第58話 クリスとの別れ

 今回のイアピース国内の旅はもう追われる身ではないので順調に進んでいる。俺がティーナ姫に会うのと、クリスを実家に送っていくのを兼ねて、首都に向かって進んでいるが、順調に行けば、明日には到着するであろう。楽なもんだ。


先程、交代のカズオが御者台に行き、その代わりにクリスが御者台から戻ってくる。


「おう、おつかれ」


「うむ、明日は首都かぁ~ 母上は元気だろうか、楽しみだなぁ~」


クリスはニコニコしながら戸棚の前に進み、扉を開けて中に入り、再び扉を閉める。


「なぁ…主様よ」


「なんだ?シュリ」


俺の隣で本を読んでいたシュリが俺の袖を引っ張る。


「あのおなご、何のためらいもなく戸棚に入っていったように見えたのじゃが…」


「気にするな、あそこはクリスのベストポジションなんだ」


俺はそう言いながらカードをドローする。ちっ事故ってやがる… 


 くっそ、カローラの奴、俺の対策が上手くなってきたな…なかなか、前の様に泣かしてやるのが難しくなった…


「で、首都に着いたらどうするのじゃ?」


「どうするってなにを?」


このままターンエンドだな。


「あのおなごじゃよ、家まで送っていくのか?」


「いや、城に着いたら、そこでバイバイだ」


 ん~ なんかカローラの奴、カードで口元を隠しているな…こいつが口元を隠す時はなにか悪だくみを考えている時だ。何する気だ?


「では、城に着いたら、わらわたちはどうしておればいいのじゃ? やはり、主様と一緒に参列するのか?」


「あっ!! くっそ! カローラ、それを狙っていたのかよ!! くそぉ~これはどうにもならねぇ… って、なんだよシュリ、まどろっこしいなぁ~」


俺はカードをテーブルの上に投げ捨てて、負けを認め、シュリに向き直る。


「なんか言いたい事があるんだろ? 言ってみろよシュリ」


「出来れば本屋に寄って欲しいのじゃが…」


シュリが上目使いで言ってくる。


「イチロー様! 私もカードショップ行きたい!」


カローラもテーブルから身を乗り出していってくる。


「あぁ、なるほど、そう言う事か… 俺がティーナ姫と会っている間は自由時間にすっから、本屋でもカードショップでも行ってこい」


「ありがとうなのじゃ! 主様!」


「わぁーい! カードショップ! 私、カードショップ大好き!」


二人は子供の様な黄色い声を出して喜ぶ。って、まんま子供だな。


「カローラ、カードショップ行って、新段のカードパックあったら俺の分も買って来いよ」


「分かった! 買ってくる!」


 そして、翌日。馬車は予定通り、イアピースの首都の王城へと辿り着く。城門を潜る時に門番たちが微妙な顔をしていたが、そんな事は気にしない。もうすでに第一王子であるカミラルと手打ちをしているのだ。


 俺達の馬車は指示されて停留所に辿り着く。そこには俺を案内する為の宮使えが待っていた。俺は出来るだけ小奇麗な恰好に着替えて準備する。


「では、俺はティーナ姫と会ってくるから、お前たちは自由にしてろ、城門の出入りはこの前ウリクリで貰った勇者のメンバー証を見せれば通してもらえる。多分、飯は姫と一緒に食うと思うから、お前たちは先に自分たちで食ってろ」


「え~またなのか~主様よ わらわたちに王宮の料理を持ち帰っても罰は当たらんと思うぞ」


シュリが口を尖らせて不満を言う。


「馬鹿か! そんなハイジの白パンみたいな恥ずかしい事出来るわけないだろうが」


俺の言葉にシュリはしゅんと目を伏せる。


「その代わりに小遣いやるから、落ち込むな」


俺はそう言ってシュリの手に金貨二枚を握らせる。


「金貨二枚も! ミケ二人分ではないか! いいのか? 主様!」


ミケはたまたま安かっただけで、ミケ換算するのはどうかと思う。


「一枚は小遣い、もう一枚はカズオの監視代だ。薬屋にいかない様に見張ってろ」


「分かった!任せるのじゃ!」


シュリは自慢げにふん!と鼻息を鳴らす。


「次、カローラ、お前にも二枚だ」


「わぁーい! お小遣い! 私、お小遣い大好き!」


カローラはぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。


「いいか?一枚はお前のお小遣い、もう一枚は俺のカードを買う分だ。わかったな?」


「うん、分かったぁ!」


 カローラは溢れる様な笑顔で答える。で、次だが…カズオがそわそわしならがら、上目づかいで俺を見てくる。最近、キモイカズオを見てなかったが、やはりカズオはカズオだな…


「…次にカズオ…」


「へい! だんなぁ!!」


カズオは瞳をキラキラさせながら花の咲いたような笑顔をする。うっキモイ…


「お前にも金貨二枚やる、一枚は小遣いで、一枚は食費だ…いいか?薬は絶対に買うなよ」


カズオはさっと目を反らす。


「お前…次買ったら、ケツに直接ホットソース流し込むからな…」


「ひぃ! わ、分かりやした…」


 前回のホットソース入りの薬で、カズオは2,3日の間、トイレの度に悲鳴を上げる事になっていたので、俺の脅しに青くなって震えている。


 次に待っていたのはポチ。へっへっと息をしながら、猛烈な勢いでしっぽを振っている。ポチにお金なんて必要ないと思うが、自分も貰えることが嬉しいのであろう。久しぶりにワシワシしならがやるか。


「よーし! よし!よし! 賢いぞ~!ポチ! ちゃんと順番待っていたんだな! よし!よし!」


「わう!」


俺はポチをワシワシして、首の袋に金貨二枚を入れてやる。


「ちゃんとお前の分もやるからなぁ~ 他の奴らはおこちゃまと変態だから、お前がちゃんとみはってやるんだぞ! よし!よし! いい子だ!」


「わう!」


ポチも久しぶりのワシワシでかなりの上機嫌になっている。


「イチロー殿」


 最後にクリスが背中から声をかけてくる。クリスとはここでお別れだ。最後の挨拶ぐらいしてやろう。俺はそう思って、クリスの方へ振り返る。


「おっ、おぅ…クリス…」


 クリスはキリっと爽やかな顔をしながら、背中と両脇にカズオの作った燻製肉を抱えている。


「イチロー殿とは色々とあったが、こうして旅が終わって振り返ってみれば、それ程悪くはなかったぞ」


「お、おぅ、そうか…それは良かったな…」


そう答える俺にカズオが近づいてきて耳打ちする。


「もう、降りると言うのに、ずっと涎を垂らしながら、見ていらっしゃるもんで…仕方なく渡したんでやす…」


確かに旅の間、ずっとポチの食事を物欲しそうに見てたもんなぁ…


「イチロー殿は今後も旅を続けられて、私は城の護衛騎士に戻ると思うので、再び会う事もないと思うが、イチロー殿のご活躍を祈っております。では、さらば…」


クリスはそう言うと満面の笑みで馬車を後にした。


「あいつ、色々とすげーなぁ~」


「そ、そうでやすね…」


「じゃあ、俺は城の方へ行ってくるから、後は頼んだぞ」


こうして、俺はカズオ達と別れて城の中へと向かった。



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