【番外編】魔女の聲 [後編]

 母国語の怒号が、助けすら呼べない地下室に響き渡る。それは、温情とも一切無縁の、ましてや女性に対して振るう手つきの一切の指南書にも想定されていないレベルの殴打の音を搔き消すほどの煩い音だった。


 ぱちんっ——。


 せめて、理解はできていなくとも。この汚い言葉が彼女の耳に届かないことを願ってランピールは指を鳴らす。


「トト、無事かい」

「見りゃわかんだろ、俺は全然、問題はそっちだ」

「さす……がに、死ぬかも、しれな、い、なぁ」


 広報兵だったコスケラの正式な転属が通達されて数日が経った。事実上、ランピールへの脅しが一つ使えなくなったことになる。

 ここでタイミングの悪いことに連邦の戦車隊の進軍情報と交戦中の二個戦車中隊と歩兵大隊がほぼ壊滅、ドロシーの乗っていたステルス爆撃機を我が軍の武器とすべく……と気の急いた上層部の苛烈な尋問がスタートした。


 止めるな、と彼女は言ったが。「無能」と言われ蹴り倒され散々殴打された自分よりも、彼女への暴力はもはや常識を逸したもので。

 このままでは止血死するか、内臓が破裂して死んでしまう、流石に止めなくては……そう起き上がろうとすれば。無言のまま見つめる群青と血で染まった銀が、ランピールの行動を静止する。


「ばか、だなぁ。そんな顔をするな」


 脳への干渉で神経伝達系に異常を発生させ、痛覚は失われて久しい。それも、万が一高射砲を喰らって腹に穴が開こうが死ぬ直前まで爆撃を継続できるようにだそうだ、と彼女が告げた時ランピールは心底嫌そうな表情をしていた。

 わからない。話したのは記憶の底にある数々のこれまで読んだ物語の事と、謎かけを出した事。機密事項についてはお互いに暗黙の了解とでもいうのだろうか、全くもって話もしていなかった。


 少しだけ、人間らしいことをしたかったのかもしれない。恐らく、彼女もそうだったのだろう。その本心はわからないけれど。

 だけど、当たり前の明日が今日も続く保証なんてどこにもなかった。それを少しだけ、ほんの少しだけ忘れてしまっていた。


「わたしは、悪い魔女だから。建物に潰されて死ぬぐらいがちょうどいいのかも、しれない」


 ウヒュヒュヒュ、と彼女は。精一杯の力を込めて嗤い、一言だけ「ごめん」と呟いた。


「は?」

「っっ聞いているのか貴様ァア!!」


 無音だった世界に、怒号と激しい痛みが舞い込んでくる。

 自分が持ち上げられ、殴り飛ばされたのだと気づくのに数秒かかった。


「何の成果も挙げられん腑抜けが、女にうつつを抜かしたか!」

「……どうとでも言って、ください」

「このっ……」

「彼女は一切の痛覚を破棄した身体……です。暴力に訴えた手段は、自分は、無効だと判断したまで、で」

「口答えをするなァッ!!」


 殴られた衝撃で、後頭部を壁にしたたかに打ち付けた。

 あっ、これはまずい。意識が……そう思った時には再び身体を持ち上げられていて。


「そんなにこの女が好きならば、望み通り。最後に抱いてやればいいだろう」

「は……なに、を」


 抵抗しようにも、身体の自由はきかなくなっていた。

 焦点がかろうじて合いはじめた視界の中で、ドロシーの着ていた衣服はズタズタに裂かれていて。

 そんな、やめろ、彼女の身体を拷問具として扱うな、俺は、俺はどうなっても……いいから。


 軍服を脱がされかけ、意識を戻すために、少女の上に乗せられる前にと渾身の力で床に這いつくばり身体の下に指を置いて思い切り捻る。ぼきりと嫌な感覚がした。


 あっ——。


 痛みとは別の感覚で、意識が明瞭になる。

 すぐそばに痛々しく転がされていた、その少女の顔は。

 自分の意識が一瞬で冷め切って冷静になってしまうほどに。初めて悲痛に歪んでいたからだ。


(なんだ、お前、本当は俺のことそんなに嫌いだったんじゃん)


