閑話 悪魔の蹴鞠ウタ

「あゝ、まったくもって。ヒトと云フいうものは面白い。いついつの世も飽き足りない」


 おやまぁ、***も吸い寄せられたのカイ?

 でも駄目ダメ、あれはわたしの獲物だカラ。


「ふぅん、興味もないよ。早とちりはよしとくれ。いやはや、やはりお前はいつもそうやって面食いなのだね」


 あァれ? そう?

 とてもトテモ美しくて、うっとりするほどに……美味しそうじゃなイ?


「綺麗なものばかり食べていても、深みが出ないじゃぁないか」


 しんぞうを食べるのガ趣味の***に言われてモ、ねェ……。


「理想高くやってばかりで、また御預けを食らいそうなのはそっちじゃないか。対価も貰わずに、ぜんぶなおしてしまうだなんて」


 ……だっテ、イヤだったンダもの。

 うつくしいあの子は此の手に入れるマデはぜったいにキズモノにはしたくナイ、壊れたラ……もらってあゲルの。


「うわぁ、悪趣味。そう云いつつ、首筋はちゃっかり噛んじゃってら」


 此れくらいのワガママ、ばれてなイから許してよ。

 ……どォ? そっちは、堕ちそう?


「あと一息。根っからの善のクセに、最初っからヌルい絶望を抱えたニンゲンなんて、不味そうで興味もなかったんだけど、ね」


 ……???


「見てみなよ、あのイビツな命を。まだ、それでもまだ彼女は彼を慕っているんだ、心の臓ひとつになりさがっても。……たまらないだろう? その真実を知っても知らなくても、彼の心はきっと真っ黒に染まりきる。ほろ苦くて甘い……、一緒にたべるのが……楽しみでねェ」


 ふゥん。

 ***のシュミにけちつける気はナイけどモ……そっちも大概ジャない。

 片方は、あいつの手垢ツキじゃないカ。


「他のはだ、熟しそうになかったンでね」


 コエなんかかけなくテモ、もう自分デ×××になりソウな滑稽なのモ、ふたつイルし……。


「あの紅いのと、アメジストか。ふふふふ、業が深いなぁ。ニンゲンとはやはり、やはりちっぽけで底知れなくて、オモシロい」


 ——メフィストには、逢ったカイ?


「あゝ、相変わらず酔狂なやつさ。満ち足りる刻の勝負を何百年とやった次は、心が砕ける刻の勝負だと」


 イチバン、実はニンゲンをあいしてるの、メフィストなのかモね……だっテ、


「さァてね、それはやつに聞いてみなよ。とは云っても、今は勝負にご執心でなかなか出てきやしないけど」




「あゝやっぱり、ヒトの世と云フものは大層呆気なくて、莫迦バカしくて、オモシロい——」


「こんな醜くて美しくて、劣っていて優れている。そんな滑稽でオモシロいモノ、愚かなこどもたちを。あいさずに、けなさずに、いられるものか。……それこそ、癇癪で消すには非常に惜しい」


 ヘンなの、只の隣人であり、友人であれト。

 放縦であり罪の象徴。

 それガわたしたちなのに。


「しかし我らの長はこうも云った——」



【他者が汝の棲み処で迷惑をはたらくのであれば】

【其の者を情け容赦なく扱うべし】



「ヒトの言葉で言い換えれば、大ブーメラン、というヤツだそうだよ」


 ***、きみ、なんダカ楽しそうダネ——。


「混沌を好む我らは、混乱を生むあいつよりよほど慈悲深いと云フ事さ」


 しんぞう食べちゃウ、のに——?


