1−1 人類ノ歴史ト選択ハ

 正式な記録として残っている最も古いものはおよそ16年前に遡る。


 3月某日——。

 とある古い修道院の聖母像が血の涙を流していたという。朝の当番をしていた者が腰を抜かし、ちょっとした騒ぎになったがなにぶん小さな町の出来事、必死に祈る者達が増えたのみでその話題が大きく拡散されることはなかった。



 それから約半月後、4月——。

 欧州のとある大聖堂が焼失。数百人規模の消火活動虚しく、その姿は轟々と燃え盛り各国のニュースを騒がせた。出火原因は不明。焼け落ちた建物の中央からは全くの無傷のピエタ像が発見され、これは神の奇跡だと多くのメディアが競うように報道した。

 厳重に包囲された現場では映像での撮影が禁止され、警察や軍隊の隙間を縫ってその様子をカメラに収めようとする報道陣との押し問答に発展した。しかし、なんとかしてその姿を撮影した者はその日の夜に全員謎の死を遂げている。

 死の直前に、とあるメディアのカメラマンが家族に宛てたメールには『怒りだ。あんな恐ろしいものは見たことがない』の一文が残されていた。


 ここから、メディアの報道が追いつかないような異常事態が立て続けに発生する。

 世界各国に存在する神を模った像、聖像が一斉に血の涙を流しているという。結露やサビの類だと思った職員が拭き取っても、それは次々に溢れ出してきた。まもなく、同じような異常現象が世界各地で起こっているというトピックが、若者を中心としたインターネット上の投稿で拡がり始めた。数日遅れて、それが事実であるという事を多くの人々がニュースによって知ることとなる。

 血液に見える物体を採取したところ、間違いなく何かの血液であるという結果が出た。しかし血液型や成分が場所によってバラバラということから、何者かの宗教テロ組織による犯行も疑われ始める。民衆、宗教団体とメディア、警察機関との間では一触即発の状態が続く。だが、ハッキリとした出処や何の情報も掴めず、その後の進展は無し。


 5月——。

 大陸の一端で新種のウイルスが発見された。各国への輸送の中継地となっていた国は、流通の停止による経済的損失を恐れ秘密裏に対策チームを設立。研究に当たらせていたがここで良くない事実が発覚してしまう。

 ウイルスの持つ爆発的な感染力——。

 その事実が公になる頃には、既にウイルスが世界中に蔓延した後だった。

 

 "メサイア"と呼ばれるそのウイルスに感染した者は、まず助からない。高熱を出し収まることのない渇きに苦しみ、目や口から血を流し…最終的には五感の全てを奪われてゆっくりゆっくりと苦しみながら死に至る。

 ウイルスの解析にあたった医療機関や研究チームの人間も軒並み感染していき、隔離以外の対策は何一つ見つからない。日に日に増えていく犠牲者の数字を人々は眺める事しか出来ないでいた。