 憎悪とも苦痛とも、絶望とも判断のつかないその表情でこちらを見ていた彼女が、すっと目を逸らすと。その血濡れの唇が、綺麗な発音でスオミの言葉を発した。


「醜きマヌケな氷河の豚どもめ、わたし一人を殺し損ねている間に。全員が死ぬぞ」

「こい……つっ!!」


 怒りで我を忘れた上官が発砲する前に、地下室に轟々とした音が響き揺れ、連絡兵が血相を変えて駆け込んできた。


「空襲です! 爆撃機が八機、編隊で飛んできています、急ぎ避難をっっ!!」

「なんだと……!?」


 うヒャヒャヒャ!! と、どこにそんな余力が残っていたと思う声量で、ドロシーが嗤う。


「祖国よ! わたしはここだ! 迎えに来るがいい!! この基地の中央、人民もろとも破壊してくれよう!!」


 こいつ、発信機でもつけてるのか!

 狂ったように嗤う彼女に向けて数発の銃声が浴びせられ、それが急所に着弾したかどうかを確認する前に、物凄い振動と爆撃音に辺りが襲われる。


「シェルターに! 避難を!!」


 事情を知らない連絡兵にランピールは担がれ、地下室の扉の方へと向かう。


「ドロシー!」

「いけ、もうこっちを……見ないで、くれ。顔も、見たくないんだ」


 ヒューヒューと、肺に穴が空いたような音が混じる声が聞こえた。

 だけど、彼女はもうこちらに視線を寄越すことすらなく。


「ふざけんな! お前、ここの情報をまさか……」

「犬が少々厄介で、な。気分を、悪くするほど悩まされたが……無垢な、よわ……虫の、ボウヤで、よかったよ」

「もう無理です! 軍曹、あれは置いていきましょう!」


 ガラガラと倒壊をはじめた地下室から外に連れ出されると、頭上には鉄の塊がただこの地上の生き物を殲滅せんと、圧倒的な兵力を持って爆弾を雨のように降らせていた。


 爆風で投げ出されて、地面を転がる。裂かれた服の隙間に何かの破片が入り込み、皮膚を裂く感触がした。

 基地が、上層部の執務室が、まるで砂の像を崩すかのように粉々に散っていく。執拗に繰り返される鉄の雨の掃射は、特に——。


(えっ、どうして……)


 執拗に攻撃を受けて倒壊していくそこは——先ほどまで自分がいた地下室のある建物だったのだ。

 そして、格納庫。彼女が乗っていたステルス爆撃機の保管されていたその場所が、徹底的に破壊されていく。


 熱と、煙と、風に煽られて。痛みが殴打のものか、今しがた受けた傷なのかもわからないまま。ランピールはその場に倒れ伏す。

 最後に見えた空は、煙の向こうが驚くほど青く澄んでいて。何故か彼女のあの目を思い起こさせた。


 その中を、すうーっと赤い機体と、それに続いて祖国のそれであるシャドウブルーの戦闘機が駆け上がっていく。


(俺も、空が飛べたら。違ったのかな——)


