2−17 弾丸ハ 空ヘト思イヲ馳セ、

 国境防衛線での給養サポートの任から二週間、再び四○四分隊へ特命隊のサポートの要請が入った。


 休暇明けの部隊へ飛び込んできたのは、ハートマンの婚約という吉報。照れ臭そうに笑いながらも、きっちり休養明けの報告と挨拶の合間にさらりと織り込んでくるあたりが彼らしい。


 微笑ましく祝福の言葉を送る中隊の面々はもちろん、同じ小隊で共に任務に当たる直達も大いにこの報告には喜んだ。特に報告を受けた時のバルクホーンの喜びようは、隊の皆も思わず全員が口を閉じ聞き入るほどのもので、相変わらず穏やかながらも心の底からの祝福の言葉と笑顔に、皆の表情に幸せが共有され満ち溢れたようだった。


 そんな祝福モードの中、祝いつつも明らかに動揺を隠せていない人物が一名……ルードルマンである。


「結婚……? お前がか?」

「あーっ、少尉殿、俺を何だと思ってるんですか? これでもちゃあんと一途なんすよ?」

「あっ、いや、そうじゃなくて……その。おめでとう」


 心の底から祝っているものの、驚きすぎたのか常に睨むようなその目は今や真ん丸といったふうに大きく見開かれていて、ハートマンは「ははーん?」としたり顔で笑ってみせる。


「あのね、少尉殿。確かに俺はまだ二十三ですけど、腹括るのに年齢なんて関係なかったすよ。むしろ、軍に所属してる身なんでね。安心させたかったし、俺も今この瞬間をもっと大事にしていこうなんて……考えちゃったり?」

「あ、ああ」

「階級も関係ないっすからね? 下士官以下の隊員でも家族がいる人達はいっぱいいますし。まさかすぐ近くにいたちゃらんぽらんが、さっさと一足先に身を固めちゃったことにビックリ通り越して内心焦っちゃってます?」


 自分をちゃらんぽらんとまで比喩した、若干揶揄からかい口調の言葉に「別に、誰が焦るか」とルードルマンはぶんむくれた表情になる。いやぁ、本当貴方って人はわっかりやすいんだからぁと肩を叩かれて眉間のシワの深さは倍増した。


「大丈夫っすよ、少尉殿はすこぉし自分に正直になれば」

「……どういう意味だ?」


 ひっそりと耳打ちするような声で囁かれて、本気で意味がわからんといった顔でルードルマンは返す。


「あっらまぁ! 化石具合は結構深刻ですね。まぁ……」


 その綺麗な顔を少し悪そうな笑顔に変え、「お兄さんよりも、ぶっちゃけ一番の強敵は小鳥ちゃん本人でしょうけどねぇ」とまるで悪魔の囁きのように零した。


「なんでそこでシュヴァルべが出てくる……?」

「うっわ、なにその表情カオ! はたから見ればお気に入りなのは丸わかりなのに、完全無自覚っすか! やっば!!」


 あからさまに面白がっている口調が妙に癇に障る。いちいちリアクションがオーバーすぎるだろ、とこれまた余裕綽々な態度のハートマンにぶつけようとしたところ「お前なぁ……」と若干たしなめる口調のバルクホーンが間に入った。


「ハートマン、ルードルマンはルードルマンのペースでいいんだ。そんなに急かしたら育つもんも育たないだろう?」

「あっ、いっけね。それもそうっすねー、拗らせてますもんね少尉殿は」

「……だからっ。仮にも階級が一緒とはいえ、先輩にその言い方……」


 バルクホーンにまでわかったようなていで言われたのがなんだか腑に落ちないが、慣れ親しんだ雰囲気が戻ってきた事に安堵し、ふうと息をつく。


「まぁ、何にせよ。幸せにな、ハートマン」


 素直な祝福の言葉は、意図せずともするりと出た。

 反対に、おやぁと目を丸くしたのはハートマン含めた隊の大多数の面々だ。


「ありがとうございます。……で、ちなみに少尉殿。人生の先輩としてのアドバイスか訓示をいただけるとありがたいんすけどっ」


 少し照れ臭そうに、しかしながらいたずらっ子のような笑みを浮かべたままそう言うハートマンに「知らんっ! 自分で考えろ」といつもの如く眉間に深々とシワを寄せてそっぽを向いたルードルマンに、ああやっと普段通りの第8中隊だ……と今度は皆が安堵したのであった。




