【第11章:解答編】

「犯人が分かった、であるか?」

 ハルマが問いかける。

「ええ、少なくとも実際に手を下したのが誰かは分かりました。」

 あさひが落ち着いた口調で言う。


「誰が犯人なの? あさひさん!」

「まあ、順を追って話しますので落ち着いてください。」

 セウがあさひを遮るが、あさひは手に持ったハンドアウトを掲げて冷静に続ける。

「この紙を取りに行く前、私は言いましたよね。アリバイのないまよるが犯人ではないのは『自殺』、『外部犯』、『複数犯』という3つの可能性を無視していると。これについて個別に説明させてください。」


「まず『自殺』について。これはさきほど、神谷ねこさんが指摘した通り、撃たれてからハンドアウトを準備する必要があり、元から可能性は薄いです。そして私の推理でも『自殺ではありません』。」

「自殺じゃないってなんで確信を持てるの?」

 あさひにしあんが問いかける。

「あー…、これはちょっと答えるのが難しいんですが、『自殺じゃないから犯人を絞り込んだ』のではなく、『犯人が分かったから自殺じゃないと確信した』んです。万が一に自殺だとしても犯人は目の前でその現場を見ているはずです。」

 少し困り顔であさひが答える。

「…つまり、誰かが殺人現場にいた証拠を見つけたってこと?」

「まあ、おおむねそんな感じですね。」

 しあんとあさひがそうやりとりする。


「次に『外部犯』について。これについて可能性はゼロとは言い切れないですが、私の推理では『館の内部の人間だけで犯行は可能でした』。いてもおかしくはないですが、根本的に必要がないので恐らくいないんじゃないでしょうか。」

「さっきから、なんだかはっきりしない話だね。」

 愛州があさひの言葉に眉をひそめながら言う。

「まあ仮に外部犯がいたとしても、『内部のうち1人は犯人』って思ってくれればそれでいいです。大事なのは『この中に犯人がいる』って事実の方なので。」


「最後に『複数犯』についてです。さきほどの外部犯についての話でも軽く触れましたが、今回の殺人は『単独でも可能です』。」

「ちょっと待って、『自殺』でも『外部犯』でも『複数犯』でもないってことはー、『アリバイのないまよるさんが犯人』ってコトじゃん!!」

 カリナが叫ぶ。

「そこがこの話の大事なところで、実はそういうことにはならないんです。」

「でも、それってあさひちゃんが言い始めたことでしょ!?」

 こむぎがあさひに反駁する。

「そのとおりです。しかし『複数犯』の可能性があると言ったのは『複数人で共謀してアリバイを作れるから』であって、単独でも他人を騙してアリバイを作る手段があれば話は変わります。」

「…ハンドアウトの指示ってこと?」

 ねこがあさひに問いかける。

「…そう、犯人はハンドアウトの指示で人を騙し、自分のアリバイを確保して犯行を行いました。」


「つまり、我々の中の誰かが犯人の意図する通りに動くよう騙されていたということ、であるか?」

 ハルマがそう問いかける。

「いえ、別にここにいる皆さんは騙されていません。」

「…ハァ!?」

「いやいや、どういうこと!?」

 予想外のあさひの返答にハルマとこむぎが戸惑いの声を上げる。他の皆も混乱している様子だ。


「ここにいる皆さんの他にハンドアウトを渡された人物が1人だけいるじゃないですか―――。」

 あさひが周囲の全員をぐるり、と見渡す。


「―――『被害者』という方が。」

 あさひはそう言うと被害者の部屋で見つかったハンドアウトのうち1枚を見せる。下の端が少し破り取られて読めなくなっているものだ。


 【役割:犯人】

 【君は主催者であり犯人だ。君は最初にこの館に来てもらうことになる。君の部屋からは大ホールの隠しカメラの映像が見える。10人の参加者が揃い準備ができ次第、部屋にあるスマホから音声を再生したまえ、スマホは無線で大ホールのTVのスピーカーと繋がっている。その後は部屋に籠もっていることだ。やがて被害者が君の部屋を訪れ、凶器をプレゼントしてくれ】


「この破り取られた部分、せいぜい1か2行分でしょうが、ここに書かれた指示で犯人は自分のアリバイを確保しつつ被害者を殺害することが可能になったのです。騙された本人は死んでいるので口封じも完璧ですね。」

