1−3 合同基礎体力訓練(壱)
連合軍第13師団といっても、一万人近くの兵が所属する師団を十以上などとこの時代の原則主義派の国家が持てるはずもなく、要は語呂合わせに近いものというのが現実だ。
13という数字は悪魔や神への裏切り者を示す、そこから名付けられた部隊。陸・海・空・後方支援を連隊として分け、実質的な全方位攻撃及び防衛部隊であり、その中でも各連隊の一部中隊は”悪魔の契約者”のみで編成された対新人類及び神への特殊攻撃部隊を擁する師団なのである。
此度の任命式はその中でも特殊で、訓練学校や士官学校上がりのペーペーの配属発表ではなく、新たに遠い地からやってきた現役の軍人達の編入を知らせるものでもあった。
陸・一名
海・三名
空・二名
以上六名の日ノ元帝國軍人の加入が此度の任命式で発表された。
スカンディナヴィア連合諸島の各国家やダイチェラント軍部の人間とは毛色の違う様相、しかも六名全員が”悪魔の契約者”という事に、師団の面々も興味津々という様子である。
「彼らはかの大合衆国や周辺諸国との戦禍の中を、祖国を防衛せんと最後まで最前線で戦い抜いた猛者どもだ。諸君も彼らより学び、より一層切磋琢磨し、人類のためこの闘争を共に戦い抜いてほしい」
配属先の発表と共に、そう壇上から語るのは実質的なこの師団の権力者であり、第2連隊隊長のアルベルト・ルネ・ユカライネン大佐だ。
(あれ? 思ったより話す事普通じゃん、よかった——)
彼直属の特殊部隊である陸第4中隊に配属の決まった赫ノ助は、この時点での大佐の様子に密かに安堵していた。特性とはいえ、日ノ元帝國から陸に配属されたのは自分だけである。心細いのは勿論自分も軍人の身の上、仕方がないし嘆くこともないと覚悟はしていたが、任務における不安はできるだけ少ない方がいい……。
「……と、真面目な長い話は性に合わん」
おや?とこっそり背後の壇上を見上げようとした赫ノ助の真横を、先ほどまで大佐が握っていたであろう
「突然だが明日より不破弘曹長の指導の下、合同基礎体力訓練を行なう! 師団内、全下士官以下の者は明朝
どこからともなく騒つく師団兵の声は、再度口を開いた大佐の声に一蹴される。
「特にだ! 陸第4、海第6、空第8の
大佐の実の弟であり、中隊長列に並んでいた第8飛行中隊のユカライネン大尉が、その言葉に思わず「ブハッ」と噴き出した。
「立場上、上のご機嫌を伺わねばならん私の身にもなれ! だが貴様らがどんな無茶無謀をやらかそうとも責任は全てとる! 大昔から”地に足がついていないといけない”と、人類は常識や人生について語る際に云う……しかし安心しろ! ここにいるのは、地に足がついていたら周囲数平方メートルを木っ端微塵に吹っ飛ばしかねん問題児ばかりだ!! 足をつける筈の地を粉塵に帰すまで破壊するくらい、存分に暴れろッ!!!」
その訓示に陸第4中隊の面々が拳を振り上げ、ウオォオオオッ!! という雄叫びが集会場に響き渡る。それを見た赫ノ助の表情が渋くなったのは言うまでもない。
***
「不破伍長! 遅すぎるぞ!!!」
「
翌朝、集合するなり挨拶もそこそこにウォーミングアップで5kmのランニング、腕立て200回からの30mのシャトルラン、95往復目が終わったところで弘の檄が飛んだ。
飛行部隊に配属された小柄な人物が、トップから数往復遅れたペースで30m幅で引かれたラインをひたすらダッシュし続けている。先に回数を終えた兵士達がそれを遠目から眺めていた。
「……フワ伍長って、今回の基礎訓練を指揮してるフワ曹長の兄弟だろ。あの仕打ちは鬼じゃないのか」
「あんな小柄で、なんで
「可哀想になァ、あれでやっていけるのかね」
「っていうか他の日ノ元の奴ら、他の全員がほぼトップの順位で走り終えるとか化け物かよ」
側でへたり込んだ連合軍兵士がヒソヒソと話すのを聞いて、ひと足先にゴールし頭からボトルの水を被っていた蒼一が顔を拭きながら彼らの方を覗き込んだ。
「あの小さいのは曹長の妹だよ。そもそも短距離じゃ、どんなに鍛えても体格の面で俺らと大きな差があるんだけど」
「は? 女ァ? どう見ても小さい坊主じゃないか」
「それが本当なら、男勝りにしても度が過ぎてやしないかい? 改造済みって事か?」
「でも帝國の訓練を女のコがクリアできるってんなら、なんてことねぇな」
ようやく回数をこなしゴールした直を遠目に見ながら、ハハハハと馬鹿にしたように兵士達が笑った。
「こいつらしょうもねーな」
隣に来た赫ノ助が珍しく顔いっぱいに不快感を露わにして言った。
「なーんかさ、連合軍だってのに見ず知らずの人間にそういう事言っちゃうんだー? ここの人達って」
「ここまでの訓練でそんな事言ってると、後で痛い目見るだけだ。ほっとけ」
行くぞ赫。そう隣の同期に声をかけると、興味もなさそうに蒼一はその場を後にし自分の分隊の方へ歩く。基礎訓練は合同という事で、要領のわかっている日ノ元組は今回自身の所属分隊と合わせる形でひとかたまりになって行動している。
「オーイ! リトルボーイ! レディで間違いないかー?」そんな揶揄い口調のヤジが飛ぶ中、直が日ノ元の連中のいる場所へと戻って来た。
「クソッ……喧しいぞアイツら」