 元々休暇中は完全に哨戒や出撃のローテーションから外されていた小隊は、ここ最近の戦況の落ち着きようも加味してハートマンの各所への挨拶回りや手続きにと予定を調節してもらえたらしい。


 一旦バルクホーンとハートマンには任務よりもリハビリを兼ねての訓練を優先。任務には四◯四分隊三機で当たるようになっている。


 今回は先日の給養のサポートの延長として連邦の領土でもあるラドガの湖の奥へ、偵察も兼ねての任務とのことで陸軍部の輸送部隊との合同編成が組まれていた。概要を受け取った分隊は急ぎ出立の準備を進め、陸軍部の格納庫へと向かう。


「すーなーおー」

「おおっ! スロ! お前も一緒か!」


 出発の輸送機の準備に合流すべく格納庫へと足を踏み入れた直に、白い人影が冷気を纏いながらぎゅうと抱きついてきた。


「ん、カルヤラ、ぼくのふるさと。道あんない」

「ははっ! 一緒の任務は久々だなっ! スロが一緒なら心強い!」


 きゃっきゃと笑う、通称ちっちゃいものクラブの二人。その実、戦闘機パイロットと狙撃手としての二人の実力は全く可愛いものではないのだが。


「あ、あの。直? その子は男の子だろう? そんなに軽々しく抱きつくものじゃ」


 コホンと咳払いしながら、上官としての威厳を保ちつつも依然ほっぺをすり寄せるくらいに近い二人の間に、弘が割って入ろうとする。


 じぃーっ。


 えっ、何がですか兄上? と直が返す間、スロがその大きな銀の瞳でぽかんと弘を見上げている。


「おおきいひと、スナオのお兄さん?」

「うっ……、そ、そうだが」


 圧倒的に自分の方が強者な自覚はあるものの、その純度百パーセントの瞳に見透かされているような気がして弘は若干たじろぐ。


「だいじょうぶ、ぼく、スナオだいすき。でもとらないよ? スナオはスナオのもの」

「もぉー! 兄上は少々心配がすぎますっ! 兄上だっていつも抱きついてくるじゃないですか? 親愛のスキンシップというやつですよっ」

「う……うん」


 名も知らない陸軍部の整備員達の前で、なんてことをぶち撒けてくれるんだうちの妹は……ああでもかわいい。弘は別の意味で頭を抱えた。



 輸送機に搭載する機体を誘導しながらガードナーが、陸軍部の実質的な司令塔でもあるユカライネン大佐との話を終えたルードルマンも遅れて格納庫へとやってくる。


「ルードルマン少尉、よろしくおねがいします」


 トテトテと歩み寄り、スロがぺこりとお辞儀をする。

 周りの陸軍部の兵達が一斉にビクついたように背筋を正し、敬礼したのとはえらい違いようで、直は思わず噴き出した。


「ああ、こちらこそ。頼んだぞ狙撃手」

「ぼくは、スロ」

「ああ、だからそげき」

「ぼくは、スロ」

「……」


「あの、ルードルマン少尉、名前で呼んで差し上げては……っ!」今度はガードナーが盛大に噴き出す番だった。


「……頼んだぞ、スロ」

「ん、よろしくおねがいします」


 舌打ちを噛み殺したような仏頂面で渋々ながら訂正するルードルマンに、スロは再度ぺこりとお辞儀をする。


「ぼく、ひこうき初めて。スナオと同じ景色、たのしみ」

「ああ! 空はいいぞ、せっかくの機会だし一緒に飛べたらいいな」


 静かな表情のままながらも目を輝かせるスロと、心の底から楽しそうに笑う直。何やらヒソヒソと「あー! それいいな!」等と言葉を交わしているのが窺える。


 あの子、直の後部座席なんて耐えられるのかな……と、弘は一抹の不安を覚えるのであった。

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