1-2 四◯四分隊、揃ワレタシ

 ルードルマンは些かウンザリしていた。

 二日前はわざわざストックホルムまで戦車砲を取り付けてまで出張でばったのに、いたのは数ばかりでやる気のない敵対諸国の無人戦闘機の戦隊。撃墜数を同じ中隊のハートマンと競うのも面白くない程の消耗戦だった。そして基地に帰還してみれば、未遂に終わったが連邦軍からの襲撃アリとの一報。ムシャクシャは収まらず、一分一秒でも早く出撃したい気持ちでいっぱいになった。


 しかし基地が襲撃されかけたというのに中隊の隊長であるユカライネン大尉は大層ご機嫌で、長らく自分とガードナー以外は空席だったこの分隊に二名の配属命令を連隊長との連名で出してきたのだ。尊敬する上官に曇りのない笑顔で「きっとルードルマンも気に入る人材だよ」なんて言われたら、何も言い返せるわけがない。



「本日付けで四○四分隊に配属されました不破ふわすなお伍長ごちょうです」


 ——からのコレである。


 目の前で空軍式の敬礼をしているのは随分と小さく、生意気そうな目つきをした坊主頭の小僧一人。まだ声変わりも終えていないようなハスキーな声音に、思わず元来の意地の悪さが首をもたげてしまう。なんというか、つい揶揄からかいたくなってしまった。


「ヴォルケ・ウルフリッヒ・ルードルマン少尉だ。フワ伍長、話に聞いていたよりも随分と幼く見えるが貴様歳はいくつだ?」


 軽く答礼をしてそう返す。一発目から半笑いで年齢を問われた事に多少ムッとしたのか、目の前の小僧が敬礼の姿勢そのままに少し睨むような目つきになった。


「……二十歳ハタチです」

「そうか、すまなかった。日ノ元帝國ヤパンの人間は幼く見えると聞いていたが、まさかこの部隊に未成年が配属されるほど帝國は重篤な人材不足かと思ってな」

「……少尉殿、昨今の日ノ元帝國の現状はご存知かと思いますが。会って数秒の自分の態度が、何か少尉殿の気に障りましたでしょうか?」


 五歳差か。しかし反発を堪えられないあたりがますますガキだ、とルードルマンは思った。思わずにやけてしまったところを、背後にいたガードナー二等軍曹にたしなめられる。


「少尉、初対面の部下を揶揄うのはよろしくないかと……」


 頰から顎にかけて大きな刀疵かたなきずのある男性が、にこりと笑い直の方へ向き直る。


「フワ伍長、私はルードルマン少尉の補佐についているクーゲル・ER・ガードナー。階級は二等軍曹で軍医もやっております。配属の件は聞いていますよ。同じ分隊同士、何か困った事あれば気兼ねなく聞いてくださいね。これからよろしく」


 差し出されたガードナーの手をチラと見、少し迷ってから「よろしくお願い致します」と直は敬礼を解き握手を交わす。一瞬、おや?というような顔をした後にガードナーは握手を解いた。

 勘は鈍くはないのだろう、「何か?」そうキョトンとした目つきで直はガードナーを見、少しだけ首を傾げる。


 ああなるほど、眼だ。先程から少尉がイヤに噛みつくなぁと思っていたが……この子の眼か。そうガードナーは思った。真っ直ぐで曇りがない、生粋の帝國の人間の黒い眼が。死んだように一点を見続ける眼の多い軍隊、昨今の劣勢により怯えの隠せない視線が彷徨く基地内。軍医をしているとそういった目によくかち合う。

 それらとかけ離れている、感情をなみなみとそこに映す眼。咄嗟の表情をつくろえないあたり、なんというか非常におぼこい印象を受ける。これはまた自由奔放な我が上司のオモチャにされそうな人材だ……ガードナーは不安になる。


「おやおや、これは相当なベビーフェイスだなフワ伍長。貴様本当に戦闘機に乗れるのか?」


 半笑いのまま声を掛けると、ガードナーがもう辞めろよと暗に目で訴えかけてくるのが横目に映った。この歳上の部下は階級こそ下だが、入隊直後からなにかと縁のあるお目付役のような存在でもある。


 しかしながらがっかりだ——。

 ルードルマンは隠すでもなく大きなため息をついた。小さい、160cmも無いように見える。師団内にも身長について特例措置の人物は居るが、これが陸軍であったなら間違いなく通常規定で不採用となったはずだ。


 日ノ元帝國の不破といえば、大幹部の息子で大型輸送機を単身で動かしただの、戦闘機十機を相手取り爆撃機で全機撃墜しただの、全身に手榴弾を巻きつけ敵軍を中央突破してみせただの、地獄から来た化け物と揶揄されるほどの豪傑だと聞いていた。前評判が相当高かっただけに、目の前にいるちんちくりんの小僧が果たして自分と同等の存在なのか、そしてこのはずれ者だらけの部隊の面々と肩を並べるに値するのかどうかも疑わしい。

