第04話 水で戻らんのか?

「本当にこちらの方向でいいんだよな?」


俺は前を進むハイオークに、確認の声をかける。


「へい、旦那。こちらで間違いないです」


声をかけられたハイオークは、卑屈な愛想笑いをしながら答える。


 俺達は今、森の獣道を徒歩で二日程歩いている。今、前を道案内しながら歩いているハイオークは、先日襲撃した駐屯地のボスだ。最初は情報を吐かせた後、殺そうかと思っていたが、どうやらこいつは魔族の補給部隊をやっていたらしく、様々な重要拠点についてしっていた。地図さえ持っていれば、殺せば済む話であるが、生憎、地図を持っていなかった。どうやら、地図から重要拠点が漏れる事を恐れた魔族側の上層部が地図を持たせていないらしい。しかし、そんな事を考えてもまさか、部下自身から漏れるとは思いもしないであろう。少し、魔族の上層部が気の毒である。


 だが、こうして歩いているのは、道案内をするハイオークが、空を飛んだり、加速魔法で疾走する事が出来ない為である。俺一人なら飛んだり走ったり出来るのであるが、それが出来なくて歩いている状況は、地図を持たせていない事はある程度有効なのであろう。


 しかし、もう二日かぁ~二日も経つのか… 昔の俺ならもう少し我慢出来たはず… でも、パーティーメンバーに手を出すようになってからは、毎日出来るので我慢する必要がなくなった。それがこんな所で響いてくるとは…


「…女だ…」


頭の中の考えが思わず口に出る。


「はっ?なんですか?」


俺の言葉にハイオークが振り返る。


「女だ。女が欲しい…」


問われたので、俺はそのまま願望を伝える。


「いや、腹減った飯くれみたいに、女が欲しいと言われましても… 旦那、ここは森の中ですぜ」


ハイオークは困惑した顔で答える。


「どうにかならんのか?」


「そんな事を言われても… そう言えば、この近くにサキュバスの里がありましたね…」


「サキュバス!サキュバスの里があるのか!!」


 サキュバスと言えば女性型の魔族で、その美しい姿で男を誑かし、その精気を吸いつくす恐ろしい存在だ。しかし、我慢の限界にきている今の俺ならどうって事はない。どうせなら、今後の為に気に入った娘を2・3人持ち帰りたいぐらいだ。


「今行くぞ! 直ぐ行くぞ! さっさと行くぞ!!」


俺はハイオークを急き立てる。


「へ、へい。ここからなら半日ぐらいの距離でやす。でも、いいんですかい?今向かっている先については」


「あぁ、魔人キサイトか、そんな奴いつでも殺せる! だかしかし、俺は今すぐ女が必要だ!」


「はぁ…分かりやした。こっちの方角です」


 俺は妄想を膨らませながら、獣道を進んでいった。サキュバスの里と言うぐらいだから、俺の元の世界の歓楽街みたいな所か? それとも昔の遊郭の様な所か? 場所の感じはどうでもよいが、サキュバスが一杯いるはずだ! 選びたい放題だ!

 そして、もしかして、もしかすると、レアなサキュバスの処女とかもいるかもしれん!!ちょっとこれはたまらんぞ! 男を垂らし込むサキュバスを、逆に俺が色々仕込んで俺好みのサキュバスにできるかもしれん!! 最高ではないか!!

 なんで、こんな重要な情報を吐かなかったんだ?このハイオークは!後でもっと情報を吐かせてみよう。色々な魔族の女について情報を持っているかもしれない。


 兎に角、楽しみだなぁ!! サキュバスの里! 早く着かないかなぁ~!!




「何これ?」


「いや、何これと言われましても、サキュバスの里…であるはずですが…」


眼前に広がる光景に、俺が疑問の言葉を口にすると、ハイオークが狼狽えながら答える。


 怪しくピンク色に輝くネオンに、甘いBGMと、ピッチピチの女の子達が行き交う街並み… そういうのを想像していたが、荒れ果てた街並みに、風吹けば倒れそうなあばら家…そして、行き交う人波は…


