連合軍第13師団飛行部隊 ~四◯四分隊のツバメちゃん~
すきま讚魚
第一部
プロローグ : 我レ、敵爆撃機発見、迎撃ス
21XX年、北欧都市、ヘルシングフォシュ。
国境を越えて片や大陸国家、片や同盟国諸島と隣接するスオミ共和国の大都市である。海を越えて同盟国の主要都市とほぼ平行線に位置するこの海沿いの街に連合軍13師団飛行部隊基地はあった。
「長旅お疲れ様、ミスター
「楽にしたまえ」とシャドウブルーの軍服に身を包んだ優男が、この部屋にいるもう一人の男へ側にあるソファを勧めた。胸元に光る銀色の勲章が眩しい、13師団きっての精鋭部隊、第8飛行中隊隊長スティア・イッル・ユカライネン大尉である。
「失礼致します」
声をかけられた男はそう言うと短く敬礼し、促されるままソファへと腰をおろす。
「早速だが戦況はあまり芳しくない。本日も既にうち一番の精鋭がストックホルムの方へ
「とんでもないです。昨今の原則主義国家の実情は十分把握しているつもりです。自分のような一介の帝國軍人に、大尉自らこうしてお時間を作っていただけただけで大変感謝しておりますし、此度の難民の件でも——」
スッとユカライネンは手でその話を遮った。
「それは君の成果だ。その先のかしこまった難しい話は上に任せようじゃないか」
穏やかな笑顔でそう言う。向かいに座った男はポリポリと頰をかいた。
「さて、ここからが君を呼んだ本題。情報の擦り合わせと君たちの配属についてなんだが……」
「お話中失礼致します! ユカライネン大尉っ!」
バンッと勢いよくドアが開き、連絡兵と思われる青年が執務室に走り込んできた。どうやらただ事ではない様子に二人は立ち上がる。
「どうした? 敬礼は省け、要件を」
「敵爆撃機が基地上空に接近中! 連邦軍のステルス機と思われます!」
「なんだって……!?」
ユカライネンと話していた男、
「大尉、迎撃は?」
「まずい、兄上はスロを連れて国境の方へピクニック中だ……」
苦々しそうに頭を抱えたユカライネンがそう独り言ちると、連絡兵の引き攣った声が聞こえた。
「おそらくストックホルムの大群も国境の戦車団も、主力部隊を引っこ抜きその隙に基地を襲撃するための餌だ。私が出よう、陸部隊に高射砲の用意をと伝えろ、大至急だ!」
「イエッサー!」
踵を返し、連絡兵が走り去っていく。
「大尉が一人で迎撃を?」
足早に部屋を出ようとするユカライネンに弘は声をかけた。
「高射砲の援護があるからな。私の二つ名を知っているかい?」
「……俺も出ます」
「嬉しいね。さっそく実戦でお手並拝見といこうか、ミスター不破。ついてこい」
「ハッ!」
思わず帝國式の敬礼を返してしまったが致し方ない。基地内の警報が一斉に鳴り出す中、弘もユカライネンの後に続いて通路に飛び出した。
「大尉ーっ! ユカライネン大尉!!!」
前方からさっきとは別の連絡兵が、半ば泣き叫ぶように走って来るのが見える。
「何だ!」
「整備場にてメンテ中の戦闘機一機を所属不明の少年兵が強奪! ものすごいスピードで敵爆撃機陣に単機突撃をっ!」
「なっ! しかも整備中の機体だと? 弾薬は?」
「一発も入っておりません!」
もはや連絡兵の語尾は泣き声と化している。
「それからッ……!」
「何だ! 他にもあるのか!」
走り抜けようとした二人は今一度足を止め振り返る。
「あの機体は着陸ができません!」
「承知した! 空中で少年を回収する、無駄かもしれんが無線で交信をかけ続けろ! 陸にも伝達を」
「イエッサー!」
連絡兵の返事もそこそこに、二人は再び滑走路へと全力で走り出した。
「少年兵だと? 単機突撃なんてやらかしそうな奴は今ストックホルムにいるというのに!」
思わず溢れた大尉の独り言に、弘の脳裏に一つの可能性が浮かび上がってきた。とてつもなく嫌な予感がする。
「大尉! その少年兵、自分の知っている者の可能性があります!」
「冗談はよしてくれ、そんな無茶をするのはこの第8飛行中隊の中でもルードルマンしかいない……」
建物から走り出ると、信じられない光景に二人の足は今度こそ完全に止まることになる。
「何だこれは……」
警報が鳴り続けているにも関わらず、大勢の隊員や整備士が足を止め……上空をただじっと見つめているのだ。
「弘先輩!」
聞き慣れた声に振り返ると、自分の部下が走り寄ってくるのが見えた。
日に焼けた色黒の青年と、後ろから来るのは相対的に色白で垢抜けた印象の長身の青年。どちらもユカライネンとの面会中に、基地内で待機を命じていた者達だ。だがしかし、一人足りない。
「……
ドォーン! という爆発音と共に、後方の群衆から歓声が上がった。
「
気まずそうな表情で、先ほど蒼一と呼ばれた色黒の青年が告げる。
振り返って音のした方の空に目を凝らすと、爆煙とその中をこちらへ向け突き進む連邦の爆撃機の姿が見えた。
「さっきの音で三機目、今飛んでるのが最後ッス」
蒼一に追いつくような形で走ってきた、赫ノ助と呼ばれた方の青年がそう付け加えるように言った。
その言葉に弘は苦虫を噛み潰したような表情になる。
視線の先、爆撃機の全体がはっきり見えるほどに爆煙が晴れると、青い空の中に小さな影がもう一つ見えた。