 空から、人の命を奪う為だけの鉄の塊が落ちてくる。

 スローモーションに見えたその鉄の雨を何か黒い塊が遮ったように見えた。

 それが何なのかを確かめる間も無く。急速に体温が奪われていく感覚の中で、ランピールは意識を手放した。




***





「ヘミ! ヘミ! しっかりしろ!」


 応急処置用の痛み止めの注射が打たれた感覚と、懐かしい声にランピールの意識は呼び戻された。


「エイ……ノ?」

「ヘミ! よかった! まだ動いちゃダメだよ」

「なん……でお前、ここに」

「第8中隊と……って説明はあと。とにかく、治療しなきゃ、なんでそんなにボロボロなんだよ!!」

「うっせ……」

「無理すんなって言ったじゃん!」


 空爆で命があっただけ儲けモンだろーが。そう答えれば「違う!」と、親友にしては珍しく語気を強くして怒鳴られた。


「なんでそんな、辛そうに。泣いてるんだよ、心が血だらけだよ! 酷いなんてモンじゃないんだ、今のヘミは」

「お前こそ、泣くなって」


 頭の痛さに視線を上げて、ふと異変に気付いたランピールは顔を顰める。


「誤作動か、格納庫に保管してあった一機が飛び出したんだって。本当轢かれなくてよかった……偶然、砲弾もこれに当たってヘミには当たってないんだ」


 コスケラの言葉で理解が追いつく。ランピールの頭上を覆うように、傾いでそこに鎮座しているのは。

 爆撃で修復もきかないと一目で分かるほどにボロボロになっていたのは。


「ドロシー!?」


 痛み止めが効いたからか、ガバリとランピールは身体を起こし、親友が止めるのも聞かずによろよろと走り出す。

 彼を空爆からまるでかばうかのように、そこに穴だらけで崩れていたのは——連邦のステルス爆撃機だったのだ。


「ドロシー! ドロシー!!!!!」


 喉から血が出るほど叫び、瓦礫を手で退かしていく。

 地下室のある諜報部の建物は跡形もなく倒壊していた。


「ウワァアアアアアアア!!! 待てよ! ふざけんなよ!! なんなんだよお前!」


 細かい瓦礫が指に食い込み、血が溢れてくる。

 無我夢中でコンクリートの塊を手でかき分け続けた。


「手を貸そうか?」


 過呼吸になりそうなほど、頭が混乱して返事もできない。

 そのままコンクリートの隙間に手を差し込むランピールの血だらけの手を、白い手袋に覆われた手がそっと止めるように包み込んだ。


「あっ、あっ、恩人が、恩人がここに生き埋めに!!!」

「承知した、お前は下がってろ」


 軍人にしては嫌に細く見えるフライトスーツに身を包んだ人物が、そっと片手で自分の身体を退かした。何やら息を吐き、思い切りその手を瓦礫に突くと、地面を覆うほどの瓦礫が四方に散っていく。


「鉄の扉が支柱になっていて、無事な部分がある。待ってろ、今退かすから」


 本来、パイロットが災害救助をするなんて見たこともなかったのに。目の前に現れた人物は瓦礫を器用に弾き持ち上げスペースを拡げていく。

 後から来たもう一人が、その地下のスペースを何かの能力で拡げ、鉄の破片をこれまた器用に自身に寄せては放り投げていく。

 後ろでコスケラが自分の身体を支えながら何事か叫んでいた。倒壊音と指示が飛び交う中、一つ担架が地下に運び込まれていく。ありとあらゆる情報が聴こえてくるのに、ランピールはそれを判別できるほど、もうまともな思考がほとんどできていなかった。


「おい、コスケラ。その子をこっちへ」

「は、はい! メイヴィス准尉!」


 最期の挨拶くらい、二人きりでさせてやれ。そう耳から入ってきた音声は、ここ最近聴いた声の中でも一番優しい響きをしていた。




***




「悪い魔女のまま、死なせてすらくれないの? トト」

「……悪い魔女が、犬に傘なんて貸してくれねーだろ」


 バレちゃったか。と彼女は笑った。


「せめて『箒』と言ってくれないかなぁ」


『捕虜は、反逆者に同じ』それが連邦のルールだとは初めて知った。

 あの時、爆撃機の接近を察知した彼女は、それが自分を迎えに来たものではなく、葬り去るものだと知っていて。だからあんな演技をしたというのか。


「嘘つき……」

「痛覚を失くしとくのも考えものだね、最期にまさかネタばらしの時間まで与えられるなんて。神罰かな?」

「最期なんて」

「トト、初めてわたしに触れたね」


 内臓の損傷が激しく、シートに包まれた状態の彼女を抱き上げれば、少しだけおどけた口調でそう言われた。


「……あんま馬鹿にすんなよ、別に俺」

「違うちがう、嬉しいんだ」


 ふうと息を吐くと、少しだけ血の泡が混じっていた。

 応急処置で止血はされたらしいが、気休め程度だろう。後どれくらい、この手の中にある命の灯火が耐えてくれるのかすら、見当もつかない。


「キミは賢いのに、人に怯えすぎで。まぁだからそこが可愛らしくもあるんだけど」


 わたしの事、もう怖くない?