今にも飛び掛かって乱闘を始めそうな雰囲気を醸し出す直の表情を隠すように、蒼一の上官である江草がひょいとその頭からタオルを被せた。
「よく我慢したね直。ここで喧嘩しても意味がない、下手に頭に血を上らせない事だ」
そう言って江草はわしわしと直の坊主頭をタオルで拭く。
「江草上級兵曹、別に自分は我慢なんぞしとりません。いつでもブッ飛ばす用意は出来ておりますが、今は兄上が指導中ですから」
「もう、今は帝國軍じゃないんだから、昔みたいに緑郎先輩でいいのにさ。頭どうしたの? 弘先輩ビックリしただろうに」
「元の髪とそげん長さは変わりません。気合い入れですよ、今のような揶揄いを受けるとわかっていたからです。女は好かんがああいう男はもっと好かん。体格差でどうしても追いつけん部分はあれど、同じ土俵にハナから挙げられないのは真っ平御免ですから」
依然、顔をタオルで拭かれされるがままになっている直の表情を、江草は笑いながら覗き込んだ。弘の訓練校時代からの後輩で昔から穏やかな性分の江草は、幼い頃から直をよく知っていて、喧嘩しては隠れて泣くところをよくあやしていたものだ。
「まあ、その負けん気が強いところは認めてるし、空に上がれば
「飛行機乗りだって墜ちる事もあります。訓練はしとくに越した事はない、勝てなくても負けんどけばいいですから」
もう大丈夫です、と直はタオルを江草からもぎ取った。
「おいおい、弘先輩が人殺しそうな笑顔で睨んどるぞ江草ゥ」
ガハハと豪快に笑いながら、同じく蒼一の上官に当たる体格の良い男が歩いて来た。大量の裂傷のような火傷痕のある上半身を剥き出しにしてやって来たのは、江草や蒼一と同じ海第6中隊の浅黄である。
「弘先輩、直の事になると本当過保護なんだから。はいはーい、俺何もしてませんよっと」
そう言うなり江草は視線の主に向け、両手を万歳の姿勢に挙げひらひらとさせた。
「直、やるなら訓練で見返してやれ。帝國の地獄はこんなもんじゃねぇと」
ぼこんっと何か冷たい感触が顔に当たり、それを受け取る。隣を見れば、浅黄が水の入ったボトルを寄越してくれていた。
「元よりそのつもりです、浅黄上級兵曹」
直はつり気味の目を更に歪ませて不敵に笑うと、蓋を開けボトルの中身を一気に煽った。
懸垂、筋トレを挟んでの次の845mダッシュは、大の男が何人も嘔吐する程の有様だった。
そもそも845mなんて、ダッシュの距離じゃないだろ。誰もがそう思った筈だ。
インターバルは一分、しかも最初にゴールした者から数えて一分である。順位が遅くなれば遅くなるほど、次のスタートまでの感覚が短くなっていくので到底手は抜けない。
毎度一位を颯爽と駆け抜ける江草は二位をグラウンド半周近く突き放す健脚っぷりを発揮し、14本目を終える頃には三十位以下はほぼゴールと同時に次のダッシュを始めなければならない状況に追い込まれていた。
「信じられない、あのチビずっと8位以内をキープしてるぞ……」
グラウンドのはずれでひっくり返っていた面々が、信じられないという表情で続く845m走を見つめていた。
お前、凄いじゃないか。そう声をかけられたのは19本目を走り終え、確保した28秒のインターバルを流していた時だ。喉の奥からは血の味がし続けている、ゼェゼェいう呼吸を抑えて直は後ろを振り返った。
「貴方は?」
「陸第4のオブゼン・トーデンダル。新谷伍長と同じ分隊の分隊長だ。プライドの高い連合の馬鹿どもが失礼をした、いい根性をしている立派な軍人だフワ伍長」
「有難うございます」
会話を続ける前に次の20本目のスタートがきた。できる限り呼吸を整えて、弘の号令で一気に飛び出すと、江草とそれに続く赫ノ助のスピードに必死で喰らいつく。半周後にはみるみる開いていく差に、歯を食いしばって足を前へ前へと動かし続けた。
不意に外側に圧を感じて見れば、先ほどのスキンヘッドの分隊長が自分を抜き去ろうとしている。そうはさせるか。肺にちゃんと酸素が入っているのかわからないほど空気を大きく吸ってはすぐに吐いて、腹に力を込め足を引っ張る。
耳の横をびゅうびゅうと風がなる中、二人のデッドヒートは続いた。
「……二十七、二十八、二十九!」
トップから29秒差、今度は31秒のインターバルだ。順位は同着で五位である。
足が止まらぬよう、肩で息をしながらぐるぐると周囲を小走りする。この訓練では入ったばかりの人間はゴール後に脚を止めるか倒れ込みがちなのだが、そんなことをすれば脚に力が入らなくなるか攣って動けなくなってしまう。先にゴールをした者は少し足をほぐす余裕もできるが、約30秒のインターバルではそうもいかない。流していると、隣にまたトーデンダルが並ぶ。
「しかし、一見ただのシゴキだが理にかなった訓練だな。帝國ではいつもこんな事をしていたのか」
「そう…ですね。自分は戦闘機乗りなので、偵察や出撃がない時は結構」
「敬服する、ウチの隊にも取り入れたいくらいだ」
「……初めは10本くらいからがいいですよ。新谷がよく知っている筈です」
「そうか、では後でアラヤにも話を聞くとしよう」
ある程度息が整い水を流し込むと、スタート地点から21本目の集合の合図が聞こえた。
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