第25話 触れたくて

「アカン、体力の限界ふりきっとる」

「わかります。私がヤバいんですもん、おばあちゃん、気力だけで動いているのでは」

「頭の中心がフル回転しとる。だからなんとか動いとる」

「お風呂……お風呂最高らしいですよ。ですよね、五島さん」

「最高どころの話じゃないぞ。長崎が一望できる」

「入るっ……入ってすまんが、寝るっ!!」


 おばあちゃんはよろよろと立ち上がって浴衣を掴み、お風呂へ向かった。

 私はすいません……ここまで食べた後だと……もう動けなくて……座椅子に頭を預けた。



 あの後、私は高見さん記念館で四時間ほどポスター絵を模写した。

 我ながら良い感じに描けたと思う。

 この絵と、おばあちゃんが五十年前に描いた絵と、この本物の写真……ちゃんと本にしたいなあと大切にしまった。

 そしてもう高見さん記念館はお宝がすごくて!

 なんと高見さんが撮影の時に着ていたお洋服もあったのだ。

 もうおばあちゃんとキャーキャー言いながら写真を撮った。

 買ってよかった一眼レフ!!

 そしてパンフレットが全種類残っていて、その中の数冊には高見さんのサインが入っていたのだ。

 これまたふたりでキャーキャー言いながら撮影して、おそれながら触れたりした。

 そして高橋さんが出してくれたのは、高見さんが長崎にロケに来た時に食べたというカステラで……!!

 それはもう廃業しているお店のものだったけど、レシピをおばあちゃんが書いてメモしていたので、職人さんに頼んで再現してくれたのだ。

 もうふたりで「嬉しいです」と泣きながらそれを食べた。

 そして持ってきた本を渡して、その話を延々とした。


 正直私もおばあちゃんもテンションマックスで楽しみすぎた。


 旅館の夕食の時間にギリギリ間に合う状態で高橋さんに別れを言い、なんとか五島さんが迎えに来た車に乗り、夕食を取った。

 そして今、疲れ果てている。

 実は私、ひとりで聖地巡礼する時は、まともな食事などしないのだ。

 なんとなく調べてきて、地元の有名な食事を簡単に頂く。

 泊まるのも、駅前のビジホで、五島さんが選んでくれたみたいな超老舗の旅館なんて泊まらない。

 この旅館、長崎の景色が一望できる山の上にあって、ご飯がものすごく美味しかった。

 すごい……でも疲れとテンションとお腹いっぱいで……動けない……。


「……屍かよ」


 脱力している私を見て五島さんが口を押さえて笑う。

 私はよろよろしながら口を開く。


「……限界です。今までにないレベルマックスのオタ活をしました」

「みたいだな。リュックサックの重さに驚いた。よくあんなの持って坂上ったな」

「持ってきた本は全部お渡ししたんですけど、なんと複数パンフレットを持たれていて、カブっているのは頂けるということでっ……頂いてしまいました!!」

「宅配便で送ってもらえよ」

「いえいえいえいえ、飛行機の中で読みたいですから」

「汚れるぞ」

「……あ、そうですね。考え無しでした。旅館から宅配便で送ります」


 でも本物を頂けると思ってなくて、もう嬉しくて段ボールごとリュックサックにいれて持ってきたのだ。

 またこれが冗談じゃないほど重たい。そして私は屍になった。

 笑っている五島さんは、もう温泉を満喫したようで、浴衣を着ている。

 ……さっきからビールを飲みながら浴衣姿で……正直かなり……かっこいい。 

 私はピンと思いついた。


「このお部屋って家族風呂ありますよね」

「あるぞ。桧で最高だ。入ってこい。その間にツマミだけ残して片付けてもらおう」

「はい!」


 私も浴衣に着替えて五島さんの横に座りたい。

 長崎が一望できる家族風呂が付いていると五島さんが予約の時に言っていたのだ。

 中に入ると、さっき行った高見さん記念館がある山から、海まで一望できる。

 夕方が終わって夜になる手前、紫色に染まる空を見ながらゆっくりと足を伸ばした。

 はああ……きもちがいい。

 今まで聖地巡礼に来たらビジホで適当に済ませていたけど、旅館にちゃんと泊まるのって最高だ。


 浴衣を着て、髪の毛を乾かして、部屋に戻った。

 すると食事は片付けられていて、残されたご飯だけが別の皿に移動してあった。

 五島さんはそれを食べながら日本酒を飲んでいた。

 首をクイと動かして、


「ばあちゃんはさっき戻ってきて和室のほうで寝た」

 と言った。

 私はお風呂の荷物を片付けながら、

「良かったです」

 と頷いた。

 

