【第8章:疑念】

「違う、私じゃない!」

 周囲から疑いの眼差しを向けられたまよるが焦りに任せて感情的に叫んだ。

「分かってる! 信じてるよ!」

 あさひがそれに答える。


 犯行現場のある二階で単独行動していたのはまよるだけ。

 他の面々は犯行時刻にそもそも2階に上がっていないのが大半、上がっていてもまよる以外は複数人で行動していた。


「でも…わかんないよ…。」

 あさひがそう呟く。

「ワカんねぇってことはねーだろーよ。まよるが犯人で確定だろうし、なんならおれちゃん達はあさひのことも信用できないって…。」

 ヨルがあさひとまよるをじとり、とにらみながら言う。他の面々も2人に疑いの眼差しを向けている。


「…いえ、確定してないから『わからない』んです。」


 あさひの言葉に皆が眉をひそめる。

「えっとー…、それってつまり他に犯人がいるかもしれないってコト?」

 カリナがあさひに問いかける。あさひが頷く。

 場が少しどよめく。

「…説明しましょう。まず、『まよるが犯人であること』はいくつかの仮定に基づいています。」

 あさひが語り始める。


「まず第一に『自殺ではない』という仮定です。口に紙を詰めて自殺した可能性は否定はできません。即死でなければ背中の紙を自分で用意することもできるかもしれません。」

「銃に撃たれてから色々準備するのはちょっと無理じゃない?」

 ねこが反駁する。

「もちろん、そうですね。私も可能性としては低いとは思います。しかし、状況証拠だけでこの中の誰かが犯人であるということを確定まではできない、ということは言えると思います。」


「第二に『外部犯ではない』という仮定です。つまり、『犯人はこの中にはいない』。」

「ちょっと待って、ぼくは誰かが玄関から入ったりしてるのも階段登るのも見てないよ!」

 ずっと大ホールにいたしあんが言う。

「確かに、玄関から入って部屋までたどり着くことは不可能でしょう。見たところ、ベランダを登って侵入することもかなり厳しいと思います。」

 あさひが頷きながら窓の方に視線を向けて言う。

「ですが、『最初からこの部屋にいたら』、どうでしょうか。最初からこの部屋に被害者と犯人がおり、殺害後、ベランダのハッチから下に降り脱出した可能性は否定できません。」

「それだとずっと部屋にいたおれちゃんが気付くでしょ!」

 真下の部屋のヨルがそう反論する。

「そうとも限りません。」

 あさひはそう言いながら部屋にあるディスプレイの電源をつける。どうやら大ホールのテレビの付近にカメラが仕掛けられているらしく、大ホールとその奥にある階段がよく見える。被害者のハンドアウトに書かれていた隠しカメラの映像だろう。

「午後4時になれば全員がこの部屋に来るようにこのゲームはなっていました。殺害後、このディスプレイでヨルさんが部屋を出て階段を登るのを確認し、非常ハッチを使えばそのまま脱出可能です。」

 皆がはっ、と息を呑む。


「そして、第三の仮定…、これは言いにくいのですが、『複数犯ではない』という仮定です。」

「この中の誰かが共謀して家主を殺したということであるか?」

 ハルマが問いかける。

「外部犯と組んでるパターンもありえますが、まあそういうことです。」

「でも、ぼくが見てた限りではこの2階に上がったのは5人だけだよ。その人達以外は無理じゃない?」

 しあんがそう言った。5人とはつまり、あさひ、まよる、愛州、こむぎ、ねこだ。

「確かに、まよる以外で内部の複数犯となると私を含めた遊戯室にいた4人が共謀している可能性はあります。」

 あさひが頷く。

「しかし、これはしあんさん、それとセウさん、お二人の証言が正しい前提です。」

「…つまり、ぼくたち2人が共謀して家主を殺したって言いたいの?」

 しあんが怪訝そうな目であさひをにらむ。セウも不安そうだ。

「…そうとまでは言いません。他にも可能性はあります。たとえば、この部屋と同じような非常用のハシゴが他の部屋にもあるとしたら…。」

 あさひが再度、窓の方を振り向く。

「2階に自室があるハルマさんがあらかじめアトリエあたりのハッチを開けておいてから1階の食堂に行き、カリナさんと共にハシゴから2階に登って犯行を行うことも可能ですね。」

「わたし!? 無理無理そんな頭回らないよー!!」

 カリナが手をぶんぶんと横に振りながら言う。


「…というわけで、外部犯含めて色々可能性があるので犯人を決めてかからない方がいいというのが私の意見です。」

「まあ妥当だね。」

 愛州が同意する。

「現場の状況から、犯人は皆さんにマーダーミステリーの役割を用意した人間である可能性が高いです。つまり、それを通じて皆さんの行動を予測やコントロールできた可能性があります。」

 あさひはこう言いながら、だからこそアリバイのないまよるが犯人ではないはずだ、と自分に言い聞かせた。

「ですので、一度役割のハンドアウトを見せ合うのはどうでしょう? 部屋に置きっぱなしの方も多いと思うので一度取りに戻って大ホールに集合するということで。」

「なるほど~、私はそれでいいよ~。」

 ねこが同意する。

「でも、犯人がその間に逃げたらどうするん?」

 ヨルが問いかける。

「この中に犯人がいて逃げたのなら、明日迎えに来てから警察に相談してそれで解決です。外部犯の場合でもどちらにせよ明日警察に相談することになることは変わりません。」

「どちらにせよ警察に任せるのであれば、結局おとなしくしていた方がいいのではないであるか?」

 ハルマがあさひに言う。

「いえ、犯人がゲームの役割を通じて我々の行動をどうコントロールしようとしていたことが分かれば、お互いの疑いが晴れていくと思うんです。誰が犯人か解らないまま1日待つのは気が疲れますから。そういう安心のための提案ですね。」

 あさひが安心させようと少し笑顔を交えつつ言う。ハルマは、そういうものであるか、と言いつつ一応納得したようだ。


 こうしてその場は一時解散となり、各々自室へ戻っていった。

 自室へ帰る途中まよるがあさひに話しかける。

「その…かばってくれてありがとね。」

「いや、私も解らないことだらけで、その…ごめん。」

 言った後2人で少しはにかむ。

「でも、あさひさん的には犯人は誰やと思う? やっぱり外部の人?」

「んー…、さっき皆の前で言ったとおり、今の時点ではなんとも言えないかな…」

 でも、とあさひは続ける。


「あの中に嘘をついてる人は見つけたよ。」

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