 ルードルマンとしては内心期待をしていただけに、どうしても嫌味ったらしい口調になってしまうのだった。


「しかも伍長? 帝國での階級は少尉だったと聞いたが……随分な降格だ。やはりこちらの隊ではいささか非力だと判断されたのですかな?」


 あからさまな舌打ちの音が、三人だけの小隊室に響いた。ほう? と挑発的な視線を返すと、怯むでもなく真っ黒な瞳がルードルマンを下から真っ直ぐに見返した。


「申し訳ありません、ダイチェの訛りでしょうか? 何の話をされているのかさっぱりわからんです。それから、自分は伍長以上にも以下にもなった事がありませんので」

「ほう? 我が祖国を暗に馬鹿にするとは、貴様いい度胸だな。エイジア地域の人間は見た目も小さいが、忍耐力もコマいときた」


 ここで冷静になって自分の立場を考え……ないし、引かないのが直という人間である。


「同じく祖国を追われ連合軍に来た身でありながら、随分な自信ですなァ少尉殿。他民族差別なんぞ小さい事せずに、祖国を捨て逃げて来た者同士、せめて仲良くしましょうや」


 そして同じく、引くぐらいなら叩き潰す、が流儀なのがこのルードルマンであった。


「前評判は当てにならんもんだな。地獄から来た化け物、という割には小鬼にも満たんのがやって来た。分隊最初の任務は牛乳を飲むことにしてやろう、チビの元少尉殿・・・・


(……初日から本当に辞めてほしいなぁ、このお子様達は)

 ビキッという音がどちらともなく聞こえた瞬間、ガードナーは両者の殴り合いを防ぐべく、ため息をつきながら一歩前に踏み出した——。





「兄上の事を馬鹿にするな! この野郎! テメェなんぞヴォケで充分だ!!」


「失礼致します! 本日付けで四○四分隊に配属されました、不破ふわひろし曹長です……ってエエエッ!?」


 直の短い導火線に完全に火がついたのと同じタイミングで、小隊室のドアが勢いよく開いた。


 気持ちのいい挨拶と敬礼と共に入室してきたのは、ルードルマンと同じくらいの体躯の帝國軍人。

 彼の視線はそのまま上官の胸ぐらを鷲掴みにしている小柄な人物の頭に釘付けになっていた。


 血の気の多い二人の間に咄嗟に割って入った体勢のガードナーも、新しく入室してきた人物をぽかんと見つめる。


「フワ? 曹……長? もしかして……こちらのフワ伍長は」

「あーっ! 直っ! なんて事をしてるんだ! すぐに手を離しなさい! 少尉殿、大っ変、失礼致しました! 直は自分の」


 弘が言い終わる前に頭蓋骨同士がぶつかり合うゴチーン! という音がした。胸ぐらを掴んでいるチビに頭突きを喰らわせたルードルマンは、その手元が緩んだところですかさず右の拳を顔面に叩き込む。

 案の定、160cmにも満たない直の身体は後ろに吹っ飛んだ。


「配属初日から不敬と暴力とは! はははっ、元気すぎるぞチビ! 全身の骨を叩き折って航空便で祖国へ送り返してやろうか!」

「やってみろってんだこのボケ!」


「落ち着きなさい」売り言葉に買い言葉ですかさず飛び出して行こうする直を、ガードナーが羽交い締めにして止めた。


「フワ伍長、口の中を切っているじゃないですか。少尉も大人気ないですよ、こんな小さな子に顔面鉄拳制裁なんて」

「小さいは余計……ですっ!」


 すっぽりとガードナーの腕の中に収まってしまった直が、モガモガと捕らえた主を見上げて抗議している。口を開くとなるほど血の味がした。


「入隊初日、任命式も終わってないうちから分隊の部下を病院送りにするか、腫らした顔で出席させる気ですか貴方は。やめてくださいよ、ユカライネン大尉が見たらなんと仰るか……」

「心配には及ばん。ここに配属されたというからには、それなりの理由があるのだろう。ドン引きしたい奴は勝手にさせておけ」

「はいはい。ちょっかいを掛けたくなったのにやり方が分からず、傍若無人で一番幼稚なカードをきった貴方の青さに私は今まさにドン引きしておりますよ」

「……おい待て、さっぱり意味がわからん」


 心底意味が分かってないという仏頂面の上官は一旦放置しよう。歯は折れてないですね……と直の口を開けさせ確認した後、ガードナーは小隊室の入り口で固まっているもう一人の帝國軍人に視線を投げかける。軍隊の機微を理解しているのか、身内であろう直が上官に派手に殴られたのを見て唖然としつつも、取り乱して駆け寄るような事はない。どうやらこちらが噂に聞く、大本命の豪傑のようだ。


「着任早々ロクな挨拶もせずに申し訳ありません、フワ曹長殿。同じ四○四分隊のガードナー二等軍曹です。機銃手ですが軍医も兼任しております。不躾で申し訳ありませんが、フワ伍長は貴方のご家族で?」

