第09話 人として越えてはいけない一線

「本当にこっちの方向でいいんだよな」


俺は前を進むカズオの背に声をかける。


「旦那、そのセリフ、好きですねぇ~ もう何度目なんですか?」


「知るか! そんなもん、覚えてねぇよ!」


俺はイライラして答える。


「そもそも、必要ならこの前の人里で調達しておけば良かったでしょうに」


俺に顔を向けていたカズオは、やれやれといったふうにして、前に向き直る。


「いや、それは略奪だろ? 元勇者パーティーの一員としてはいかんだろ」


「主様の判断基準は分からんのう~ あれだけの事を仕出かしておきながら、略奪はいかんとは…」


俺のとなりをちょこちょこ歩く、シュリが俺を見上げてそう述べる。


「いや、略奪は人として越えてはいけない一線というか、人類側である最後の砦だろ…」


俺は見上げてくるシュリから、視線を反らし、少しどもりながら言う。


「いやぁ~ わららは既に大きく越えておると思うのじゃがのう~」


「うるせぇ~! そもそも、お前らみたいなのが増えたから、物資が足りなくなってきたんだろうが!!」


俺は二人に責められている様な気がするので、声を張り上げる。


「えぇ~ 旦那がそれを言うんですかい? 元々、今使っている日用品やら食材なんかは、あっしがいたオークの駐屯地から持ち出した物じゃねぇですか~」


カズオが振り返り、文句をたれる。


「敵を倒して、そこから調達したものは俺の物だ。文句あるか?」


俺はカズオを睨み付ける。


「いえ、ありません…旦那」


カズオは俺に恐れて、前に向き直る。


「兎に角、物資を調達できそうな奴のいる場所と言うのは、この先なんだよな?」


 という訳で、俺達は今、不足してきた物資を補うために、近場のボスから略奪する為に、向かっている途中なのである。

 特に小麦粉と調味料が乏しくなってきている。普段であれば、その辺りで倒した獣肉を塩をかけて焼くだけだが、カズオが作る小麦粉と調味料を使った料理に慣れた俺は、もうそんな食生活に戻りたくなかった。 カズオ本人は分かっていないようであるが、俺の食生活維持の為、カズオは生かされている。


 そう言えば、勇者パーティーにいた頃の、食事の担当は、意外な事に勇者ロアンが執り行っていた。貴族の御令嬢である賢者アソシエは、元々出来ないし、聖女のミリーズも幼い頃から聖女として崇め奉られていたので、アソシエと同様に料理など知らない。暗殺者として育てられていたネイシュは、粗食に耐える為、腹が膨れたらいいと言った感じだ。

 そんな感じで、女三人が料理が駄目で、勇者であるロアンがいつも鼻歌交じりに料理をしていた。それはどうかとは思っていたが、意外にロアンの料理は美味かった。


 あの頃はよかったなぁ~美味い料理と、その後の良い女たち… くそ! 思い出したら、今の欲求不満を思い出した。くそ~俺の禁欲生活はいつまで続くんだよ…


俺がそんな事を考えていると、前を進んでいるカズオが立ち止まる。


「おい、カズオどうした?」


「へい、何かの縄張りに入ったと思いやしたので…」


そう言ってカズオは、大きな鼻をクンクンと鳴らす。


「なんの縄張りだ?」


「この臭いは… 恐らく…狼? いや、もっとでかくて強い奴ですかねぇ…」


「狼よりも、強い存在と言うと… フェンリルか?」


 フェンリルとは、狼の姿をした巨大な怪物。しかも、ただ狼を巨大にしたのではなく、人々から恐れられている理由は高い知能にある。狼も獣としては賢い方であるが、フェンリルの知能の高さはそれどころでは無い。その知能の高さから、魔法を使用したり、人間の作戦を容易く見抜いたり、人語を理解するものまでいる。そして中には…


「そのフェンリルは…メスか?…」


俺は言葉を漏らす。


「は? 主様。何を言っておるのじゃ?」


シュリは俺の言葉の意味が分からず、俺を見上げる。


「そうですねぇ… この臭いは… おそらくメスだと思いやすが…」


カズオはクンクンと鼻を鳴らす。


そして、俺は側にいるシュリを見下ろす。


「ふむ、そして…フェンリルは哺乳類だったよな…」


「確かに哺乳類であるが…主様は何が言いたいのじゃ?」


俺からまじまじと見つめられているシュリは、訳が分からず首を傾げる。


「よし! 進むぞ! 出来れば奴の巣に向かってな」


「へい、分かりやした」


 シュリの事で慣れているカズオは、俺の意図を理解して、またかという顔をしながら前へ進む。逆に俺の意図を理解していないシュリは、腑に落ちないという顔して、俺の隣をちょこちょこ歩く。


そして、暫く進んでいると、俺でもフェンリルの気配を感じるようになる。


「来るな…」


俺はそう言って身構えて、剣の柄を握る。


「へ? 来るんですかい?」


 前を進んでいたカズオは、俺の言葉に振り返り、慌てて俺の後ろに回り込む。臭いに関してはカズオの方が俺よりも優秀ではあるが、気配に関しては全然駄目だな。シュリの方は言われたら確かに気配があるなといった感じだ。恐らく生物として最強のドラゴンは、自分より強い存在など普通はいないので警戒心が薄いのであろう。


