第23話 綺麗になったあっしを見て!
「なぁ、カローラよ」
シュリは向かいのソファーに座って、テーブルにカードを広げているカローラに声を掛ける。
「なあに? シュリ」
カローラは広げたカードを眺めながら、所々のカードを拾って、手元の山に入れていく。
「わらわは思うのじゃが、どこぞの適当な女を拾うなり捕まえるなりして、主様にあてがって、ずっと賢者時間のままにいてもらうってのはどうじゃろうか?」
シュリは熱心に説明しているが、シュリはカードに集中したままである。
「あっしはそんな事より重要な事があるんでやすが…」
カズオはそう言って二人の前に飲み物を置く。
「カズオよ! そんな事よりとはなんじゃ! 主様に賢者時間になってもらって、我らの安寧より重要な事などある訳なかろうが!」
シュリはカズオに向かって吠える。
「いや、安寧を求めるのはいいですが、その為の女を食わせる飯がもうありやせん…」
カズオは困り顔でシュリに説明する。
「食い物がないのか? ポチに獲物を狩らせればよいであろうが」
「わう!」
骨だけになった皿を前にポチが答えるように吠える。
「いや、肉だけって言うのも健康に悪いですし、その…あっしは体型に気を使っているもので太っちゃいやす」
「わらわは別に肉だけの生活でも困らんが…」
「いや、おそらく旦那も嫌がると思いやすので…」
「そもそも、なんで足りんのじゃ? わらわもカローラもそんなに食わんぞ?」
シュリは寄せていた眉を広げてカズオに問う。
「へい、元々、首都で調達するつもりの量しか、積んでおりませんでしたので、先程食べた朝食で、小麦もミルクも乳製品も尽きやした」
「えっ!? ミルクなくなったの?」
先程まで、カードに集中していたカローラが声をあげる。
「へい… なので、今出した飲み物もお茶でやす」
「ミルクなくなると、私、困る!」
カローラはそう言いながら、顔を曇らせ、目を伏せる。
「どうして困るのじゃ?カローラよ」
「レバーを食べない代わりにミルクを飲んでいるんだけど、ミルクが無くなったらホノカとナギサにレバー食べさせられる…」
カローラは二人の骨メイドを伺いながら、呟くように述べる。
「あぁ、そうでやすね… 他の食材がなくなった今、誤魔化し様の無い、そのままのレバーをお出しするしかないでやすね…」
「えぇ!? そんなのいやぁ!」
カズオの言葉にカローラは涙目になりながら、いやいやと首を振る。
「なんでそんなに嫌うのか分からんのう、生き物はハラワタが美味いというのに…」
嫌がるカローラをしり目にシュリは呟く。
「ねぇ!カズオ!なんとかならないの?」
レバーを食べさせられる恐怖に怯えるカローラは、カズオにすがる。
「どこかで調達するしかありやせんね…」
「調達か…追われている今、事を起こすことはできんので、となると穏便に近くの街や村で買って来るしかないのぅ… 主様にお願いするか…」
カズオの言葉と今の状況を考えて、シュリはそう口にする。
「イチロー様はしばらく起きないよ」
シュリの言葉にカローラはポツリと言う。
「なんでじゃ?カローラ」
頭を捻っていたシュリは、カローラに向き直り尋ねる。
「ついさっきまで、私とカードで色々遊んだり、話したりしていたから徹夜なの」
「それは…触らぬ神に祟りなしじゃな… となると、わらわが行ってくるか…」
シュリは主であるイチローを起こした時の事態を想像して、顔を青くしながらそう述べる。
「シュリの姉さん、結構な重さになりやすが大丈夫ですか?」
「この姿では見た目通りの力しか出せんが、そこはポチがおれば…」
シュリはそう言って、ポチに顔を向ける。
「わう!」
ポチは出番か?と言わんばかりに勢いよくしっぽを振っているが、犬よりも大きな狼、その狼よりも大きなフェンリルのポチ… 一言で言えば目立つ。
「ってポチは結構目立つのう… となるとわらわとポチは駄目じゃな、カローラは日が出ておるし… 残るは…」
シュリはそういいながら、ゆっくりとカズオに顔を向ける。
「あっしですかい!? あっしはハイオークですぜ? とても人里なんぞいけやせんぜ」
緑の肌色で、豚鼻のカズオはシュリに向かって、手を広げ、否定の仕草をする。
「ナギサ!ホノカ!」
カローラが二人の骨メイドに声をかけると、二人はカズオを椅子に座らせ、何か道具箱を持ってくる。
「カローラよ、どうするつもりじゃ?」
「カズオに変装して街に行ってもらうの」
