2−19 アゝソノ後天空ニハ、
機銃が乱射される音をすぐ追うように、輸送機のコクピットの窓ガラスが砕け散る音が響いた。
「「伏せろぉぉおっっ!!!」」
咄嗟に直とスロを庇おうと動いた弘とルードルマンの肩が激しくぶつかる。
次の瞬間にはその二人の肩の下を潜り抜け、直はコクピットに向かい走り出していた。機内にいた乗組員は、三分の一が被弾し既に倒れ伏している。
「クッソ! 護衛機は何をしてるっ!!」
がくんっ、と足元がふらつき一気に高度が下がり始めたのがわかった。
追撃の機銃はなおも浴びせられ、最初に狙い撃ちされたコクピットの床にはパイロット二名のおびただしい血液が飛び散っている。
「護衛機、見当たりません! 恐らく撃墜されたかと」
這うようにして外を窺っていた連絡兵の叫びに、直は舌打ちで返す。怒鳴るのは今じゃない、とにかく一人でも安全な地上に降ろさなければ。
既に息のないパイロットのシートベルトを、すまん! と一喝し小刀で切り捨て乱暴に退かせ、スペースを空けたその操縦席に入り込むとスロットルを絞りフラップを下ろした。
電流を送ってもまるでエンジンが稼働する気配がない。操縦桿を引いても全く上昇する気配はなく、エンジン部分も撃ち抜かれたか、と弱々しい悲鳴を上げ続ける機体の角度を引き上げることだけに神経を集中させる。
「全員、脱出の準備をしておけ! ヒロシッ」
「了解っ!」
乗組員の容体の確認や移動ルートの確保でせわしなく動くと共に、ルードルマンが輸送艇周辺の重力を緩め叫べば、答えるように弘が直を追ってコクピットへと駆け寄ってくる。
辺りに散らばるガラスの破片が、そのまま炎を纏って機体の前方へと凄い勢いで射出されていった。
「兄上は操縦を!」
「任されたっ!」
墜落しないよう操縦桿を握っていた直は、一度前方を睨みつけるとひとつ声を上げ、全信頼を置いた兄にその場を任せ今度は後方へと走り出した。
「ひとまず止血を! 運びますのでヒロシさんは前方の警戒を引き続き頼みます」
まだ息のある方のパイロットを運び、措置に当たるガードナーとすれ違い、そのまま最後方にあるカーゴドアの方へ走る。
「シュヴァルべ! 乗れっ!」
「イェッサー!!」
指示などなくても、彼が何を今求めているのか、その一言があれば十分だ。
一機だけそこに搭載されていた
「スロっ! 来い!!」
ルードルマンに担がれたまま、前方の操縦席へと押し込まれていた小さな友を呼ぶ。
「はっ!? 貴様何言って」
「スロは自分より銃の扱いに長けております! 貴方の操縦に合わせて撃つなら、尚の事。今は慣れない自分よりも彼でないと!」
「……いけるか? スロ」
その足元に押し込んでいた小さな白い兵を見やれば、「ん」と一言短い返事と共に、強い光の宿った銀の瞳と視線がかち合う。
「いくぞっスロ!!」
「ったく、指示を出すのは俺だというのに」
力強く呼ぶ直の声に、苦笑いしながらルードルマンはその小さな身体を後部座席に移動しやすいよう頭上へと持ち上げる。
「頼むぞ、スロ」
「まかせて」
短い言葉の応酬の後、呼ぶ手を取ってスロが後部座席へと滑り込み、キャノピーが閉まる。
「いいか、当機は本来爆撃機だ。空中戦に向いた機体ではない上に、この操縦席には機銃がないときた。貴様らの攻撃に全てが掛かっている事を忘れるな」
「
言い含めるようなルードルマンの言葉に、短く返す。後部座席は本来一人乗りだが、小柄な二人は寄り添いつつもお互いの邪魔にならない程度にはスペースがあった。
「ガードナー! 行ってくる! ヒロシも、あとは任せたぞ!」
「ええ! 貴方こそ!」
そこで「ご武運を」などとは決して言わない、すぐさま急患の処置に戻ったその背中を一瞥し嗤う。
手を挙げて合図すれば、カーゴドアが勢いよく開いた。滑走もロクにしないまま、ほぼ滑り落ちるような体勢で
掛かったGが一瞬にして失くなるような、胃にダイレクトにくるような浮遊感を味わい、その後加速した機体は空の中に見える敵戦闘機を捉える。
もう一機の輸送機はどうやら引き返す選択を取ったようで、乗組員全員の安否の確認は取れずとも、ひとまずその姿が遥か彼方、国境方面へと向かい去っていくのが見えていた。
敵は先に致命傷を与えた本機に的を絞ったのだろうか、弘の炎に襲われ墜ちる味方の機体をかい潜るように、すぐさま編隊を整えてこちらへと向かってくる。
すうと息を吸い、直は空を見上げる。
「少尉どの! 数発落とします! 十時の方向、本機と編隊との間です」
「構わんっ、やれっ!!」
機銃の雨の中、回転を加え飛び続ける機体の中で、直は全神経をその空間へと集中させる——。
ドォォオオオオオオオンンッッ!!!!!!
