2−18 船頭多クシテ、

 輸送機、しかし前回ノルゲに向かったそれよりもだいぶ小規模な機体が二機。今回Ju-87シュトゥーカの搭載は一機につき一機のみだ。

 それならば護衛機には自分が、と直が声を上げたもののそこは大佐直轄でない陸軍部のアレコレが関わっているのだろう、やんわりと大人しく輸送機に乗るよう整備員より誘導され、直は腑に落ちない表情で口を引き結ぶ。


 別に自分の方が優秀な戦闘機パイロットだなどと出しゃばる気はさらさらないが、戦場の上を飛ぶこともあり其々の隊のメンツ云々よりもリスクは最小限にしておくことに越したことはない。

 思わず噛みつきそうになった直の肩をぐいとルードルマンが引き押し留めると、その手の力の強さに「絶対に言うな」という意思を感じ取って一層不機嫌な表情になった。


「なぜ止めるのです? どう考えても効」

「効率が悪すぎる、と顔に出すぎだ。バカが」


 いつもは同じ目線で出撃も訓練もしてくれるのに、こういう時はルードルマンの方が冷静だ。それを十分に理解しているからこそ、直はぶすっとした顔のまま飛行服のマフラーに顎をうずめる。


「バカ、ですか?」

「……むやみやたらに自分を窮地に立たせるな、という意味では大馬鹿だ」

「……」


 言いながらも、自分を後ろにではなく隣に立たせたままでいる上官の言葉に、無言のまま了解の意を示す。肩を掴んでいたその手が頭にポンと乗せられ、言わずとも伝わったのがわかった。


「何か起きてからでは遅いが、何か起きても我が分隊がいれば事足りる。それくらいの自信は持っておけ。言うのはその時だ」

「……ウス」


 貴方だって散々自分を窮地に立たせてきた経験がおありでしょう? とは、喉まで出かかったが言わない。昔のことをここで出して喧嘩したところで、それは全くもってフェアじゃないし、上官の言う"自信"を薄っぺらいものに相手方に感じさせてしまうからだ。

「言うのはその時」その言葉に、彼が腹の中に思っている事も自分と同じだと言う含みを感じて、直はそのまま腕を組んで耐える姿勢を見せた。


 二人を交互に見つめながら、スロがあれぇ? と首を傾げる。


「スロ、大丈夫ですよ。お二人は今忍耐の訓練中みたいなものです」

「……そっくり、おもしろい」


 二人の仏頂面を見比べつつ、クスクスと笑いを手で隠しながらガードナーがそうフォローに入れば、スロは納得の表情でコクコクと頷く。


「……少しは、私やアルフレッドの気持ち、ご理解いただけましたかね?」

「知らん、俺をこんな無鉄砲な歩く着火剤と一緒にするな」


 優しく諭すような口調のガードナーに、眉間のシワを深くしながら答えれば「なんがですかっ」と即座に下の方から声が上がった。


「自分が着火剤なら、少尉どのは常に撃鉄を起こしっぱなしで引き金に指引っ掛けっぱなし野郎じゃぁないですか?」

「……貴様、今しがた言ったばかりの言葉をもう忘れたのか?」

「そりゃぁ、この輸送機の乗組員に対しての心構えでしょう。勿論覚えとりますとも。しかしながら、少尉どのの発言はまた別件です。自分に対してのその発言は訂正していただきたく……」

「このチビ……」「……んだとこのデカブツ」


 売り言葉に買い言葉で、そのまま殴り合いに発展しそうな二人の熱量を察したのか、弘が「まあまあ」とやんわりその間に入る。


「はい。ひとまずクールダウン、クールダウン。ほら、君達、感情の行き先に迷うからってテンション高くわざわざ喧嘩しなくていいんだぞ」


 にこやかながらも、流石は部隊を掌握して数々の戦地を経験してきた猛者である。「なっ?」と確認しつつも言い聞かせるような弘の言葉に、二人は無言で頷いた。

 双方内心この任務の配置にムシャクシャしていただけで、別に本当に喧嘩しようとしていたわけではない事まで見透かされていて、尚更気まずい。


「十分に注意しておけ。普段の任務とはわけが違う上にこの配置だ……」

「……ウッス」

「まぁ、嫌な予感が予感で済めばいいけどねぇ」


 言いながら少し眉をひそめる弘と、ふむともう一機の輸送機を見やるガードナー。


「……あちらにはどの部隊が?」

「スウィーデン王国直轄の師団の部隊が派遣されているそうだ。それがまた若干ややこしくてな……追々コイツらには説明するが」

「ああ、なるほどですねぇ」


 任期の長いガードナーはすでに納得の表情だ。

 ノルゲに行った時の反応や対応もそうだが、連合の三ヶ国とて決して一枚岩というわけではないのだろう。

 軍事に政治が絡むとロクなことにはならない。そういうのは、日ノ元帝国で陸軍大将をしていた父の下で育っている不破兄妹にはいやでも理解できる。且つ自身も軍人であれば尚の事だ。


