第60話 『麗しの』
俺は馬車の近く所まで戻って来た所で、ハタと考える。『夕食は王城でティーナ姫と食べるから(キリッ)』って言った手前、何も食べずに馬車に戻るのはちょっと恥ずかしいな…このまま城を出て、街まで行って何か食うか… たまには一人で好きなものを食うのもいいな…
「イチロー・アシヤ様! イチロー・アシヤ様!」
ぼーっと考えていた俺の背中に声がかかる。振り返って声の主を見てみると、メイドが大荷物を持って、俺のところへかけてくる。
「なにか?」
俺はメイドに尋ねる。
「こちらをティーナ様より預かっております。ティーナ様は途中で体調を崩されたので、渡しそびれたと仰りまして、イチロー・アシヤ様にお渡しするようにと…」
「これは?」
その大きな荷物について俺は尋ねる。
「はい、イチロー・アシヤ様が逃亡中、その身を案じたティーナ様が精魂込めて作り上げた、イチロー・アシヤ様だけの特別の衣装で御座います。次のティーナ様との面会の折には必ずお召いただくようお願いします」
そう言って俺は荷物を渡される。なるほど、大きさはかなりあるが、中が衣装なので重さはない。そして、メイドは頭を下げると俺の前から去っていく。
さて… こうして、大きな荷物を渡されてしまったので、直行で街に飯を食いに行く事が出来なくなってしまった。流石にこれを抱えて街へ行くのは不可能だ。
「まいったな… とりあえず馬車に戻って荷物置かないとダメか…」
俺は大きな荷物を抱えて、えっこらえっこらと馬車へ向かう。
「おぉ、主様! 戻ってこられたのか!」
荷物で見えないがシュリの声がする。やはり、皆、帰ってきていたようだ。
たたたっと足音が聞こえ、俺の荷物を持つのを手伝おうとする。
「お土産か? お土産! わらわたちへのお土産か!?」
あぁ、そっちを期待していたのか…
「いや、違う。ティーナ姫が俺の為にあつらえた服だそうだ」
俺の手から荷物を奪ってテーブルに置いたシュリは、一瞬、残念そうな顔をする。
「まぁ、良いわ。早速、どんな服か見てみよう」
シュリはそういうと勝手に荷物を開けていく。勝手にあけるのはどうかと思ったが、いつ感想を聞かれるかもしれないので、早めに確認しておいた方がよいだろう。
「わっ!わっ! すごいぞ! 主様よ!」
シュリが驚きの声をあげる。
「何がそんなに凄いんだよ」
「これはまるで、物語に出てくる主人公の王子様の様な服装じゃぞ!!」
シュリが入れ物から持ち上げて俺に見せる。白を基調とした高価な布地に、これまた豪華な装飾。デザインも主役の王子様が着るような中々恰好いいものだ。なんか例えるなら乙女ゲーに出てくるメイン攻略対象の王子様みたいな服装だ。
「これは確かにいいものだが… 俺に似合うのか?」
俺は近づいて服を手に取る。
「主様、一度身体に当ててみればどうじゃ?」
「では試してみるか…」
俺は試しに身体に当ててみる。
「どうだ?」
「…ん~ 似合っていると言えば似合っているのじゃが…」
シュリはなんだがはっきりとした物言いをしない。
「なんだよ、はっきり言えよ」
「いや、主様の事を知らぬものが見れば、王子様に見えるのじゃが、主様の中身をしるわらわにとっては違和感しか感じられぬのう…」
うん、ぐうの音も出ないほど正論だわ。俺のようなキャラの人間が着るようなものじゃない。多分、ロアンとかが着たら似合いそうだな… もともと、乙女ゲーの攻略対象みたいな奴だったし…
そこにソファーの奥に座っていたカローラがぴょこっと顔を見せる。
「やっぱり、イチロー様は黒を貴重とした中二っぽいのが似合うよね」
「カローラ、いたのかよ。って、多少、俺のセンスは中二っぱい所はあるが、お前に言われるとなんか腹立つわぁ~」
「え~でも、実際、そうじゃないの?いつも黒系ばかり着てるし」
カローラはなぜ腹を立てられるのか分からない顔をする。
「まぁ、いいわ。それよりカローラ。カードはどうだった?」
「そうそう!! もう新段のカードパックでてたよ!! 今開けようとしてたところ!!」
カローラが瞳を輝かせて告げる。
「俺も分もちゃんと買ってきたんだろうな?」
「もちろん! 私とイチロー様、それぞれ一箱30パック買ってきたよ!」
「よし! でかした! 早速、開封していくぞ!!」
俺は、カローラの正面に座り、カードパックの箱を受け取る。箱を開けると一列10パックの三列並べられている。
「主様よ、カードを開封してくのは良いが、この服はどうするのじゃ?」
シュリがティーナの王子様服を手にしながら聞いてくる。
「どこかに手紙とか何か忍ばせてないか調べといてくれ」