「そろそろ、お出ましの様だな…」


 俺が意識を集中して向ける前方の森の中から、もはや誰でも感じられるような、気配と物音がし始める。俺はするりと剣を抜き放ち、正眼に身構える。


そして、森の木陰の中から、ぬるりとフェンリルがその姿を現す。


 狼とは違って、青白く神々しい体毛に、鋭く光る瞳。その大きさは狼よりも大きく、巨漢であるカズオと同様か、少し大きいぐらいである。

 俺は初めてフェンリルを目にするが、これぐらいなら楽勝だな… 逆に傷つけず、手なずける方が難しいな… しまったな…剣を抜くんじゃなくて、シュリの時の様に、鞘ごと構えるべきだったな…


俺はそんな事を考えながら、フェンリルから目を反らさず、剣を構えてにじり寄る。


フェンリルの方も俺から目を離さず、じっと立ち尽くす。


 俺はすぐさま切る伏せる事が出来る剣の射程領域に、フェンリルを入れる為、じわりじわりとにじり寄っていく。

 まぁ、なんなら、剣ではなく、格闘領域に、相手から飛び込んでくれれば、傷つけずに何とか出来るのであるが、フェンリルは俺を見続けたまま、微動だにせず、立ち尽くしている。


俺から動くしかないか? そう思った矢先、フェンリルはぺたりと座り込む。


「へ?」


そして、そのまま、くるりと身体を捻って腹を見せて上向きになり、俺の顔を見ながらくーんくーんと泣き始める。


「な、なんだよ…これ」


「服従したようじゃな。主様よ」


後ろのシュリから声がかかる。


「服従って…俺はまだ何もしてないぞ」


「フェンリルは賢い生き物じゃ 主様の姿を見ただけで、格の違いと言うものを思い知ったのであろう」


まぁ、手間が省けたのはようが、なんだか肩透かしだな。


「フェンリルの様な犬系の生き物は、一度、服従すれば、素直で従順じゃ、なんでも言う事を聞くそうじゃ、主様、腹でも触ってみてはどうじゃ?」


 俺は、シュリの言葉に剣を収めて、フェンリルに近づき、その腹を撫でてみる。するとフェンリルは口を開いてへっへっへっとしながら、嬉しそうにしっぽを振る。体はでかいがこれは可愛いな。


「それで、素直で従順なんだよな?」


「あぁ、そうじゃが」


「なんでも言う事を聞くんだよな?」


「まぁ、フェンリルに出来る事であればじゃが…」


俺はフェンリルを撫でながら、シュリに質問を重ねる。


「では、フェンリルよ! 人の姿となれ!」


俺は、少し仰々しくフェンリルに命令する。


しかし、フェンリルはなに?といった感じの顔をしてしっぽを振っている。暫く待ってみるが、人に化ける素振りはない。


「おい、人の姿にならないぞ! どういう事だ!」


俺は、シュリを問いただす。


「主様よ、わらわにそう言われましても…」


シュリは眉をしかめる。


「フェンリルは人化できんのか?」


「いや、フェンリル程の高位の存在であれば、人化も恐らく可能であるが…」


シュリは少し首を捻る。


「ならどうして?」


「恐らくであるが、まだこのフェンリルは幼いのではなかろうか…」


シュリは顎に手をやり、少し考える素振りをする。


「幼い? という事は、このフェンリルは、こんなでかい図体をしているのに、子犬なのか?」


「主様よ、それを言うなら子フェンリルであろう。それよりも、わらわが言いたいのは、成体になっていないと言う意味の、幼いではなく。まだまだ、人生というか、フェンリル生を重ねていないと言う意味の、幼いじゃ」


シュリはすらすらと説明する。


「つまり、どういう事だ?」


「わらわも人の言葉や人化を覚えるには、相当な時間をかけた。それこそ、人の生が何度も終える程の時間じゃ、だから、このフェンリルは成体ではあるが、人の言葉や人化が出来る程、生きておらん若い個体なのであろう…」


「じゃあなんだよ…こいつはフェンリルでも、人の言葉や人化の使えない、ただのフェンリルなのかよ…」


くっそ! わんこ系の女が手に入ると思っていたのに… また、ハズレかよ…


 俺がそんな事を考えていると、フェンリルはしっぽを振りながら、クンクンと俺を嗅ぎまわる。そして、俺の下半身を嗅いだところで、くるりと身体を捻って表帰り、しっぽを巻き上げながら、俺に向かって尻を見せながら正座する。


「えっ? 何してんの? こいつ…」


 フェンリルはケツを見せる様に巻き上げたしっぽを振りながら、俺を見つめて、くーんくーんと甘えた声で鳴き始める。


「求愛行動じゃな、服従した相手で、強い存在である主様に、野生として優秀な子種を求めているのであろう…」


シュリが嫉妬を含んだ声で説明する。


「いやじゃぁぁぁ!! なんで俺が犬とせにゃならんのだぁ!!! ちょ! お前! そんな物欲し気な目で俺を見るなぁ!! 俺は絶対にやらんぞ! 人として越えてはならん一線だぁ!!」


俺は身動ぎながら叫ぶ。


「もう主様は、人として越えてはならん一線は軽々と越えていると思うのじゃがのう…」


こうして、俺のパーティーに新たにフェンリルが加わった…

まだまだ、俺の欲求不満の旅はつづく…




◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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