閑話 スロのアイスクリーム その②
(アイスクリーム話 その②。時系列は第二部終了後になります)
宙に浮かぶメッサーシュミットBf109。国境付近での飛行物体の移動を感知し、その近くに落ちた数多の紫色の
哨戒部隊としても活躍する三八七小隊。小隊長はメイヴィス・リリー中尉だ。その目の良さや部下として控えるディーとダムのそれぞれの能力もあいまって、捜索や哨戒の類いは彼らにほぼ一任されていると言ってもいい。
空を龍の如く駆け回った幾筋もの稲光に、行方不明の隊員を待つバルクホーンとハートマンが即座に動こうとしていた時だ。
「私が出よう。久しぶりの飛行でさっそく実戦をされては面倒だ。探索についてはウチの隊に任せてもらう」
そう颯爽とバルクホーンの肩を抑え、「じゃっす!」「ウィッスお任せあれっ」と、そのすぐ後ろに付き随う部下二名を連れてメイヴィスはさっさと飛んで行ってしまった。
「うん。確かにメイヴィスの方がずっと目もいいもんな」
そう少し困ったように笑うバルクホーンに、整備兵たちは少し憐れむような視線を向けていたが、その隣で彼のバディであるハートマンだけは朗らかに笑い返していた。
「やっぱなんだかんだ仲良いんすねーっ。今の……言い方は冷たかったけど、メイヴィス中尉って結構バルクホーン中尉のこと見てるし心配してますもんね」
「そうか? 単純に、俺より自分が行った方が早いって思ったか……、あいつもシュヴァルベ達が心配だから飛んでったと思うけど」
そう言いながら、引き返すかに見えたバルクホーンは、自分の機体の方へと歩き出していた。
「ありゃっ。結局行くんすか?」
「そりゃー。あいつらの方が確かに速いけど……戦闘になったら、向いてるのは俺たちだろ」
「ふふっ。バルクホーン中尉も大概心配性っすね」
パンパンと手を叩きながら、「じゃー勿論付き合いますからね」とさっさとその隣にある整備済の機体に向けて足を速めるハートマンに、バルクホーンは苦笑する。
「いいんだぞ、お前はまだ怪我が治りきってないだろう?」
「あーっ、そんなこと言うんすね。いっけないんだぁ! 戦闘はチーム戦って俺に教えた人誰だったかなぁ……。まっ、カッコつけたいんなら、別に戦闘の編隊位置譲りますけどぉ」
「……それだけ元気なら安心だ」
伝達を即座に済ませると、先に飛び立ったメイヴィスの小隊を追うように、基地からは二機の戦闘機が飛び立っていった。
***
無事に基地への帰路へと着いたメイヴィス機のコクピットで、スロはその膝の上にちょこんと座るような形に収まっていた。
一息ついたからだろうか、時折その目が眠そうに半分閉じられるのを見て、メイヴィスは苦笑する。
「スロ、寝てていいのよ? ちゃんと大佐のところに送り届けるから」
「でも……」
「疲れたでしょう? アナタが寝ずに頑張ってくれたことはなんとなくわかるわ」
「スナオ、だいじょうぶ?」
「えっ? さっき見た時とっても元気そうだったけど」
「ん……」
その言葉に安心したのだろうか、白い頭がこくりこくりと揺れ出したのを見てメイヴィスが微笑む。
「いいのよ、寝てなさい。部下たちを守ってくれてありがとう」
「ぼく、守れてない。怪我、させた……」
優しく白いその頭が撫でられる。
「そんなことないわ。あの子たちにとって、あんなのかすり傷程度のもんよ。命があったら、それだけで百点満点」
メイヴィスの言葉に、スロがその大きな銀色の瞳で見据えるかのように振り向いた。
「ルードルマンが一番ぼろぼろなのは、上官として当然よ。自分だけ綺麗な格好でふんぞり返って帰ってきてたらわたしがシバくもの」
「少尉、がんばってたよ。しばかない」
「わかってるって」
よしよし、と頭を撫でられる感覚が心地よくて、ついスロはまたウトウトとしてしまう。
「良いのよ、スロ。ちゃんと大佐のところに送り届けるから」
「ん……」
(パピとこんなに離れるなんて、いつぶりだろう……。早く会いたいな)
メイヴィスの独特な心地よい声に包まれ、今度こそスロは深い眠りの中へ落ちていったのだった。
***
「おう、起きたか」
目が覚めると、鳴り響いていたプロペラ音も風を切る音も聞こえなくなっていた。
代わりにコツコツと硬い靴底が床を鳴らしながら自分の方へと近づいてきているのがわかり、スロはゆっくりと目を開ける。
「パピ……」
「おかえり、スロ」
どっか、と寝かされていたソファに今しがた声をかけてきた自分の上官——親代わりでもあるユカライネン大佐が座る。その重みで、少しだけ自分の目線が下がることを感じながらスロはゆっくりと身体を起こした。
いつものように、その真っ白な頭に大きな手のひらが優しくのせられる。
「ただいま……」
「どうした、浮かない顔をしているが」
無表情なスロのその微妙な感情の機微がわかるのも、大佐か直くらいである。
誤魔化したところで、いずればれてしまうのも明白だ。スロは小さく息を吐いた。
「ぼく、つよくなる、もっと」
「十分強いぞ、おまえさんは」
「でも、だめ。スナオ、けがさせた。少尉もヘトヘトだった、なのに……ぼく」
そのまま口ごもるスロの横で、大佐がふうと大きく息をついた。
「皆、足りない部分を補った。誰か一人でも欠けていたら、お前さんたちは生きて帰ってこれなかったかもしれん」
そうだろう? と優しく諭すように言う大佐の言葉に、スロは少しだけ唇を尖らせる。
「でも、でも……」
「終わったことで責めるな。おまえの大好きな親友はそこで下を向くか?」
はっとして顔を上げれば、大佐がソファから立ち上がり、部屋の隅にあった小さな冷蔵庫のドアを開けているところだった。
(スナオは。きっとそんなことしない——)
初めて彼女を見かけた日。
不破直という女性飛行兵は、誰よりも小さく傷だらけで泥だらけで。けれど誰よりもその瞳の内に炎を宿していた。
(だめじゃない。僕はもっと強くなる——)
「お、良い表情になったじゃないか」
「パピ……」
いつも側にいた力強い笑みのまま、近づいてきた大佐から差し出されたのはファミリーサイズのアイスクリーム。
「さて、今日の俺の勤務時間は終了だ。ここからは……大事な息子が生きて帰ってきてくれたことを、まずは大いに喜ばせてくれんか?」
アイスを受け取る前に、ぎゅっと抱きしめられ。
「まったく、気が気じゃなかったから店で一番大きいサイズを買ってしまったぞ」
「パピ……」
「俺も大概アホかもしれん。おまえさんの実力は誰よりも知っとるはずなのにな」
離れたぬくもりと、膝の上に残された大きなアイスクリーム。
「パピ、いっしょに、食べよ?」
温かさで少し溶け始めたかもしれないアイスクリーム。
どう考えたって、男二人には大きすぎるサイズだ。
でも——。
「ありがと」
スロは幸せそうににっこりと笑い、大佐の大きな愛と心配の塊でもあるそのアイスクリームをぎゅっと抱き締めるのだった。
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