第五話 神隠し

『しましまちゃとらねこ』そう言い着物の女は白い手を振った。繊細な細い指が気になった。冷たそうだ。振った理由としては「よろしく〜」とジェスチャーしたつもりだろう。ニッコリと満足げに帰っていった。夕暮れまでに探す約束をした。速さが売りなので。

猫の気持ちなど知らない、知らないものの幸い猫は見つかった。小説などには、狭いところが好きなど、そういうことが書かれていた。路地裏に入る。見た目ですぐ分かった。

「ははっ、おまえ苦労してないなぁ……」

言われた特徴以外にも太々しい顔のいかにもボンボンと思わせる猫で俺は確信した。毛並みは良く手入れが行き届いてるのも飼い猫であるからだろう。

「俺の手の届く範囲に居るならそれでいいさ。」そうであれば、助けることは容易い。猫を持ち上げる。「にゃー」と鳴いた。言わずもがな可愛らしい。

初仕事なんだ。滑っちゃいけない。

寄り道することなく、依頼人の月に猫を届けた。月を駅まで見届けた後、俺は帰路から外れ寄り道をしていた。

時刻。時計の針は夕方という意味合いの数字を指していた。

冬に近い秋だからだろうか、辺りは薄ら暗く街灯が欲しくなる。こんな暗い景色は星が照らすまでもっと歩いていたいところだ。

「それにしても妙だな。」俺は見回す。

夜を好む。散歩がてら風を食む。ただ今日の空気はいつものそれと勝手が違う。

異質すぎる。歩いていても星は現れない。

人気のない道。とうに朽ち果てている。それを隠すように真っ白な煙が辺り一面を包んでる。霧だ。進めば進むほど濃くなる。

「幻術か?盗人でも隠れているのか。」

霧に纏わりつかれ山道についた。視界が悪く、足場も悪い。

ここは熊や霊達、いわば人ならざるものの住処。なのにここにそれらがいないことはおかしいことだ。

「何か危険を察知して、身を隠しているのか?」

山道なら霧が浮かんでもおかしくないが。些か濃すぎる。

霧といえば師に聞いた話があるな。西洋のとある国の話だ。

師曰く、その国には蒸気機関なるものが発達していて移動などにも用いるらしく、そのおかげで貴族達は割と高水準な暮らしという話だが、有害な蒸気のせいでスラムの人々には、とんでもない格差が広がっていると聞く。

格差社会はその西洋の国だけの話じゃないさ。帝都にも格差社会は存在する。身分の違いとかでそういうのは生まれる。ただ努力さえすれば、それなりの地位は割と就ける。

そういう文学を広めた人がいた。

俺はまだ一人で食っていける術はあれど、いつ帝都が不景気になり、職が揺れ動くか分からない。それはどの帝都市民も同じだ。師匠はどう動くのだろうか。

……きっと悩み抜いて、戦場で人助けのため走るのだろうな。なら俺はそんな彼を追って、戦場を駆け抜けるのだ。

「まあ、それについて焦るのは少し速すぎるかもな。」

山道を歩き5合目まで来た頃だ。何か無機質が蠢く音は聞こえるものの、一向に姿は見えない。西洋の蒸気機関と照らし合わせれば合点が行くもののなぜそれがこの山道に存在するかは分からなかった。霧の謎と夜は深まる。

何もかも隠すヴェールの中、機械の駆動音が聞こえた。

歯車仕掛けの怪物。鉄で構成された甲冑。ただ洗練されたというにはあまりにも、血塗れている。

「これが正体か……。」

霧はそれを覆い隠すがための神隠し。

霧の中視えるもの。

起動の合図の紅い閃光が、凶悪に光った。

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