飛ビマワル鳥、帰ル時

「ったくよぉ、なんで俺がお前を乗せなきゃなんねーんだよ。図体ばっかデカく育ちやがって」

「……」

「はぁ? 「そんなこと言われましても」だとぉー? お前そこはさ、嘘でもすいませんって言っとくもんだぜルードルマン」

「い、いえ、俺は何も」

「へぃへぃ、本当揶揄い甲斐のないやつだなぁ〜。シュヴァルベと一緒の時のお前は、スッゲー考えてる時と考えてない時があってマジおもしれーんだけどさ」


 それはシュヴァルベがやかましいからでは……? そう考えると同時に「くけけけっ、そうかもな〜」と笑い声が返ってきて、思わず自分の口元を確認する。


 給養任務のサポートのつもりが、対空砲と交戦し墜落。命からがらスオミの寒い森林と山の中を国境へと進み、いち早く迎えに現れた哨戒部隊と合流した後のことである。


 ただでさえ旧式戦闘機の中でもシャープな見た目と構造をしているメッサーシュミットのBf109。その窮屈なコクピットに押し込むとなれば、小さな二人はいいとしてもルードルマンの体格ではそうもいかない。結果的により戦闘機の操縦に長けているランピール(ディー)の機体に、密閉ガラスを開けたままスペースを作り、ルードルマンが乗るという打開策で基地へと戻ることになっていた。


 当然、空気の流れも入ってくるので、他の二機と比べても飛行スピードは劣る。スロや直にとってはどうか知る由もないが、他の機体が側にいない状況で自分を乗せて操縦するパイロットが、階級は下といえど先輩であるランピールだということも少々居心地が悪い。


「——悪ぃな、別に盗み聞きしてんじゃねーんだけどよぉ」

「いえ……そんなこと」

「へぇーっ、川渡ろうとして全部脱ごうとするとか、ヤベェな。あーそっか。そりゃあ大変だったんだな、シュヴァルベもとりあえず帰ったら一緒に救護室行かせるか。それとも陸の医務室の方がいいか?」

「……」

「気にすんなって。それによ、お前らは同じ部隊なんだからよ……あんま難しく考えんなって」


 人の心の声すら聴こえてしまうというランピールの異能は、厄介な反面自分のような口下手には有難い場面もある。しかし今回ばかりはいろんなことが起こりすぎて、報告すべき事と黙っていなければと思う事の判断が、ルードルマンの中ではまだ整理しきれていない。

 被撃墜からの一連の流れを話せば、自ずとそこでの直の立ち振る舞いまで筒抜けになってしまうのだ。


「言わねーよ、バカ。俺だってな、そこんところはわきまえてるつもりだっての」

「……すみません」

「キッツイよなー、女がパイロットなんてよ。あっ、これ別にシュヴァルベをバカにしてるわけじゃなくてさ。……だからほとんど例がないってのにさ。お前はよくやったよ」

「はぁ……」


 ケラケラと笑いながら、ランピールは言葉を紡ぐ。普段は自分が言葉を濁しても無駄話以外の本音を話すときは待ってくれるというのに。

 そこも察してか。これは独り言だから、と前置きしてランピールが静かに語る。

 普段、悪戯コンビなどと評されて騒がしくしている彼からは想像もつかないほどに、その口調は落ち着いていた。

 過去の大戦の歴史の中で、女性が戦闘員として扱われていた国のこと。そこで墜ちた彼女たちがどんな扱いを受けていたか。それを受け入れた上で、彼女たちは戦闘員として銃を持ち、時には空を飛んでいたのだということを。


「それ知ってたから、お前は出逢って早々のシュヴァルベをぶん殴ったんだろう?」


 無言は、肯定と取られたようだった。

 一度目は勢いだけで命を散らしそうな少年兵に見えたから、二度目は直が女と知っていたからこそ頰を張った。今でも、そばに置いていて良いものか時折迷うことがあることも。


「いいんだよ、お前はお前で。弾くのも時には優しさだが、側にいて守ってやれるのは同じ側にいる奴の特権だよ」


 家族よりも、恋人よりも、多分上官として一緒にいてやったほうが一番安全だぜ。そう語るランピールの表情はルードルマンからは窺い知れない。


「ディー曹長……」

「ま、そのうちな。話してやんよ、お前らの関係性が変わった時にでもよ」

「……」


 何かあったんですか? とは流石に聞けなかった。最近直面したバルクホーンの件もある、戦時中家族や恋人を失ったり、国が対立して引き離された例は沢山あったはずだ。もしかしたらランピール自身もそうなのかもしれない、そう思いルードルマンは口を噤む。


