第24話 戻らないカズオ

「ふわぁぁ~ よく寝た」


 寝台で目を覚ました俺は、伸びをして身体の凝りを解す。腹に空腹感もあるので、早く何か食いたい。俺はそう思いながら、寝台から下に伸びる梯子を降りる。


「おう、シュリ、カローラ」


ソファーの所で俯く二人の姿を見つけ、声を掛ける。


「あ、主様…おはよう…」


「お、おはようございます…イチロー様」


 シュリとカローラはチラリとこちらを見るが、目を反らすように直ぐに、視線をテーブルに戻す。なんだ? こいつら、何か不味い事でもしたのか?


「そういえば、馬車が止まっている様だが、もう日が暮れて野営の準備でもしているのか?」


 カローラがいる為、窓はカーテンで閉め切っており、外の景色で時間が分からず、馬車が止まっている事から俺はそう予想する。そして、ちょこんと座るカローラの横の空いている席に俺は深々と腰を下ろし、背もたれに身体を預ける。


「そういえば腹もへった。今日の飯はなんだ?」


 俺は皆に聞こえる様に言い放つが、シュリとカローラは押し黙ったまま、俯いて何もないテーブルを眺めている。なんだよ、こいつら子供同士でケンカでもしたのか?


「おい! カズオ!」


 俺は姿の見えないカズオに、外にいるかも知れないと思い、大声で呼びあげる。俺の大声にシュリとカローラはビクリと肩を震わす。そして、俺はしばらく返事を待つが、静まり返るばかりで一向に返事が返ってこない。


「カズオが…」


 そんな時にシュリが俯いたまま、ポツリと呟く。俺はシュリのその言葉に首だけシュリに向ける。


「カズオが戻ってこんのじゃ…」


シュリがそう呟いて唇を噛みしめる。


「戻ってこないって、どういう事だよ?」


俺は背もたれから身体を離し、シュリに向き直る。


「実は、小麦やミルクなどの食材が尽きて、カズオに人間の変装をさせて買いに行かせたのじゃ…」


おいおい!こいつら、俺が寝てる間に結構無茶しやがる。


「それはいつの話だ?」


俺は膝に腕を置き、少し前かがみになってシュリに訊ねる。


「朝食の後、すぐじゃ…」


「って事は俺が寝てすぐの話しか…で、今は何時ぐらいだ?」


「そろそろ夕暮れじゃ」


って事は8時間程なのか? どうだろう…さすがに時間が掛かり過ぎだな…


「一応、森の外れにポチを行かせて監視しておるが、まだ返事が無い…」


それでポチの姿も見えないのか…


 俺がそう考えていると、急にシュリがソファーから降りて、俺に向かって土下座をし始める。


「主様!すまぬ!」


「なんだ!? 急に?」


「わらわがもっと考えておれば、この様な事などならなかった! 仮にカズオが逃げ出しておるだけならよいが、もし捕まっておるなら… もうじき、ここに追手が来るかもしれん!」


シュリはそう言って床に頭をこすりつける。そして、言葉を続ける。


「しかし、ただ遅れているだけかもしれん… そんな危険な状況下で、わらわはただ待つことだけしか出来なんだ… 許してくれ…」


 あぁ、なるほど、言われてみればそうだわ。ただ単に遅れているだけかもしれんし、捕まって追手を差し向けているかもしれん…  それなのにただ待つことしか出来なかった事に思い詰めていたのか…ちょっと…いやかなり難儀な話だな…


 俺はややこしく思い、片手で頭をかきむしる。


「分かった…シュリ、頭をあげろ。俺が見に行ってくる」


「よいのか! 主様!」


「イチロー様!」


俺の言葉にシュリは顔を上げ、カローラも表情を明るくする。


「だって、あんな奴でも置き去りにしたり、見殺しにしたりしちゃ寝起きが悪いだろ?」


「すまぬ! 主様! ありがとう! 主様!」


「まぁ、俺の隠蔽魔法を使えば忍び込むのは楽だし…って、捕まっている場合は人から情報集めないと駄目なんだな… ちっ、ちょっと変装しないと面倒だな… えっと整髪油あるか? その前にちょっと眠いな…カズ…いないんだったな…」