 この部屋は布団で眠るお部屋と、ベッドの部屋に分かれていて、私とおばあちゃんは布団の部屋、五島さんはベッドの部屋と決めていた。

 席の方を見ると、五島さんが自分の隣の場所を、トントンと叩いてくれた。

 えへへ……!! 私は五島さんの横の座布団に座った。

 五島さんは優しく私の頭を撫でて、


「浴衣はいいな。かわいい」


 そう言って肩ごと引き寄せてくれた。

 浴衣の布越しに触れる五島さんの体温が気持ちよくて身体を預ける。

 五島さんは肩に優しく触れながら、


「あー、クソ。今日は酔わずに橘を満喫しようと思ってたのに……もう飲み過ぎだ、クラクラする。風呂が最高すぎた」

 と言って首を軽く振った。

 私は身体をくっつけたまま口を開く。

「あのっ……私はお酒飲んだ五島さん、すごく好きです。だって……甘やかしてくれるから」

「あのなあ橘。俺は基本的に好きな女は限界越えまで甘やかしたいんだ。今だって、どうしよもないほど橘を抱きしめたい」

「ひゃい!」

「出た、『ひゃい』。何なんだよ、もうここに来い」

「ひゃい!!」

 

 五島さんは笑いながら私の膝の下に手を入れて、軽々と膝の上にのせた。

 そして私を優しく……昨日もそうだった。五島さんは「来い」とか言い切るわりに……抱きしめ方がものすごく優しいのだ。

 大切に想ってくれてるのが伝わってくる。


 言葉なんて口から出た気持ちの亡骸だと、五島さんに抱きしめられるたびに思う。


 触れる指先が身体を大切にしてくれるのが分かる。

 高まる体温がドキドキしてくれてるんだなって分かる。

 近づけてくれる距離が心を伝えてくれる。


 五島さんは私の肩を親指で撫でて、そのまま洗ったばかりの髪の毛に触れる。

 まだ少し湿っている毛先に触れて、そのまま湿度さえ飲み込むように抱きしめてくれる。


 心臓の音が聞こえてくる。


 それは岩の隙間からコポリと湧き出る温泉みたいに温かい。

 鼓動に呼吸を合わせると、体温に溶けるような感覚に包まれる。


 でも私というカタチはそのままここに居たくて、五島さんの浴衣をキュッと握る。

 五島さんはそれに答えるように、私の肩を再び優しく抱き寄せた。


 そして頬を、私の頭の上にトンと置いてスリ……と甘えてくる。

 わわわわ……嬉しい……膝を抱えて丸くなって小さな団子みたいになって、私もくっついた。

 五島さんはふわりと私の顔を覗き込んだ。

 その瞳は、やっぱりものすごく優しくて甘い。 


「……橘が好きだわ」

「っ……!! あの、私も、好きです」

「うん」


 そう言って五島さんは私の前髪を持ち上げた。

 そしてオデコに優しく唇を落とした。

 じんわりと伝わるやわらかな甘さ。

 っ……!! 嬉しくて目を閉じてしがみつく。

 五島さんはそのまま私の髪の毛を指先でクッ……と動かした。

 そのまま流れるように指先で首に触れる。


「っ……」


 せりあがる恥ずかしさに目を閉じると、そのまま指先を動かして、首元から浴衣を、少しだけずらした。

 露わになる私の鎖骨。そこに顔を動かして、唇を落とした。

 それは最初は優しく触れるように……でも次第にきつく……食べるように強く……。

 そしてペロリと舐められた感触に「!!」と顔を上げた。

 五島さんは目元だけでほほ笑んで、


「つまみぐい」


 と言った。

 !! もうちょっと、刺激が強くて……っ!!

 私は襟元を戻してグリグリと五島さんの顎を下から頭突きで攻撃した。


「おい、こら、昨日もしてたけど、この橘ドリルやめろ」

「五島さんが……五島さんがそんなことするからです!!」

「東京戻って挨拶すんだら、もっとするけどなあ。なんなら一日中するけどなあ」

「!! お、て、やわらかに、お願いします」

「ヤダ」

「五島さん!!」


 笑って転がる五島さんの胸をぽかぽか叩いた。

 初心者なので、もうちょっと手加減してもらわないと、壊れちゃいます!!

 五島さんは私の手を握り、たまに手の甲にキスをしながらお酒を飲んだ。

 甘すぎるっ!!

 昨日みたいにお店じゃなくて、すぐに眠れるから、また五島さんはたくさんお酒を楽しそうに飲み、ベッドのほうのお部屋でコテンと眠ってしまった。

 私は長崎の夜景を見ながら、追加で頼んだイカをまた食べた。

 わかってる……九州に来てからイカを食べ過ぎてる……だって美味しすぎない??


 寝る前に鏡で鎖骨を確認したら、キスされた痕がはっきりあって……それを押さえた。

 どうしよう。ものすごくドキドキする。

 

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