「まっ、アレだな。ずっと抱きかかえてやるなんて、随分と大事に大事にしてやったんだな。へぇ〜っ、そっか。下に何も着てねーシュヴァルベに焦ったって話は、俺の頭ん中だけに留めてやっとくよ。ま、先に戻ったアイツが、なんでウチの軍の服着てねーんだよって聞かれた時に喋っちまったらしょーがねーけど」

「そ、それは……!!!」


 くけけけけっ、と聞き慣れた笑い声が響く。


「ほんと、お前らはそれでいいんだよ。いっつも本音でぶつかっとけ」


 精神面ではあのチビ二人の方が断然タフだぜ? そう揶揄うように言われ、口が真一文字に引き結ばれる。


「ヒロシと……その、ガードナーは」

「ああ、とっくに帰還して色々根回ししてるからよぉ」

「……?」


 話題を変えようとの苦肉の策のつもりが、冷静な返しがきて少し身構える。根回しとは一体何なのだろうか。


「二人ともよ、腹ん中は煮え繰り返ってんのにさすが歴戦の猛者というか……まぁ、簡単に言やぁモンペは怖えぇよなぁ」

「既に嫌な予感しかしないのですが……」


「だいせいかーいっ」とランピールが呟き、基地に近づくにつれ高度が落ちだす。

 どうやら二人とも無事のようだが、言葉の端々がどうも穏やかじゃない。


「まぁよ、お前も薄々は感じてると思うがよ。……今回の作戦、連邦に把握されてたろ」

「やはり……そうですか」

「ヒロシ曹長とガードナーさん以外の兵は皆殺しだ。言い換えれば口封じの可能性もある」

「ちなみに二人に怪我は」


 恐る恐る聞けば「は? ねぇよ。ピンピンして帰ってきたぜ」とため息をつくように返される。


「ま、誰がどう動いたかってのは今後水面下で調査されるだろうがよ。まぁ今回は敵さんも完全に喧嘩売る相手を間違ったよなぁ」


 朝日が遠くに登り始めたようだ。

 その少しの光にルードルマンは眼を細める。


「ユカライネン大佐と、獄卒ヘルボーイと、そんでもってガードナーさんをキレさせるなんざ……本当アホなことしやがるぜ」


 朝日の光は澄んでいる。

 けれど——何か胸騒ぎがする。


「ルードルマン、大事なモンを全部守りたいとき、お前に今後必要なもんが何かわかるか?」

「それは……」

「ああ、半分正解。強いのは勿論大前提だよ、だけどな、軍ってのは人の集まりだ。お前は強さだけじゃなく——権力の強さも身につけるべきだと覚えておきな」

「権力……ですか」


 それは己の最も苦手とする分野ではないか。

 頭では理解しつつも、一気に苦虫を噛み潰したような表情になるルードルマンに、それを察したのか明るくランピールは語りを続ける。


「ばかやろ、難しく考えんなって言ったろ。昇任断わんな、それだけでいい。あとは俺らもいるし、何とかすっからさ。力ってのはよ、代償も大きいが持っといて損はないんだぜ?」


 必要なことだ。けれど嫌なことを聞いてしまった。


「原則主義派も一枚岩ではないということですね」

「残念ながらなぁ〜」


 基地に帰還すれば、様々な報告事項も待っているだろう。既にユカライネン大佐やガードナーが動き出しているとなれば尚更、今後は周りの動向にも眼を光らせなければなるまい。


 大前提として。自分が国家の為に、原則主義の人民のために、を謳って手を汚していることからは眼を背けてはならない——けれど。


(シュヴァルベと飛んでいる時の方が——俺は)


 考えたところで「ぶはっっっ」とランピールの噴き出す声で意識が現実へと引き戻された。


「ダメじゃん、お前。シュヴァルベを突き放そうなんてもう考えんなよ、まじウケる」

「い、いえその。確かに奴は今俺の僚機ですが、もし今後転属や配置換えがあるなら……」

「ちげーよ、そうじゃねーよ。マジでお前ハートマンの言った通りだな。化石どころじゃねーよ」

「????」

「あーマジで。これ気づくまでに何年かかるかねぇ」


 よくわからないままに、「えらいえらい」と何故か子供をあやすように連呼されたルードルマンは、基地に帰るまでずっと「シュヴァルベの寝顔は可愛かったかぁ?」等と揶揄われ続けることとなり。最高に不機嫌な表情で、数日ぶりの基地の滑走路へと降り立つ事となったのだった。

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