俺はコーヒーを入れてもらおうとカズオの名を呼びかけたが、この場にはいない事を思い出す。


「ナギサ、ホノカ!」


俺の言葉にカローラは二人の骨メイドの声を掛けて、何かをの箱を持ってこさせる。


「おぉ、化粧道具ごとあるのか、丁度いい」


 俺は白粉と整髪油を混ぜて、たっぷり髪につけて、元々の黒髪を白髪風の後ろにぴっちり流したオールバックの髪型に変える。次に様々な色がある化粧を腕に塗ってみて、自分の肌色より少し濃い色を作る。


「ちょっと、シュリ、鏡持ってろ」


俺は地べたに跪いたままのシュリに声をかけ、俺の前で鏡を持たせて顔が見える様にする。


「これでいいか?主様」


シュリは立ち上がって俺の前に進み出て、鏡を持って構える。


「あぁ、そのまま持ってろ」


 俺はそう答えると、先程作った肌より濃い色を鼻筋や頬骨あたりに塗って、少し彫が深くなって歳が老けた顔を作る。そして、刃物で襟元の髪を少し切って、糊を使って顎に付けて顎髭にする。


 そして、俺は顔の角度を変えながら鏡を見て確認しているのだが、シュリとカローラがポカーンと口を開けて俺を眺めている。


「な、なんだよ…お前ら…」


俺は奇妙な顔をする二人にどもりながら声をかける。


「いや、その主様は上手に化けなさると思って…それに深みのある渋さがあってとても良いかと…」


シュリは少し顔を赤らめる。


「うんうん! イチロー様! そのお顔、カッコいいよ!」


カローラは俺にじゃれつく。


「お、おう、ありがとう…」


二人の手放しの褒め言葉に俺は少し気後れして答える。


その後、俺は立ち上がって、外套を外して裏返し、普段のグレーの色から、裏面のあずき色を表側にする。


「よし、これで見て一発では気付かれんだろ」


俺の変装した姿に、シュリとカローラの二人はパチパチと手を叩いて拍手する。


「イチロー様! 凄い凄い!!」


「カズオの時は途中から、へんな女装になっておったからのう」


えっ?カズオの奴、そんな事をしてたのか?


「…カズオの女装と比べて褒められてもあまり嬉しくないな…」


シュリの言葉に先程までの褒め言葉が全く嬉しくなくなった。


「最後には口紅も付けておったから…」


「…それって、もしかしたらオークである事がバレたんじゃなくて、たんなる不審者と思われたから、捕まっているんじゃねぇのか…」


俺は、女装したカズオの姿といつものキモイ行動を想像し、腕にサブいぼが出来始める。


「まぁ、兎に角、カズオを探してくる。お前たちはここで待ってろ。もし、追手が来たらそのまま逃げればいい。俺なら大丈夫だ」


俺はカズオのキモイ想像を振り払い、頭を切り替えて、シュリとカローラに告げる。


「すまぬ、主様よ…あんな奴ではあるがカズオの事を頼みますぞ」


そう言って、シュリが頭を下げる。


「イチロー様、私もお願い… カズオがいなくなるとナギサとホノカが寂しがるから…」


カローラがそう言うと、骨メイドの二人がうんうんと頷く。


 なんだかんだ言っても、カズオの奴、人望あるな…まぁ、助けに行く俺も言えたことではないが…


「主様よ、カズオはここから南西の森を抜けた先にある人里に行ったはずじゃ、ポチの奴もそのあたりで監視しておるはずなので分かると思う。カズオを助けてやってくれ」


シュリは不安な思いに、俺に祈る様に頼んでくる。


「分かった。カズオの奴は生きているかぎり、連れて戻る。お前たちはちゃんと留守番をしているんだぞ」


俺はそう言い残すと、馬車を飛び出した。


 さて、面倒事はさっさと終わらせるか…


俺はそう思うと身体強化魔法を自分自身にかけて、夕日に赤くにじむ森の中を駆け抜けていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



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