銅鑼の音のような爆音が鳴り響くと同時に、その空間を幾筋かの紫色の稲妻が切り裂くように降りていく。
ある者は目が眩んだか、またある機体は電気系統が一瞬トんだか、数機は直撃を受けそのまま墜落していき、その他の機体も空中を一瞬惑うように飛ぶ。その中を輸送機との間隔を裂くようにして
ダダダダダダダダダダダダダッッッ!!!! と機銃の掃射音が響き渡り、一機また一機と、連邦の機体が空から剥がれ落ちるように墜落していく。
回避行動をとりながら、合わせて通常彼の持つ小銃や
少しでも照準が合わせやすいようにと、直はその身体をしっかりと支える。
『撃てなくはないけど、大きいな。やっぱり慣れた銃の方がいいや』
「それでも全て当てるなんて、スロは本当にすごいな!」
依然、旋回し空を警戒する機体の中でぽそりと祖国の言葉で呟いたスロに、直が嬉しそうに返す。思わずスロは目を丸くして後ろを振り返った。
『スナオ、キミはスオミの言葉がわかるの?』
「おっ、すまん。何を言っているか全くわからんが、そんな振り返らんでも安心しろ、しっかりウチが支えといてやるから」
「……」
その強気な、信じきった笑顔に『本当に、キミは凄いや』とスロは自然と頰が緩むのを感じたのだった。
ず、ォン……!!
聞き慣れた、しかしここでは一番聞こえてほしくなかった音が響き、直はハッとして周囲を見渡す。
数拍遅れて、前方で緩やかに降下していた輸送機から火の手が上がった。
それを追うようにして、機体の翼を砲弾が掠め、ズシンとした重い振動が伝わってくる。
「くそっ対空砲火だ! 一旦上がるぞっ」
「しっ、しかし! 輸送機が」
「奴らの方が国境に近い位置にいる! 今墜ちたら確実に危険なのはこっちだ! あの程度で死にはせん、お前の兄を信じろ!」
旋回したら地上の砲台をできるだけ破壊する! 短く飛んだ指示で決して退くわけではないのだと察する。上昇し傾く機体から、スロが地上へと機銃を掃射する音がバリバリと鳴り響いた。
横目で見れば、輸送機は煙を上げつつも国境方面へと進みつつあった。「お前らは基地に帰れ!」と繰り返し本機に向かって通信で叫ぶ声を聞き、「ならば」と直はスロの胴体にしっかりと腕を回して固定する。
何故、都合よく対空砲まで? それも護衛機を全て撃墜し、輸送機までピンポイントで囲み狙える戦力なんて、哨戒部隊の配置では……。
嫌な考えが頭に浮かんだが、すぐにそれを打ち消して直はぶんぶんと頭を振る。それは、無事に基地に帰投してから考えればいい話だ。
砲弾の軌道を頼りに、ルードルマンは旋回し眼下の森へと急降下し爆弾を落としていく。砲弾が何発も機体を掠める音がした。
自分がその飛行の護衛につけないもどかしさを感じる。やはり、あの時怒鳴ってでも護衛機を買って出ていれば——。
「シュヴァルべっ! 無事かっ!!!」
ルードルマンの声に、直の意識は瞬時に現実に引き戻された。
頭に凄い衝撃を感じ、横を見れば右の翼が炎上している。
「スロっ!」
「へーき」
機体が傾くと同時にキャノピーに叩きつけられた直だが、自分がクッションとなったのかスロはどこも打ちつけてはいないらしい。気遣う感情を、その抱きしめた胴体から肌で感じ「大丈夫だ」と即座に伝える。
「いかん、降下するぞ。川の近くが平地になっているのが見える、そこまでなんとか持ちこたえろ!」
「少尉どの! お怪我は」
「無い! 気にするな! スロ! お前なら当たらんのだろ、シュヴァルべを頼む」
「まかせて」
声だけで、その無事をはっきりと視認できないのがもどかしい。しかし、突如としてすうっと肺に冷気が流れ込むのを感じ直は口を噤んだ。
砲弾を連続して被弾する衝撃を引き続き感じつつも、ルードルマンの適切な飛行により致命傷を避けながらその高度を徐々に降ろしていく。
自然豊かなカルヤラの地。木々の高さまでその翼が降りると、砲弾の追撃は完全に影を潜めた。
多少バウンドするように、その柔らかな地面に着陸する。再びの上昇は不可能なようだった。
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