「カッサカサのババアばかりじゃねぇか!! どういう事なんだよ!」


俺はハイオークを問い詰める。


「いえ、あっしも話に聞いていただけで、実際に来たことがねぇもんですから…」


俺達がそんな風に騒いでいると、一人の干物になったサキュバスの老婆がこちらにやってくる。


「おやおや、久しぶりの客人だのぅ~ サキュバスの里にようこそじゃ」


「えっマジ、サキュバスの里なん?」


俺はババアに問い返す。


「あぁ、確かにサキュバスの里じゃよ」


「でも、なんで干物みたいにカッサカサばかりなんだよ」


俺の言葉にババアは視線を落とす。


「ここは人の領域より離れておって、戦況も押されている状態…男の精を吸えぬ、わしらはこんな姿になったのじゃ… 若い男の精を吸えれば、また再びピッチピチになれるやもしれん…」


 ババアはそう言いながら、チラチラと俺を見る。そして、街の中のババア達も俺達の様子を見て、集まってくる。


「ささっ、ピッチピチのわしらが見たいんじゃろ? なら、早う精を… お前の精をわしらに渡すのじゃ」


 今にも老衰で死んでしまいそうな、カッサカサになったサキュバスの老女たちが、瞳だけを異様に輝かせ、俺ににじり寄ってくる。


「こんななりをしておるが、昔取った杵柄、男を骨抜きにする技は衰えておらぬぞぉ~」


「しゃしゃ、手がいいか? 口がいいか? それとも胸がいいか? なんでもしてやるぞぉ~」


俺はその光景にうわぁ…と声を漏らし、ドン引きする。女は好きだが、ババアはお断りだ。


「おい、オーク」


俺はハイオークに声をかける。


「へい、旦那。なんでしょう?」


「お前が吸われて来い」


俺はそう言って、ハイオークをババアの前に蹴り飛ばす。


「ちょ! 旦那ぁ!!」


いきなり蹴られたハイオークは、ババア達の前に倒れ伏す。


「男じゃ!」


「しかもハイオークの男じゃ!」


ババア達が一気にハイオークに飛び掛かる。


「夢にまで見た男じゃぁぁぁ!!!」

「もう、離さんぞ! もう離さんぞいぃぃ!」

「見てくれい! わしはまだ、女じゃ! 女じゃぞ!!」


目の前で繰り広げられる悍ましい光景に、俺はマジでドン引きし、吐きそうになる。


「いや、やめてぇ! 乱暴しないで!! あっし、初めてなのに! らめぇ! そこは… そこにそんな事しないでぇ! いやぁぁぁぁぁ!」


ババアに襲われるハイオークの悲鳴が、サキュバスの里に木霊した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「うぅ…初めてだったのに… 初めてはお花畑で、白馬の馬車でやってきたお姫様と決めていたのに…」


 べとべとになったハイオークは、小さく身体を屈め、顔を両手で覆い、涙に暮れながら嗚咽を漏らしている。


「なんで、少女みたいな初体験を夢見てんだよ…」


俺はハイオークの言葉に、小さく突っ込みを入れる。


「穢れちゃった… 穢れちゃったよぉ~ もう、お婿に行けない…」


「なんで、お婿なんだよ…」


「え?知りたいでやすか? あっしらオークの童貞は、惚れた女の所に婿入りするのが習わしなんでやんす」


さっきまで泣いていたはずのハイオークが、素で説明する。


「聞きたかねぇよ! それよりも…」


俺は向き直る。


「なんでお前ら干物みたいなババアのままなんだよぉ!!!」


 俺は、ハイオークの周りに腰を掛けて、事を済ませて満足げな、干物のままのババア達に声を荒げる。


「ひやぁぁぁ、よかった」

「久しぶりの男はええのぅ~」

「心行くまで満足できたわい」


「精を吸えば、ピッチピチに戻るんじゃねぇのかよ!!」


俺は余韻に浸るババア達に怒鳴り散らす。


「ここはサキュバスの里と言っても、サキュバスの姥捨ての里じゃ…」


「姥捨ての…里?」


「そうじゃ、年老いて、姿で男を魅了できなくなった老いたサキュバスの里じゃ」


「じゃあ…精を吸っても…」


「ピッチピチには戻れんのうぅ~」


ババアはけけけと笑う。


「くっそ! 騙しやがったな! ババア!」


そうと分かれば、一秒たりともこんな悍ましい場所には居たくは無い。


「おい! オーク! 行くぞ!」


「へ、へい! 旦那!!」


俺達は足早に里の外へ向かう。


「若いの~ またくるんじゃぞぉ~ いつでも相手をしてやるから~」


ババア達の声が俺達の背中にかかる。


「二度と来ねえよ!!」


俺はそう吐き捨てて、サキュバスの里を立ち去った。




 



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