第57話 有毛種と無毛種
「って、あぶねぇなぁ! ミケ! 前からそこで寝るなっていってるだろ!」
寝台から梯子を使って降りようとしていた俺は、梯子の下でミケが寝転がっているのを見て、怒鳴る。
「これは、愛情を試しているのですよ」
ミケがゴロゴロしながら言い返す。
「いや、そんな愛情の試し方、誰の得にもならんだろ…」
俺はミケから離れた場所へひょっと飛び降りる。そして、馬車の中を見回す。カズオは炊事場で朝食を作っており、シュリは洗面所で顔を洗っている。ポチはこの時間、散歩をしているはずで、カローラはまだ寝台の上だ。
「あれ?クリスは?」
俺は声に出して訊ねる。
「あぁ、おはよう、主様、クリスは戸棚の中におるぞ」
シュリがタオルで顔を拭きながら答える。
「えっ? マジで?」
俺は戸棚に近づいて、恐る恐る扉を開く。すると体育座りをしたクリスが中で眠っている。
「うわぁ~ マジだ… おい、クリス、起きろ。朝だぞ」
するとクリスはふぇと言いながら、眠気眼を開いていく。
「おはよう、イチロー殿」
「おはようって、なんでお前、戸棚の中で寝てんだよ」
クリスはむくむくと起き上がって、戸棚の中から出て伸びをする。
「いやー 前に籠っていた時に戸棚の中が気に入ってしまってな、収まりも良いし、安心感もあるのでよいぞ」
「あぁ、そうか、お前がそれでいいのなら、それでいいよ…」
やはり、こいつの精神構造はどこか歪んでいるな…
「みなさん、朝食が出来やしたぜ、席について下せい」
カズオが鍋を持って朝食の時間を告げる。
「おい! カローラ! 降りてこい! 二度寝はもういいだろ!」
俺は寝台に向かって叫ぶ。
「ふぁ~い」
カローラは欠伸の混じった返事をすると、よたよたと梯子を降りてくる。すると梯子の途中で、下で寝転がっていたミケがカローラを抱きかかえて、ソファーに座らせる。
「え゛っ!?」
それを見ていたシュリが目を丸くして声を上げる。
「どうした?シュリ」
「薬をとる時にわらわは抱き上げてもらえんかったのに、なんでカローラは抱き上げるんじゃ…」
シュリは悔しそうにスプーンを持つ手を握り締める。
「いや、サイズ的にカローラは小さいからじゃねえの?」
「なぁ、主様、わらわはもっと小さく…」
「ダメだ」
俺はシュリが言葉を言い終わる前に却下する。
「ぐぬぬ…」
これ以上、園児みたいなのが増えてたまるか…
「今日の朝食はオートミールのポリッジでやす。ただのポリッジでは味気ないので、干し肉で出汁を引いて、細かく刻んだ香味野菜も入っておりやす。ミケには同じ出汁でカリカリのポリッジにしておりやす。さぁ冷めねえうちにお召し上がり下せい」
そう言ってカズオが鍋から器に注いで回していく。
「ホットソースとってくれ」
「旦那ぁ…調味料足すのはいいでやすが、せめて一口食ってからにして下さいよぉ…」
いきなりホットソースを入れる俺に、カズオが不平を漏らす。
「シュリ、乾燥パセリとって」
「ほい、カローラ。そなたはフライドオニオンはいらんのか?」
シュリは別の皿に用意されたフライドオニオンを握り潰して、オートミールにまぶす。
「あっ、私にも頂戴」
カローラがシュリに器を差し出し、フライドオニオンをまぶしてもらう。
こうして、各々、食事を食べ始めるのであるが、ミケだけが器を見つめるだけで、一行に食事をしようとしない。
「どうした?ミケ食わないのか?」
「私、猫舌なので、冷めるのを待っています」
あぁ、猫獣人だもんな…
「私もこれはこれで美味いと思うのだが…」
クリスが口にする。
「どうせなら、あちらの方が良いのだが…」
そう言って、骨付き肉を食べているポチの方を見る。
「クリス…ポチの方を見るのは止めろ…お前が物欲しそうに見るから、ポチが困っているだろ…」
「くぅ~ん」
ポチも食べづらそうにしている。
「いやいや、べ、別に強請っている訳ではないのだぞ」
そういって、クリスはオートミールをかき込んでいき、カズオは皆が食べる様子を、複雑な顔をして眺めていた。
そして、食後、俺はコヒーを飲みながら地図を広げている。今から向かうフェイン国はイアピースの西側にあって、海岸線沿いにある小さな国だ。
というか、イアピースの西側にはフェインの様な小国が沢山あって、もはや国と言うより、部族の町と言った方が早い。イアピースの西側は元々密林地域が広がり、その密林の中で様々な獣人部族が暮らしていた様だ。
その獣人たちが互いに争うので、集まって集落を作り、そこに人類側の文明技術が流入して、現在の国の様な形に発展したようだ。
なので、人類側に近い地域のフェインは人類側。遠い地域のマセレクは魔族側となったようだ。
「おい、ミケ」
俺は地図を見ながら、ミケに声をかける。
「なんですか?」
ミケは猫らしく顔を手で洗いながら答える。…明日は雨か?
「お前の国を侵略してきているマセレタってどんな国なんだ?」
「マセレタも猫獣人の国です」
「えっ? 同じ猫獣人で争ってんの?」
俺は地図から顔を上げ、ミケを見る。
「同じ猫獣人といっても、私の国のフェインは有毛種が多い国です。一方、マセレタは無毛種が多い国なのです」
「無毛種って、毛が全然ないのか?」
ミケの身体を改めて見ると、頭は人間に猫耳を生やした感じだが、風呂場で見た背中は毛が生えており、腕の前腕から先の部分と、足の脛から下の部分は猫っぽくなっていて毛が生えている。
「いえ、程度の差ぐらいです。私の様に体毛が生えているのが有毛種、人類と同じように身体に毛が生えていないのが無毛種です」
「ん~となると、その無毛種と言うのは俺達人類に猫耳としっぽを生やしたみたいな感じか?」
となると無毛種は猫耳でコスプレした感じか…
「そうですね。歴史的に我々猫獣人は人類と交流が始まってから、どんどん混血が進んでいきました。我々はもともと人類に従属的でしたが、混血がすすんだ無毛種は独立心が強くなって、人類に対して従属的であるのを否定し始めたんです」
「となると、原種はまんま猫みたいな姿だったのか?」
「そうですね。原種の姿のまま残っている種族もいますが、我々も元は直立した猫の様な姿ですね」
と言う事は、最初に猫獣人に出会った人類は、直立した猫とやったのか…チャレンジャーだな…というかケモナーか?
「まぁ、そう言う訳で、私の国フェインは人類に依存した所なのです」
「もはや、広義の意味で家猫状態だな… でも何で王国連合に加盟しなくて中立になったんだ?」
「まぁ、あくまで自称国家なので、王国連合に国として承認してもらえなかったのと、他種族との兼ね合いがありましたから…」
まぁ、確かに地図で見る限り、国というには小さすぎるし、周りに他種族が多いからな…
「まぁ、直接現地に行ってみないとこれは分からんな…」
俺は地図を見ながら呟いた。
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