カローラが説明する横では、骨メイドのナギサとホノカがカズオに顔に化粧水を塗り、その後で、パフを使って白粉でカズオの緑色の肌を白色に塗りつぶしていく。
「あ、あっしに何をするんでやす!」
カズオは化粧という初めての事に戸惑いの声をあげるが、それは最初だけで、変わりゆく自分自身に何か特別なものを感じて大人しくなっていく。
その間にも、骨メイドのナギサとホノカはカズオの化粧を進めていく。カズオの身体全体の緑色の肌を白粉で白色に染め上げ、頬には薄いピンクのチークで淡く染め、ペンシルで眉を整え、鼻筋を先程より濃い白粉でノーズシャドウ入れる。そしてアイシャドウと入れて、マスカラで睫毛を太くする。
完成したカズオに、骨メイドのホノカは鏡を差し出す。鏡を受け取ったカズオは恐る恐る鏡に自分の顔を映し出す。
「こ、これが…あっし…? とても綺麗…」
鏡に映る自分自身いうっとりとするカズオは、しばらく鏡で自分の顔を眺めていたが、化粧道具の中に口紅を見つけ、震える指先で口紅をとった後、鏡をみながらゆっくりと自分の唇をなぞっていく。
使い終わった口紅を置いた後、鏡の中には濃いピンクのグロスの効いた唇のカズオの姿があった。
「さぁ! つぎはドレスですかい?」
華やかな笑顔のカズオは、皆に向かって振り返る。
「いやいやいや…カズオよ… お主、人に化ければいいだけなのに、どうして女装まで走るのじゃ… まぁ、前からその気はあった様じゃが…」
シュリは呆れて疲れた顔をそう呟く。
「ナギサ…ホノカ… その化粧道具は捨ててちょうだい…」
カローラも穢れた物を見るような目で化粧道具を見る。
「えぇ!? 捨てるんですかい!? そんな!勿体ない! 捨てるんなら、あっしにくだせい!」
カローラの言葉にカズオは、守る様に化粧道具に覆いかぶさる。
「貴方が使ったから、捨てるんだけど…まぁ、いいわあげる…」
カローラは諦めたように呟く。
「よ、よかったぁ~ えっ? ホノカさん、ナギサさん、後で化粧のやり方教えて下さるんですかい? そいつはありがてぇ~」
骨メイドの二人とカズオは、まるで女の子同士が楽しんでいるように騒ぐ。
「あぁ~ カズオに余計な物を目覚めさせてしまった様じゃのう…」
「ホノカ、カズオに外套とマスクを用意して」
カローラがカズオと騒ぐホノカに声を掛けると、ホノカは戸棚から外套とマスクを取り出し、カズオに手渡す。
「えぇ? 外套は兎も角、マスクもするんですかい? せっかくの口紅が…」
「あほう! お主の豚鼻を隠さんとすぐにオークである事がバレるじゃろうが!」
カズオの言葉にシュリが怒声をあげる。
「しかし、外套があるなら最初から出してくれればいいのに…」
カズオはそう愚痴を漏らしながら、カズオの体型でもすっぽりと覆う外套を羽織る。
「いや、カズオの臭いがつくのが嫌だから…」
カローラがポツリと呟く。
「ひでぇ…そんなに嫌わなくても…」
「ナギサ、カズオにお金渡して」
カローラはカズオの不満の声を無視して、ナギサに声を掛ける。ナギサは直ぐに引き出しから、小さな布袋を取り出してカズオに手渡す。カズオは手渡された袋をあげて中を確認する。
「えぇ!? こんなにですかい?」
「食材の購入に関してはカズオに任せるけど、ついでに買ってきて欲しい物があるの」
驚くカズオに、カローラが待ちきれなさそうに足踏みしながら、そう告げる。
「ついでの物とは?」
カズオが訊ねるとカローラはたたたっとテーブルの所まで向かい、カードをとってカズオに見せる。
「このカードよ! イアピース限定のカードパックが売っているはずだから、2つ…いや4つ程買ってきて!」
カローラは瞳をキラキラと期待に光らせて言う。
「へ、へい…分かりやした。イアピース限定のカードでやすね… シュリの姉さんの方は何かありやすか?」
カズオは頭をかきながら、シュリに向き直る。
「そうじゃのう… わらわは、辛い調味料が欲しいのぅ、最近、カローラに合わせて甘口の料理になっておるから、後から掛けれるのがよいのう」
「辛い調味料でやすね、分かりやした。あっしも料理の幅を広げたいので、色々買ってきやす。楽しみにしてくだせい」
カズオはそう答えて、口の所にマスクをつける。
「カズオよ、近くの街は、ここから南西に森を抜けた所に見えてくるはずじゃ。気を付けて行ってくるのじゃぞ」
「へい、分かりやした。行ってきやす」
そう言って、カズオは調達へと旅立った。
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