 そして7月——。

 人類の歴史は大きく動く事になる。


『もう良いでしょう、人の子よ』


 その一文から始まる、人類滅亡へのカウントダウン——。

 初めは、立ち入り禁止となっていたかの大聖堂ピエタ像前。おびただしい量の血痕で書かれていたのはその一文だった。

 のちに資料で、採取された血液はその大聖堂にに出入りした後にメサイアに罹って死亡した者達のものだと判明。

 収容先も、死亡日時も異なる人間の血液が、どのようにしてその場所に集まったのか、真相は依然闇に包まれたままであるーー。


 きっかけはある一介の学者のインターネットへの投稿だった。

 各国の聖地で発見された血文字の画像、その異なる言語の一文を繋げ解析していくと、あるメッセージになるという。


 『もう良いでしょう、人の子よ

  汝自らを悔い改める事はなく

  罪は幾度となく繰り返し

  信仰は軽佻浮薄けいちょうふはくとなり

  もはや何一つとして

  貴方がたに望みは致しません

  苦しみなさい

  大いなる宇宙そら

  母なる海が

  苦しみ呻き嘆いた数だけを

  そうして貴方がたは

  愈々いよいよの終末を以ってして

  万劫末代まんごうまつだいの滅びと

  悠久の無としての救いを与えられんと』


   ——— 論文 : 啓示血痕より抜粋 ———



 何千という文を繋げていくと、ウイルスはこの『通称:神』と呼ばれる存在が世界中に散布したもので、抗うすべなく人類を苦しめ葬り去るものだという。


 目に見えない恐怖は日を重ねるごとに人々の心を支配していき。

 聖都は神に祈る人々で溢れ、神の怒りを恐れ自ら命を絶つ者も少なくなく。

 聖なる川は死体で埋め尽くされた。



 ウイルスに対していち早くその危険性を察知し、先手を打ったのは先の大戦から独立した島国やシドニーランド大陸などの国家だった。国内外全ての人間の出入国を制限し、大陸は更に人類における非常事態として全ての輸出入をストップ。侵略の歴史があった国家や民族こそ絶望を痛いほど知り尽くしており、戦禍の憂き目を忘れ去るほどには平和ボケしていなかった。こう言う時の我慢比べには強く、他国との連携はとりつつも自国内で全ての経済を賄うと言う対策に出た。

 いわゆる”鎖国”というやつである。これによりシドニーランド大陸、日ノ元帝國、陸続きではあるが北欧のスカンディナヴィア連合諸島が世界貿易から早々に離脱する事になった。


 軍事国家であった欧州のダイチェラントでは対策について軍部と貴族が対立、国家を引き裂く内戦となり軍部側がスカンディナヴィア連合へ合流、残された国家は事実上の解散、その後力をつけたヴァティカヌス教皇国を中心とした欧州に呑まれる形となる。

 これが最大の引き金となり、その後人類は原則主義派と新人類派に完全に二分化する事となった。




 ・原則主義派

  在るべき今を生存せん、と人の手の届く範囲を超えず受け入れ、運命を全うする意志を持つ人類。または国家。

  ーー人としての尊厳を保ち、最後まで抵抗するを掲げた軍部の存在する国家も此処に含まれる。


 ・新人類派

  『神の名の下にウイルスと共存し神の敵を排除すべし』

  啓示による人体の部位を切除、機械化する事で生存し、原則主義派の人類の掃討を行う事で『恩恵』を受け寿命を全うしている人類。または国家。




 『ヴァティカヌスが力をつけたのには理由がある、神の啓示を受け取れる人物がそこに存在したからだ』

  ——— 著者不明 : 殺害されたジャーナリストの手記より ———



 恩恵と呼ばれるものは、原油やテクノロジー等の多岐にわたるいわゆる”便利な物質・資源”である。

 不思議な事に、原則主義派を謳う国家からは電気やガソリン等の資源の採掘や供給が一切ストップしてしまった。これもまた、世界規模での人類の二分化の原因となる。



 メサイアウイルスが世界に蔓延してから五年後——。

 一方的な技術や物資の差により、原則主義派の国家は存続が危ぶまれ、新人類派に鞍替えする国家も少なくはなかった。依然としてメサイアウイルスへの効果的な対抗策もなく、過酷化していく戦況と共にじわじわと追い詰められ、原則主義派の人々も此処までかに思われた。



 ——ここで原則主義派に『悪魔の契約者』と呼ばれる存在が誕生し始める。


 ウイルスの感染と地獄のような苦しみに耐え抜いた者達がいたのだ。

 生還した者は何かしらの能力を発現しており、その絶大な力を主に防衛、時として攻撃として使うべく彼らは戦場に駆り出される事となった。能力は千差万別に分かれており、残念ながら数年経過した今日でもワクチンとなる共通の抗体がその者達から見つかる事はない。


 しかしこれは、新人類派による一方的な虐殺と化し始めていた人類の争いに一石を投ずる事となる。



 神をも恐れぬ、神への反逆者たち——。

 彼らは悪魔の力を以ってして、その神の蹂躙に対抗すべく立ち上がる。

 愛する人を、家族を、国を。束の間の幸せを。

 それを己の手で守らんと、契約者達は今日も戦禍の中を駆け抜ける——。

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