として、黙って見ている事が出来ずに駆け付けたのです」


「まぁ! 素晴らしい!! 人類側に追われながらも、人類の為に戦うなんて、今まで読んできた英雄譚の中にも、その様な素晴らしい方はおられませんでしたよ!」


ティーナは物語に出てくる英雄と対面しているかのように、興奮し瞳を輝かせる。


「ははは、その様な過去の英雄たちと比べられるのは、なんだか気恥ずかしいですな… 実際のところ、私は敵を倒しはしたものの、命が危ぶまれる程の致命傷を受けました。部下の者が気を利かして、前のパーティーの聖職者を連れてきてくれたから、命を取り留めましたが… 本当に危ないところでした…」


 ホント、プリンクリンにマイSONを奪われた時は、マジで死のうと思ったからな…シュリがミリーズを連れてきて、マイSONを再生してくれなければ、本当に死んでいたと思う。


「人類に追われながらも、人類の為に名だたる敵将に立ち向かい、そして激闘の上、勝利を収めたものの、命を失いかねない重傷を負い、それを昔の仲間が助けに来る… まるでじゃなくて、英雄譚そのものじゃないですか!」


 あぁ、外面の話ではそうなるな… 激闘といってもベッドの上の激闘だし、重傷といってもマイSONとられただけだし、昔の仲間も仲間というよりか愛人だしな… 真実は小説より奇なりって奴か… これは語られないほうが良い真実だな…


「私はこの様な方の花嫁になれるのですね…もしかしたら、私も後の世で物語の登場人物となるのでしょうか…」


ティーナ姫は赤らめた頬に手を当てながらはにかむ。


 そういえば、ティーナは姫様だから、孕んでおいて愛人状態って訳にはいかんわな… 俺が結婚かぁ…


そこに、不機嫌な顔をして黙っていたカミラルが、更に苦虫を嚙み潰した顔をして言ってくる。


「本来であれば、すぐさま挙式を挙げる所だが、ティーナは身重の上、体調が良くない。なので、出産の後、体調が戻ってからの挙式になる。お前も準備をしておくように…」


 体調が良くないと言うが、ティーナは元気に見える。多分、プリンクリンと同じようにつわりが酷いのかな?


「カミラルお兄様! せっかくの目出度い挙式の話なのに、その様なお顔をなさってはいけませんよ! それと私を溺愛してくださるお兄様が、私をイチロー様にとられてご不満なのは分かりますが、もう少し、イチロー様と仲良くなさってはもらえませんか? イチロー様はお兄様にとってもこれからは親族になられるのですよ」


「こ奴が…私の親族…義理の弟になるのか…」


ティーナ姫の言葉に、カミラルは更に不快な顔になっていく。


「そうですよ、カミラル王子…いや、カミラルお義兄様…」


 俺が仕返しのいやがらせで言った言葉に、カミラルは目を見開き言葉を詰まらせる。そして、首筋から顔に向けて、ぷつぷつとサブいぼが出来始めるのが見える。


よし、効いてる効いてる。


「お、俺をお義兄様と呼ぶなぁ! 挙式はまだなんだぞ!!」


カミラルはサブいぼを作りながら、声を荒げる。


「ははは、何を水臭いことを…カミラルお義兄様」


 カミラルは更に顔全体にいたるまでサブいぼが出来始める。その様子を見てティーナがくすくすと声をあげて笑い始める。


「お二人は変なところで仲がよろしいのですね」


「いや、違う! 私は!」


「そんな連れない事を仰らないで下さい、カミラルお義兄様」


「くっそ!!」


俺とカミラルとの掛け合いに、声をあげて笑っていたティーナが突然、えずき始める。


「ティーナ!」


すぐさま、カミラルは顔色を変え、ティーナの肩を抱く。


「ちょっと、つわりが…」


 ティーナは顔を青くして、苦し気に答える。すぐにメイドが駆けてきてティーナ姫を別室へと連れていく。


「ティーナが体調を崩したので、会合はここまでだ」


カミラルが俺に向けなおって告げる。


「分かりました…ティーナ姫の事はお願いします」


 カミラルは俺の言葉にうむと頷いた後、傍に控えていた執事に目くばせする。すると執事が袋を持って、俺の前に進み出る。


「ウリクリに先を越されたが、イアピースの勇者認定の証だ。とっておけ」


俺は袋を受け取る。


「それで、ティーナとの挙式の日まで、せいぜい手柄を立てて功績を積んでおけ…それと、ティーナの為にも…死ぬなよ…」


カミラルはそう言い残して、ティーナの行った別室へと向かった。


こうして、俺は夕食までいただくつもりであったが、早々に城から出ることになった。



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