「聞き捨てならないなぁ、お前は。此れを愉しまずになんとするんだ。なぁに、奪いやしないんだ、差し出すまで時折狂言と甘言を囁くだけで」


 ほゥら、ヤっぱり愉しんでル……。


放縦ほうじゅうは、我らのさがで根底さ」


 まァ、いいよ。

 わたしはあのコに危害を加えるのなラ、あいつであっても許さナイ。

 それだけ、だカラ。


 あのニンゲンも、あのコの心の支えなンダ。

 万ガ一……あのコに危害が及ブのなら、***でも許さナイかラネ。


「……壊れたあのコが欲しいのにかい?」


 その壊れ方ハ、うつくしくナイもの……。


「あゝそうか、そうだなァ。羨ましいなァ、ベリアル、友だと云われるだなんて」


 ——聴いてるナンテ、ほんット、悪趣味ダ。


「友、だぞ。そうなれたのはあの灼けるような氷の男とサタンだけだと思っていたのになァ。それでも充分オモシロいのに、」


 ひっどいナ、そンナだからヒトの世ニ、きみの存在を示ス物がなにひとつ無いンダロ。


「我には、人語で表せる名前などないのだからね、育ててから食べるお前たちのように愛着を持ち持たれるような×××でもないのサ」


 ***は。

 ソレさえなけレバ——。

 きっとわたしたちよりずっと強いノニ。


「執着は罪だ。たむける愛の天秤を片側に傾けてはいけない」


 あいつみたいなコトを云うンダね。

 其ノ罪全て、罪そのもの、其ノ象徴ガわたしたちなのニ。


「いい気味だ、云っておきながら、その張本人が。与える愛も、施す愛も、加護も、かと思えば求めるモノも……今や溢れすぎて憎さ百倍と云った有様なのだから」


 あゝわかッタ。

 ねェ、***。

 きみ、あいつのことだいきらいでショ。


「いいや、"見通しの欠如した唯我主義"がきらいなだけサ」


 ……いっしょじゃなイ。





 あゝ、動き出すヨ。歯車ガ。

 わたしのあいする光ト、あの闇ハどちらガ強いだろウね。


「ふふふっ、真昼の光に夜の闇の深さなんて到底わかるものか、」

「でも、でもそれは逆もしかりなのだよ——」


 ンン————???


「夜の闇を歩く者に、昼の光の中を歩く者の焼け焦げそうな眩しさは。その光で照らされた闇がどうなるのかは。全くもって計り知れないと云フ事さ」


 ——ほんット、きみはどっちつかずデ、悪趣味ダ。


「我らは霊的な夢想の者ではなく、生ける実存の者だからサ。こんなオモシロいモノ、側で眺めなくてどうする?」


 あーァ。

 サタンみたいに崇高デ、メフィストみたいにズル賢いノニ。

 異端とハ、まるでわたしたちであり、***ノ事でモあるようダネ。


「異端? 異端などどこにも在りはせんよ、何故なら全ての者が等しく自我を持った"個"であるからだ。偶像に従わぬ個の意志は罪であると説くが、しかしてそれは罪ではない。わかるかい? それを生命の中では"個性"や"成長"と呼ぶのだよ」


 ならば、其レならば、誰もガこのそらの下では異端児ダ。

 だカラこそ、誰も異端でハない、と。

 では異端、トハ。あゝ滑稽ダ。

 其れコソ、あいつが勝手に決め、植えつけた事じゃナイカ。

 うふっ、うふふふふっ。


 さァ、どうなるのカナ?

 エリク、わたしのあいするエリク、

 きみの選択ハ何ひとつ、間違ってハいないノダヨ。


「ほんっと、お前の一途な……無償の愛には頭が下がるよ——」







 ひとぉつ、ふたぁつ、みぃいっつ、よぉっつ、

 いつぅつ、むぅっつ、


 ななぁつ、やぁっつ、



 二度と逢えない汽車の窓——。

 泣いて血を吐くホトトギス——。


 一人殺せば殺人者、

 二人殺せば讃えられ、

 三人殺せば罪となり、

 四人殺せば守護者と呼ばれ、


 百人殺せば英雄で、


 千人殺せば伝説で、


 万人殺せば虐殺者、


 億を手にかけようとすれ、

 あいやその先通させぬ、


 鼻高々の独裁者、

 くるりと回れば足元に、

 まっくら暗い奈落あり、


 兆を殺める其の者は、

 あゝその御名みなを、"神"と云フ————。 

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