「でも、たったそれだけでアリバイの確保が可能な人なんている? ここの皆はまよるさん以外誰かと行動してたよね?」

 セウがあさひに問いかける。

「いえ、まよる以外にも1人で行動していた人ならいます。」


「ですよね、猫崎ヨルさん?」

 あさひがヨルを指さす。


「…え!? おれちゃんずっと部屋にいたよ!?」

「はい、ですからまよる以外で1人で行動していた唯一の人物、それがあなたです。」

 困惑するヨルにあさひが続ける。


「ちょっと待って、ヨルちゃんが部屋から出ていないのは大ホールにいたぼくが見てるよ!」

「部屋から大ホールには出ていません。被害者の部屋への侵入はベランダからです。」

 言い返すしあん、それに答えるあさひ。

「いや、それでも非常はしごのハッチは下からは開かないんじゃないの?」

「そうだよ! おれちゃんが自分で確かめたもん!」

 しあんとヨルがさらに反論をする。


「あー、だから『上から開けた』のか!」

 今までおしだまって考え込んでたまよるが何かに気づいたように言う。


「そう、簡単なことです。被害者のハンドアウトに一言『主催者との話し合いのため、非常はしごのハッチを開けておくこと』と書いておけばいい。そうすれば被害者が勝手に上からハッチを開けてくれます。」

「犯行後はハンドアウトの指示部分だけ破って持ち去って、下に戻る時にハッチを閉めればアリバイの完成!」

 沈黙する周囲の中、あさひとまよるが2人で説明する。


「…でも、おれちゃんじゃなくてもできるじゃん! あさひとまよるが殺しておれちゃんに罪をなすりつけようとしているんだよ!」

 ヨルが反論する。あさひはにこり、と少し微笑むとヨルを覗き込んだ。

「ヨルさん、実は逆なんですよ。『こういうトリックが使えるからヨルさんが犯人だと分かった』んじゃなくて『ヨルさんが犯人だと分かってたからそこからトリックを導いたんです』。」

「…ハ?」

 あさひの思いもよらぬ返答にヨルが困惑する。


「ヨルさんは『銃声がずっとパンパン鳴っていた』と言っていましたよね?」

「…そうだよ、それで遊戯室からなんだーって皆で納得してたじゃん。」

 あさひとヨルが先程の全員のハンドアウトを見せあった時のことを振り返る。

 するとあさひはくるり、と振り返り全員に向けて言う。

「はい、それでは、銃声を聞いていない方は手を上げてください。」

 皆困惑しながらもおずおずと手を上げるのが4名。

 しあん、セウ、カリナ、ハルマだ。


「この4人の共通点、お分かりでしょうか。」

「―――そうか、『ずっと1階にいた人』。」

 あさひの問いにまよるが答える。

 あさひが再度ヨルの方を向き直り続ける。

「『銃声を聞いていないのか』としあんさんが問いかけた時、カリナさんは『そんな音していたんだ』と聞こえていないようでした。にも関わらず同じ1階にいたはずのヨルさん、あなたは『ずっとパンパン鳴っていた』と言っていた。これがおかしいんですよ。」

 あさひが畳み掛けるように言う。

「ヨルさん、あなたが2階にいたことはこの発言だけで十分証明できるんです。そして、しあんさんとセウさんに部屋から出るところが目撃されていないあなたが行ける2階の部屋、それは真上の被害者の部屋です。」

 

「あなたの証言には嘘があり、被害者の部屋に入っていた。これで私はあなたが犯人だと確信し、それからどうやって上に登ったのかを推理したのです。」

 あさひが続ける。

「もし返り血を浴びていればあなたの荷物にその血がついた荷物があるかもしれない。遊戯室から部屋まで銃声が聞こえるか試してみてもいいですね。しかし、あなたが罪を免れるのに足る要素が何かあるとは思えへんのですが、いかがでしょうか。」

 まよるがヨルに問いかける。


「…ふふ、あははは、あさひ、まよる、よーくわかったね! そう、おれちゃんが犯人だよ!」

 ヨルが豹変したように両手を大きく広げ笑い出す。

「なんでこんなこと…?」

 こむぎが問いかける。

「招待状にも書いてあったでしょ、これはゲーム、ゲームだよ!」

 ヨルは明らかに正気ではないように見える。全員がたじろいでいる。


「それじゃあ、見事にゲームをクリアした皆様におれちゃんからプレゼントだ!」

 そう言うとヨルはいつの間にかに手に持っていたスマホをタップした。瞬間、館の全ての照明が消え、周囲が暗闇に閉ざされた。

「じゃあ、まったねー!」

 皆が驚き動けない中、何者かが走りドアを開ける音がした。

「待つのである!」

 ハルマが急いで追いかけようとするが、暗く手探りで玄関にたどり着いてドアを開けた時にはもうヨルの姿は影も形もなくなっていた。


「…まあひとまず、あとは警察に任せましょう。明日迎えが来る後になるとは思いますが…。」

 あさひが言った。


 館での殺人事件はこうして幕を降ろしたのだった。

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