俺はカードを開封する手を止めずに答える。
「えっ? 手紙とかって、もしあったら主様への恋文じゃろ? それをわらわが探すのか?」
シュリが少し嫌そうな顔して言ってくる。
「俺は今、カードを開封するのに忙しいんだ!」
「カードの開封など、いつでも出来るじゃろうに…」
シュリは口を尖らせながら、王子服を改め始める。
「おっ!?」
俺は開封していたカードパックの中に、キラキラしたカードを見つける。
「イチロー様! 何かでたの!? スーパーレア出たの?」
カローラは身を乗り出すどころか、テーブルの上を匍匐前進して俺のところへやってくる。
「これ今まで見たことがない、新段の新しいカードだな…しかも、プリンクリンのキラキラと一緒のラメ加工か…」
「どれどれ! 見せて見せて!!」
カード名は『麗しの姫君ティーナ』。絵柄はかなりの腕の絵師に描かせているようで、他のカードとはレベルが段違いに違う。月明かりが照らし出す夜空を背景に、ティーナが何かを見上げて、手を引かれているような絵柄が描いてある。
「レベルたけーなぁ~ しかし、ティーナ姫もカード化かよ…」
「私もスーパーレア引きたい!!!」
カローラはそう言うと自分の席に戻り、カードパックを猛烈な勢いで開封していく。そういえば、最初のスーパーレアのプリンクリンも、その後の通常版のノブツナ爺さんも、で、今回のティーナも俺ばかりスーパーレア引いていて、カローラはまだスーパーレア引いてないもんなぁ~ ちなみに『淫乱魔剣士』の方の俺のカードは残念ながらスーパーレアではない。あれはただのレアだ。
「あっ!?」
カローラが瞳を輝かせて声をあげる。どうやら、開封した時にキラキラのカードを見つけたようだ。カローラは鼻息を荒くしてキラキラしたカードを引き抜く。
「あっ!? あれ?」
スーパーレアを引いたはずなのに、カローラは微妙な顔をする。
「スーパーレアを引いたんじゃないのかよ?」
「いや、確かにスーパーレアなんですが…」
カローラがはっきりしない物言いなので、俺は身を乗り出して、テーブルを乗り越えてカローラのカードを覗き見る。
カード名『麗しの英雄イチロー・アシヤ』
「なんじゃ!こりゃぁぁぁ!!」
俺は驚きのあまり声をあげる。
カローラが手に持つ『麗しの英雄イチロー・アシヤ』のカードは、おそらくティーナと同じ絵師により描かれており、本当に乙女ゲーの見せ場のスチルの様で、同じく月夜の夜空を背景に、キラキラフェイスで優しく微笑みながら何かに目線を下げながら手を差し伸べている。
「うわぁ…なにこれ…めっちゃ恥ずかしい…」
自分自身が乙女ゲーの主人公にされるのがこんなに恥ずかしい物だとは思わなかった。なんか、黒歴史ノートが見られた時とは別方向の恥ずかしさがある。
「あれ? これってもしかして… イチロー様! さっきのイチロー様のスーパーレアを出して!」
カローラがそう言うので、俺は元の場所に戻り、先程引き当てた、『麗しの姫君ティーナ』のカードをテーブルの上に出す。
そして、カローラがその隣に先程引き当てた『麗しの英雄イチロー・アシヤ』のカードを並べる。
「あっ!!」
「やっぱり…」
二つのカードを並べて見ると、カードの絵柄が繋がっており、月明かりの夜に、まるで夢の世界へと誘う様に俺がティーナの手を引いている絵柄になっている。これではまんま、乙女ゲーのスチルである。
「こ、これは…めちゃくちゃ恥ずかしい…こんなの俺じゃない…こんなの俺じゃない!!」
「まぁ、二枚ともスーパーレアだから、人目につく事は少ないよ…」
「あっ!? これ…一般人にも見られる可能性あるのか… これから俺…どんな顔して表を歩けばいいんだよ…」
俺は顔を覆いたくなったというか、両手で顔を覆った。マジ恥ずかしい!!
「ただいま帰りやしたぁ~」
「ました」
「わう!」
馬車の入口からカズオたちの声がする。
「おう、カズオよ、荷物の引き取りご苦労じゃったのう」
「あれ? 旦那はどうしたんでやす?」
「あぁ、ある…いや、麗しの主様は今、悩んでおられるのじゃ」
「はぁ~」
「それからカズオよ。これからは主様の事は『麗しの』という言葉をつけてから呼ぶのじゃぞ」
「へ、へい…そうなんでやすか… 麗しの旦那ぁ~ 飯はどうされます?」
「麗しのイチロー様、カズオがご飯の事いってますよ」
俺は恥ずかしくて黙って頭を下げていたが、プチンと切れる。
「うるせぇぇぇ!!! お前ら!!俺の事を『麗しの』って言葉をつけて呼ぶなぁ!!!」
俺の怒声が馬車の中に響いた。
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