「ハッ! 妹が大変失礼を致しました! 戦闘機の操縦に関しては俺以上でありますが、なにぶん幼い頃から帝國の過酷な戦禍と共に過ごしておるせいか、気が荒い面がございまして……」

「兄上っ! これにはワケが……」


 口を閉じろ直! と男が恫喝した。

 部屋の中で一番小さいその身体は、バツの悪そうな顔をして少し俯いたため更に小さく見える。


「ルードルマン少尉殿! 本日より連合軍第13師団第8飛行中隊、四○四分隊に配属となりました不破弘曹長です。同じく妹であります不破直伍長も、同分隊配属となりました。祖国の地を一度棄てねばままならなかった身、右も左もわからぬ兄妹ですが、命を賭して貴方様と共に任務に邁進まいしんする所存にございます」

「え、あッ……? いや、待て」


 一目見て分かりすぎる程に、ここまで不遜な態度を一貫していたルードルマンが狼狽うろたえた。溌剌はつらつとした弘の敬礼に対し、答礼の手も上がらないほど。


「妹だと? いやしかしコイツは——」


 助けを求めるように視線をこちらに泳がせたルードルマンに、ガードナーは内心ニンマリとする。こちとら何年医者をやっていると思っている、始めに握手を交わした時の違和感は羽交い締めにした時に確信に変わっていた。男の軍人の骨格と筋肉量ではない。一目では小柄な男と区別がつかないほどには、相当な努力と鍛錬はしているのだろうが。


「ハッ! 本日朝から姿が見えないと思っておりましたが、どうやら頭を丸めていたようでありまして! 不破直、間違いなく我が妹にございます!」


 その頭については後で話を聞かせてもらう! と直に一喝した後、敬礼を崩さず弘はルードルマンに向き直った。


「少尉の鬼神の如き戦果のお噂はかねがね伺っております。同じ分隊で飛べる事、その後方支援をさせていただける事、非常に光栄です」


 呆気に取られていたルードルマンも、その言葉に正気に戻ったのだろう。背筋を伸ばして答礼を返した。


「せいぜい励め。この分隊の特殊任務については、午後の任命式にて師団長より説明があるだろう」


 その場の空気を締めるように、弘の短い返事が響く。これは良い采配かもしれないとガードナーは思った。地獄から来た化け物という前評判の真偽は如何にしても、アクの強すぎる空軍の特殊部隊内においてこの数分の間で見えた弘の柔軟な姿勢は良いクッション材になり得る。少尉からの降格という編入も、階級に煩いダイチェラント出身の隊員との軋轢を考慮しての事なのかもしれない。


「つきましてはルードルマン少尉殿、一旦の退出と不破直伍長の回収を許可いただけますでしょうか? 顔の腫れを手当てしたく……」

「ああ、構わん。連れて行け」


もう一度ぴしりと敬礼をし、弘は直へと向き直った。


「兄上……」

「バカもん。初日から上官に楯突くアホがおるか。お前は本当に……肝が冷えたぞ」

「すみません」

「……ん?」


 いやに今日は素直だな、と弘は思った。訓練校時代からお転婆を遙かに通り越してきかんたれの問題児、数々の男顔負けのエピソードを残しつつ、しかし成績優秀のため軍隊配属だけはもぎ取った妹である。もう少しこの場で駄々を捏ねるかとも予想していたが、流石に配属初日の重要さを理解してくれたのか、ブン殴られて頭が冷えたのだろうと解釈した。


「時にチビ。先程私の事をヴォケと詰ったが、それは帝國の言葉か?」


 マズイ……! と弘とガードナーが手を伸ばした時には既に遅し。直は大人しかったのではない、お礼をしてやる瞬間を待っていたのだ。


 腫れ始めた頬いっぱいに笑みを浮かべた直は、ルードルマンの懐に一瞬で入り込み。

 あろうことか何階級も上である上官の顎に、躊躇なくピンポイントで掌底を叩き込んだ。


 歯を勢いよく噛み合わせたであろうガチンッという音が、小隊室に小気味よく響いた。


「これは失礼! チビなもんで角度が真下からになりました、口ん中噛んだでしょう? お揃いですなァ」

「すなおーッ!」


 流石に今度は弘も身体が動いた。追撃が来る前に直を手早く回収し、肩に担ぎ上げる。

 ガードナーに至っては肩を震わせて笑っていた。二人を庇う様にルードルマンの前に立つと、早く行きなさいとでも言うようにしっしっと手を払う。弘は手早く敬礼をすると、逃げるように小隊室を後にした。


「……覚悟しとけチビ」

「こっちの台詞だ。今に見てろヴォケ少尉」


 午後の任命式は四○四分隊にとって締まりのないスタートとなった事は間違いない。

 不機嫌そうに「ムチウチだ」と言う首の動かないルードルマン少尉と、左頬が赤黒く腫れ上がった直は、中隊長たっての希望でそのまま部隊の集合写真へ納まる事となった。


 後に空の破壊大帝、稲妻ツバメと呼ばれ神にすら恐れられる事になる二人の出会いである——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る