 そう呟いた頰に、自分の零した涙が落ちた。彼女も——泣いていると気付いたのはその雫を拭こうと頰に手を滑らせたからだ。


「よかった、怖がらせたままかと思って」

「いや、別に」

「だって嫌がってたでしょう?」


 わたしと、そういう事するの。そう言われてぽかんと口が開いたままになる。


「はっ、馬鹿、何言って」

「ンー、これは想定外だ。我々は盛大なすれ違いを犯していたようだね、同志ランピール」


 慌てるのを繕えず、どうやら頬が真っ赤になったのもバレたらしい。

 手が震えた振動で、ドロシーは激しく咳き込んだ。


「あっっ、ごめ、その」

「殴られている時に、キミの名前を知ることになるなんて微妙な気分」

「もう……トトでいいよ、呼びやすいんだろ」

「うひゅひゅ……。ああ……ダメだな。どんどん視界がぼやけてね、時間切れだ、最期にキミに渡したいものがある」


 最期なんて、と言おうとして。

 彼女は遺っていたその手をランピールの首にかけてぐいと引き寄せた。


死が全てを解決する死にたくないよ人間が存在しなければキミと一緒に人間としてそもそも問題も存在しないのだ生きていたかったなぁ


 鉄錆の味のするキスと一緒に、初めて聴こえた——彼女の心の声。


「ドロシー!!?」

だいっきらいЯ тебя люблю


 ——わたしを悩ませるありがとう気分の悪い犬め心から感謝してる

 その言葉にハッとして、ランピールはそっともう一度唇を重ねた。


「俺も。俺も……お前なんか! お前なんかきらい、だ」


 彼女は一度も嘘をつかなかった。

 そして、彼女は人間でいることを、生きることを、今の今まで諦めきっていた。

 もしかすると——だから何も聴こえなかったのかもしれない。

 その彼女が最期の最後に、ついた嘘。


「笑い方、かわいくねーんだよ。最後くらい直せよ」


 何も映さなくなった空より美しい群青と銀をそっと手で塞いで、ランピールは生まれて初めて大きな声でしゃくりあげるように泣いた。


 軍人らしく振る舞えと、彼に進言するものは誰もいなかったという——。




***




「つーか。俺ァ、自分を偽るよーな人の下には着きたくないンすよ」

「……っこらァ! ヘミ!! す、すみませんメイヴィス准尉」

いや、構わん別にいいけどそれくらい生意気でいて初めて会った時あんなもらった方が上に利用されんで済むからな泣き虫ちゃんだったし、元気になってよかったわ


 うっわぁああと声を出しながら、ランピールはそのオレンジブラウンの髪をバリバリと掻きむしる。一ヶ月前に複雑骨折した指には、まだデカデカとしたギプスがはめられていた。


「なンなんだよエイノ! この人ちぐはぐじゃねーか!!」

「でもぉ、全然悪い人じゃないっしょ?」

「だから余計に気持ち悪リィんだよー!!!! なんスカ、オカマなんすか准尉?」


 ひどいっっ!! と目の前に立つ美男子がその表情を歪ませる。


「ちょおっとコスケラから聞いてたけど、アンタに隠してもしょうがないみたいねぇ……まぁいいわ。でも一つ! 訂正しなさい! わたしはオカマじゃなくオネェさん!!」

「知るかよ! しかもその口調もしっくりくるのが怖えんだよアンタ!」


 ほぼ壊滅状態だった所属基地と部隊から、ランピールは第13師団の第8飛行中隊へと異動命令が下っていた。コスケラと同じ班らしいが、正直言えば初日に直属の上官や部隊を見た印象次第で、厳罰処分を喰らおうが退役しようと思っていたところだ。