「あれが君の秘蔵っ子かい? ミスター不破?」
隣に立つ大尉が、空を見上げたまま楽しそうな声を出した。
「実に、楽しそうに飛ぶ」
普段なら上空を飛ぶだけで威圧感を与える爆撃機が、その体長三分の一ほどの戦闘機たった一機に翻弄されている。まるで、怯えて逃げているかのように。恐らく対空機銃で応戦されているだろう小型戦闘機は、小回りのきくサイズ差と機動性、そして圧倒的早さを駆使してひらひらとそれを躱していく。太陽の光に反射したその操縦席のガラスと、爆撃機から放たれる銃撃がチカチカと時折光る。
大きな獲物をおちょくるかのように、前後左右に飛び回った戦闘機は敵機下に潜り込むと、突如その腹の下から鼻っ柱スレスレを抜け、垂直に駆け上がった。そこからの宙返り、そして同じく垂直の急降下。
「すげぇ……」
誰かが呟く声が聞こえ、弘は小さく唸った。
恐らくもう三機相手にもどこかで既に披露したのかもしれない。
急降下した戦闘機は絶妙な角度で爆撃機の尾翼に機体を引っ掛けてきりもみ回転、大きく傾ぎバランスを崩した爆撃機は立て直すことができずそのまま落ちる。
ドォーン! 四度目であろう爆音と共に、遠くに火の粉が見えた。
歓声と共に軍帽がいくつもいくつも宙を舞う。
もう落とす標的の失くなった戦闘機は、くるりと宙返るとまっすぐに基地へ向けて飛んでくる。徐々に高度を下げ、その姿が大きくなってくると、弘はほうとため息をついた。
「先輩、先輩! 大事な事ば忘れとりませんかっ!」
急に蒼一の摑みかかるような声で我に帰る。
そうだ、一直線にこちらへ戻って来ているがあの戦闘機は確か……。
「あれは着陸できんとです! 下手したら大炎上で機体は四散します!」
「総員!全速力で退避ーっ!!! あの機体は着陸不備の調整中だ! 滑走路に激突するぞ!!!」
弘の怒号で周りにいた人間が一斉に、まるで怪獣が襲来したパニック映画の中かのように動き出した。
「消火班用意! それと担架の準備をしておけ! 中の少年は絶対に死なせるな!」
このタイミングで飛んだユカライネンの指示に弘の胸は熱くなった。
ゆっくり、出来るだけゆっくりと降下し、滑走路に着陸するかに見えた戦闘機は。そのままの勢いでアスファルトの地面に激突し滑りに滑って、勢いが収まるまで回転炎上し四散した。
翼と機首は吹っ飛んだが、操縦席部分は塊になって残っているようだ。急いで消火班が向かい、弘達もそれに続く。
「直ぉーっ! 直どこだ!」
「返事せんか直!」
「火が消えるまで下がっていてください!」
火はなかなか消える様子を見せず、エンジンに引火したのかガラガラと何かが崩れていく激しい音が響く。
もう一組消火班が到着し、あらん限りの水を炎に浴びせかける。
そんな一刻一秒を争うような緊迫した状況の中。
「おう! 兄上、見てくれとったですか!」
不意に、後ろから声がかかった。
「いやぁ、レバァを引いても車輪が出てこんかったんで、地面に激突する直前に転げ落ちたとですよ! あちこち擦りむきましたが、大した事はなかです! 敵は全機殲滅して参りましたのでご安心をっ!」
泥と擦り傷と血で汚れきった小柄な人物がケラケラと笑いながら歩いてくるのを目にし、周りの人間がまるで幽霊でも見るような目で見つめていたのは言うまでもない。
配属先も決定していない新たな土地で、着任前の人物が中隊の所持機を大破……。弘は安堵と絶望とで全身の血の気が一気に引くような気がした。
ハッとして、隣にいる表情の読めないユカライネンに向き直る。
「大変申し訳ありません大尉! ウチのは無事でしたが、大事な機体を大破させてしまい……」
今にも噂に聞く帝國式土下座をやりかねない状態の弘をチラと見、ユカライネンは再び彼の発言を手で遮った。
「無事で何より! 大変結構だ。フフフッ……素晴らしかったよ、君の秘蔵っ子とやらは」
「……勿体無いお言葉です! 機体の扱いについては再度厳しく言い聞かせます」
叱るどころか拍手までして笑ってのけるユカライネンに、弘は姿勢を正して一礼する。
「私にも苛烈すぎる兄がいてね、今の君の気持ちは痛いほどわかる」
そう言うと、歩いてきたボロボロの人物に向き直る。
「ここの処理は私たちがしておこう。君は医務室に行って傷を見てもらいなさい。たまには側にいるお兄様のことも頭に入れておくように」
肝心の人物は、突如現れた身なりの綺麗な男にポカンとしている。
「直っ! ユカライネン大尉だ! 敬礼!」
「ハッ!」
この人は誰ですか兄上? そう目線が語っていたので一思いに恫喝した。後ろにいた部下二人も慌てて直にならって敬礼をする。姿はボロ雑巾より酷い有様だったが、それでもびしりと背筋の伸びた姿に弘は内心安堵した。
「……決めた。君たちの配属は、文句なしにあの分隊だな。今度こそ、共に飛ぶのを楽しみにしているよ」
ぽそりと聴こえたユカライネンの呟きを聞き返す間もなく、弘の号令で手早く動き出した同期に担がれ、直は煙の上がる滑走路から退場させられたのであった。
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