オマケ

閑話 スロのアイスクリーム その①

(スロの素敵なイラストをいただいたので、嬉しくて浮かんだアイスクリーム話です。いつもスロを愛でてくださる皆さま、ありがとうございますー!!)


 


 八月。北欧の国スオミといえども、日中の気温が三十度近くまで上がることはざらにある。

 海沿いを拠点とする海軍部や、哨戒で気温の低い高度へと向かう飛行部隊と比べ、地上で火器の類いを扱う陸軍部の日常はとにかく暑い。

 さらには格納庫、そして戦車用に広く整えられたコンクリートの地面は熱がこもって非常に暑いときた。


 むさ苦しく、人間的にも激熱な野郎どもの集まりでもあるこの陸第4中隊も、例にもれず灼熱のコンクリートの上で滝のような汗を流しつつ、訓練に戦車の整備にと各々励んでいたところだ。


「スローっ!! 次はこっち頼む!」


 戦車の最上部にあるハッチから身を乗り出すように、中隊の兵が声を大にして手を振っている。数秒後、真夏だというのに雪がチラつき、ふわりと何かがその戦車の装甲の上に降り立った。


「ん、きたよ」

「助かったぜぇスロ! ちょっとそこ座っといてくれねーか?」

「ん」


 突如現れ、促されるまま戦車の車長席にちょこんと座るのは、雪の妖精——ではなく、この北欧連合軍第13師団の陸軍部に所属する狙撃兵スロ・ハユハだ。


 152センチという兵士にしては小柄な身体と、真っ白な髪と肌、そして銀色の大きな瞳。この夏の気温の中でもふんわりしたケープコートを着ている姿は、どこからどう見ても童話に出てくる雪の妖精である。


「ぼく、てつだう?」

「いや……ひとまずそのままで! いやぁ、マジで助かる! いつもありがとうなぁ!」

「……」


 ニコニコと戦車兵たちが再び各々の作業に集中し始める中で、スロは暇そうに足を上下させていた。

 本人としては、ちょっとでも皆の役に立つのなら機銃や主砲のメンテナンスに参加してもいい気持ちなのだが、そこにいるだけで車内が涼しくなるスロには「居てくれるだけでいい」と誰も作業をやらせようとしない。

 実際——小銃や短機関銃サブマシンガンの扱いには誰よりも長けているスロだが、いかんせん普段ぽやんとしている印象が強いのと、小さい身体では届かないだろうという地味な気遣いで、ほとんど戦車のメンテナンスには関わったことがない。

 何より、空気のこもる戦車内だ、ぶっちゃけ涼しくなるならそれだけで万々歳なのである。


 背中にいつも背負っているモシンナガンを膝の上に置き、ハッチから覗く空を見上げる。


(皆暑くて大変そう……)


 別段、自分が冷房がわりにこの場所に呼ばれていることについては何とも思わない。次の声が上がって「ぼくいく、だいじょうぶ?」と聞けば、「サンキューな、また頼むわ」と逞しい手に頭を撫でられた。

 そうして半日ほど、トテトテと格納庫や周辺の戦車をスロが巡るのも、夏ならではの見慣れた光景になりつつあったのである。


「おう、スロ。もういいのか」

「ん、皆メンテ、おわった」

「そうか」


 格納庫横のスペースに簡易テントを張り、そこで誰もが引くレベルのアクロバティックな筋トレをしていたのは、スロをこの軍に引っ張り尚且つ親代わりとして十代の頃から面倒を見てくれているアルベルト・ルネ・ユカライネン大佐である。

 重さ10キロ以上はあるプレートを背に乗せたまま、腕立て伏せをしている大佐の横に、スロはそのままちょこんと座る。


 192センチの大男でもある大佐は、この中隊、ひいてはこの13師団の実質的なトップといっても過言ではないほどの実力者である。

 何でそんな幹部クラスの男が、格納庫横で一人筋トレに勤しんでいるかというと……この男、最前線にいの一番に飛び出して行くのが常であって、異能力者ばかりのバケモノ部隊の中で、唯一の非能力者。そう、己の身一つで闘うTHE・脳筋隊長なのである。部下からすれば、頼もしいがやめてほしいことこの上ない存在でもある。実際、彼の実の弟であり、飛行部隊第8中隊の中隊長であるスティア・イッル・ユカライネン大尉は、空軍部であるにも関わらず上層部の呼び出しがある度に「兄は今……最前線におりまして」と何とも言えない笑顔で説明する事を毎度余儀なくされていた。


 そんなユカライネン大佐の下で、特定の部隊に所属しないスロは、影に日向に、時には大佐のボディーガードとして日々闘っている。


「そうだスロ、いいものがあるぞ」


 筋トレに一区切りついた大佐が立ち上がり、奥にあったクーラーボックスに近づいていく。


「ほれ、好きなのを持って行っていいぞ。トモダチと食べるといい」

「わあっ」


 そこにはカップのアイスクリームが、ずらりとドライアイスとともに並べられていた。今の世の中、アイスクリームはなかなかの贅沢品ではあるが、きっと財布係も務めている副隊長のトーマスがOKをくれたのだろう。

 あまり顔には出ないものの、スロは手に持てる分だけのアイスクリームを抱えて幸せそうにしている。


「パピ、たべる?」


 そのうちの一つ、コーヒー味のアイスクリームを差し出しながらユカライネン大佐に聞けば、大佐はその大きな手でスロの頭を撫でつつ、力強い笑顔で答えた。


「いんや、奴らはこれからアイス争奪腕相撲大会といってもらおう。なぁに、グスタフもいる。奴はお嬢のために絶対アイスは譲れんだろうから、面白いことになるぞ」

「わぁお……」


 戦車兵たちが恐れをなして棄権しそうだなぁと思いつつ、スロは差し出された紙袋に幾つかのアイスクリームを詰め始めた。


「パピ、わけっこ、いい?」

「ああ、構わん。そりゃお前さんのだ、好きにしろ」

「ん、ありがと」


 嬉しそうにスロが微笑み、アイスクリームの入った袋をぎゅっと抱きしめる。

 真夏の景色の中に、ほんの少し雪が舞い、いつのまにかその姿はテントからかき消えていた。

 自分のそばを片時も離れることのなかったスロが、最近はトモダチができたとほんのり楽しそうに出かけていくことがある。小さな変化だが、少しまだチラつく雪を見つめる大佐もどこかしら嬉しそうだ。


「大佐、あんなこと言って……。しかもアイス一つにグスタフ隊長が本気になったら兵が引いてしまいますって」

「構わん、その時は俺が相手をしてやるまでだ」

「……」


 そうじゃないんだよなぁ〜と眉間を押さえたトーマスを尻目に、「おい! 休憩時間だ、莫迦どもぉぉおおおお!!!」と大佐がお決まりの檄を飛ばし、第4中隊の地獄の腕相撲大会が始まったのであった——。 

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