「ンじゃー言わせてもらうが、俺は戦争なんて嫌いだし、そもそも人間も嫌いだ」

「同感、わたしもよ」

「はぁっ!? いや、つーかじゃあなんで俺をここに引っ張ったんだよ」

「……生意気ねぇ。そのままにしてたら、アンタ死にそうだったからに決まってんじゃない」

「そうじゃなくて!!」

「なんなの? 骨折してカルシウム足りてないの? カルーアミルクのむ?」

「なんでアルコールなんだよ!!!」


 はぁ、とため息をつけば、なぜかそれを見ているコスケラが隣でニコニコと笑っている。ランピールは観念したようにため息をついた。


「准尉は……」

「んっ? なぁに?」

「准尉は、俺のこと気持ち悪くねーんすか? 全部考えてることバレますよ、機密とかありえないっすよ。テストも何もかんも、俺はパーフェクトにできます、それを利用しないと約束できます?」

「はぁ? 何でそんなことしなきゃいけないのよーっ。別に仕方ないじゃない、アンタも話したくないことの取捨選択くらい自由にしていいのよ。何、案外キミ真面目くん?」


 いや、その……。と視線が泳ぐ。

 目の前の人物は、言葉遣いの違いがあれど、あまり自分に嘘はつかないタイプらしい。


「狡い、とか思わないんすか?」

「はぁーっ!? どうしてそうなるのよ!!」


 突然、コスケラと一緒にその人物にガシッと肩を掴まれて抱き寄せられる。

 細身の割に力は強くて、その圧に若干おののいた。


「あんたたちの能力はズルじゃないわ! そんなこと言う奴がいたら、わたしが許さない、上層部の策略が嫌いなら、わたしの下にいる限り絶対守ってあげる!!」

「え、でも」


 何をしてでも——。そう考えている目の前の人物の心に、そこまでしてもらわなくてもと反論の弁が口をつきそうになる。


「人の心までわかるなんて隠しときゃいいのよ! アンタ飛べるんだし」

「……は? 俺、飛べない、んすけど」

「適正チェックで出たんだよーヘミ、次から俺と搭乗訓練な」

「はぁっ……??」

「よぉっし! そうと決まれば、今から歓迎会ね、アンタたち酒は呑めるクチ?」


 まぁ……それなりに、と返せば「合格っ」と泣き黒子の目立つその顔で上官——メイヴィス准尉はウィンクをした。


「嬉しいーっ! あんまりお酒付き合ってくれるコいなくって、部下ができたら飲みに行きたかったのぉ」


 それもこのわたしのまんまで一緒に呑んでくれるコなんて最高じゃない!? 嬉しそうに微笑む上官に、いつのまにか肩を組まれていた。


「よろしくー、わたしのことはメイヴィスって呼んで」

「……ウィーっす」


 前を歩く二人を、親友の背中を見てコスケラはそっと微笑んだ。


(知ってる、ヘミ? あの日からヘミの背中に、黒い翼がひとつ生えてること)


 んっ? と訝しむ表情のランピールが振り返った。


「……ンだよ、それ?」

「さぁね、魔女のご加護じゃない?」

「意味わかんね。もしそうだとして、エイノにだけ視えてるの、スッゲー癪」


 頰を膨らませて、少し赤くなる親友の空いている方の肩を抱く。


「綺麗な子だったね」

「知るかよ……」

「ま、あの子ヘミしか見てなかったけどね」

「るっせ」

「ちょっとぉ、しんみりするの禁止ー! 恋バナならわたしも混ぜてよーっ」



 もしキミの翼をもらえたというのなら。

 僕はカンザスにでもどこにでも、鉄の檻も雨も抜け出して。

 誰よりも自由に、高く高く飛ぼう。


(ありがとよ、ドロシー)



 名前すら与えられなかった魔女と、心を閉ざした国家の犬が。

 心を通わせて人間になるまでの記録おとぎ話

 これは、彼と彼女の、運命の出逢いの物語——。

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