「オーケー、なるだけ波風立てないように、ってとこかな?」

「理解が早くて助かるな」

「その割にウチの分隊やスロが呼ばれたってのが、ただの隣国の給養サポートにしちゃキナ臭い気もしますがねぇ〜」


 手を頭の後ろで組みながら小さな声で呟く直に、ルードルマンと弘はまったく同じ表情になって「それ以上は口に出すな」と諭すのだった。




***




 出立までは、その後つつがなく進行していった。

 二機の輸送機は基地を飛び立ち、機体のトラブルや乗員同士のいざこざもなく、国境を越えてカルヤラの上空へと進んでいく。


 スロは飛行機に乗る事自体が今回初めてらしい。特に上空を進行中は何もしなくていいと伝えられ最初は首を傾げていたものの、今やすっかり直と一緒に窓から故郷の地を眺めて落ち着いている。


「すごいな! 湖とはいえ、この大きさは海みたいだ!」

「ラドガ、むかーし、大きな隕石落ちてできた。すごく大きい、アザラシもすんでる」

「アザラシ! 湖なのに」

「ん、とてもかわいい。スナオにみせてあげたい」


 搭乗前の不機嫌ヅラは何処へやら。空の中に、大好きな友人と共に居られるという事はやはり彼女にとっては特別な事のようで。


「ふん、現金なことだ」

「そんなん言ってー、貴方もスロの話に耳を傾けていたじゃぁありませんか?」


 ニヤニヤ笑う直を呆れた表情で見下ろしながらその後ろに立つルードルマンも、慣れない人員が操縦する輸送機に乗っている事でやや手持ち無沙汰気味らしい。

 将校に支給されるシャドーグレーのオーバーコートを羽織り、そのポケットに手を突っ込んだまま、彼も二人の後ろから外の景色を眺めていた。


「前から思ってましたが、連合軍空軍部のオーバーコートって非常にカッコいいですね」

「あ? どうした急に」


 窓の外の景色から視線を外し、タタッと近寄ってくる部下に一瞬ルードルマンはたじろぐ。


「日ノ元はそういったシャレた外套が軍にありませんで。なんだか憧れます」

「ん、この色かっこいい。陸軍、茶色」


 直の横に着いて、スロまで自分の方をその大きな銀色の瞳でじぃっと見てくる始末だ。いや、そもそもお前ら階級が下だし、支給されるサイズ内に身長が達してないだろうが……。若干憧れを含んだのがありありと見て取れるその視線に、ルードルマンの表情が渋くなる。


「少尉どの、ぜひ、よろしければ一度それを」

「ダメだ」

「……」

「そんな顔をしても貸さんぞ。だいたい、貴様の身長ではコートに着られて終わりなのが目に見えとるだろうが」


 言い終わるのを聞くなり、ぷうっと膨れっ面になる直。


「じゃぁ、ぼく」

「貴様も一緒だ、貸さんぞ」


 全く同じ言葉を返せば、直の隣に並ぶスロが珍しく同じようなぶすくれた表情でそこに並んだ。


「で、では! 自分がスロを肩車するのでそれで身長問題は解決で。オーバーコートを……」

「……論外だ」


 いい考えが浮かんだ! とばかりに表情をパッと輝かせた直だったが、秒でその願いは撃墜され、たちまち元の表情に戻る。

 そこまでして着たいか? とは、生まれもって身長の高いルードルマンにはわからない悩みである。はぁーと軽くため息をつき、しょぼくれた表情の二人を見やる。


「今着らんでも、いずれ昇任すれば支給されるだろう。その時に自分に合うサイズを作ってもらえばいい」

「だってー」


 ちぇっと諦めたように窓の方へと振り返ろうとする直を、スロがうんうん頷きながら追って何事か囁いている。「わかったって、その時はウチの着せてやるから。そしたらこの色をスロも着れるだろう?」と会話する声が聞こえた。


「ったく、自分のができたらいつだって着れるだろうが、こんなもん。防寒着だぞ?」


 おやおや……と隣に並ぶガードナーに、視線は一切動かさずにルードルマンはそう零す。


「……そりゃあ、尊敬する上官が着ていたら余計に着てみたくなるというものですよ?」

「お前、面白がってるだろ……? 奴から尊敬の念なんて聞いた試しがない気もするがな」

「いえいえ、まあ面白いのは勿論認めるとして。きっとシュヴァルべは貴方を目標にしたいんだと思いますよ。十分、隣に並べる実力はあるんですけどね」

「空中ではな。如何せん、訓練でもスタミナはあるが体格故の非力さが目立つ。……アレが祖国で白兵戦まで経験していたとは、にわかには信じがたいな」

「……まぁほら、能力もありますし。あの子の俊敏さもあっての事じゃないですか? なんにせよ、心配しているのがわかりづらいところは、貴方も相変わらずですねぇ」


 穏やかな口調ながら、揶揄いの意図を含むガードナーの言葉にルードルマンの表情はますます渋くなる。


(ほぉら、その通りですと言わんばかりじゃないですか……)


 にこにこと見透かすようなガードナーの視線に「別に……」と話を切り上げようとした、その瞬間。



 外から凄まじい爆音が聞こえ、空気が震えるのが輸送機に搭乗した全員の身体へと伝わってくる。


「敵機です! 護衛機が一機、撃墜された模様!!」


 その言葉が響くや否や、輸送機を狙う機銃の音と振動が、一気に機内を襲ったのだった。

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