第24話 私は私のままで

「(きゃあああああ!! 告白されちゃったし、告白しちゃったし、本当に恋人になっちゃった。初彼氏だーー!!)」


 私は部屋に入ってベッドに飛び込み、じたじだと暴れた。

 もうちゃんと気持ちを伝えたいなって、思ってた。

 でもしたことなくて、でもちゃんとしたくて、でも突然言っていいのかもわからなくて、やっぱり怖くて何も言えなかった。


 そしたら、五島さんから伝えてくれた。

 すごくうれしい。


 抱きしめてくれた腕の強さとか、指先とか、首のところにあった五島さんの髪の毛とか、服ごしの体温とか、耳元で囁いてくれた言葉とか、全部うれしい。

 私はきっと、飲み会から五島さんが守ってくれた時からずっと好きだったと思う。

 近くに居られる距離感が好きで、ずっとこのままでも良いかなって思う日もあったけど、やっぱりちゃんと彼女になりたかった。

 五島さんの前だと私は私のままでよくて、安心する。


「……むふふふ……」


 枕を抱えてゴロゴロする。

 今日の五島さんは、居酒屋で今まで見たこともないくらいお酒を飲んで、へろんへろんになってた。

 それでずっとカウンターで私の手を握って「橘は本当に可愛いな」ってずっと!

 ちょっと手を離そうとすると、追うように握ってくれて……グイグイきて甘いの、すごい!!


「(きゃああああ!!)」


 私はコロコロ転がって布団と一体化して、そこからまたコロコロ抜け出して遊んだ。

 明日も五島さんを酔わせちゃう! 可愛くて甘い五島さん、もっと見たい!

 お家じゃないから気も緩んで、あんな酔っ払いに……!

 私はキャーキャー言いながら布団の上で転がっていたが、時間は二十三時。

 明日も早いしもう寝ないと……と思ってワンピースを脱ごうとしたら、酔った五島さんがスカートを握って「俺の前ではたまに着ろよ」って言ってくれたの!

 キャーキャー! 荷物王で良かった!

 明日も違う服着られるし、パンプスも三足入ってるんです!!

 だって五島さんの前では可愛くしたいなって思ったから。

 明日はどっちのワンピースにしようかな。あ、ちょっと待ってよ。

 服変えるならネイルも変えたいな。持ってきたの。日差しが強かったからパックもしないと。全部持ってきて良かったー! ていうかおばあちゃんと別のシングル取ってて良かったー! 

 夜中にこんなバタバタ大騒ぎしたらおばあちゃん起こしちゃうところだった。

 あっと加湿器かけないと。ホテルの乾燥ってひどいから。

 私は深夜にコソコソと明日の準備をした。ああ、もううれしい!




「眠気って何……?」


 準備を終えて布団に入ってみたものの、アドレナリンが出ているのか、全く眠れない。

 時計を見たらもう五時半だった。

 これはもうおばあちゃんが起きているのでは! 私はLINEを立ち上げておばあちゃんに送る。

 すると即既読になって『早いなあ』と返ってきた。

 おばあちゃん話を聞いて!!


 私はパジャマ姿のままスススと部屋を抜け出して隣の部屋に入った。


「おはよう絵里香ちゃん。早いなあ」

「おばあちゃん、あのですね! 五島さんにこ、告白されて、私も、して、えっとちゃんと恋人になったんです」

「!! なんやて、やっとか!! あららまあ!! ばあちゃんうれしいわ……」

「おばあちゃん~~~、やりましたー!」


 私はおばあちゃんの布団に飛び込んで丸まった。

 色々細かく話したかったけど……やっぱり自分の中に大切にしたいこととか、景色とか、温度とかがあって。

 それは言葉にしたら泡みたいに消えちゃう気がして、それでもおばあちゃんに伝えたかった。

 おばあちゃんは私の頭を優しく撫でて、


「良かったなあ。見てるとお互い好きなのに、何してるんやろ? ってずっと思ってたわ。はあ。二十年死ねんな!!」

「はい。ずっと一緒にいてください……そして寝ていいですか」

「ええけど、もうそろそろ朝食ブッフェの時間やよ。ここ朝からイカ出るんやろ?」

「イカ、超美味しかったですよ!」


 話して落ち着いたのか、めちゃくちゃ眠くなってきたが、ここは朝食ブッフェが美味しいということで五島さんが選んでくれたホテルだった。

 同人やってたら一日くらいの徹夜はよくある話だ。よし寝ない!!

 私はおばあちゃんの部屋からスススと出て自分の部屋に戻り、聖地巡礼用の服を着た。

 そして朝食ブッフェにおばあちゃんと行った。

 もう朝から海鮮が美味しくてご飯が美味しくて……!

 おばあちゃんと朝からモリモリ食べた。ああ、楽しい!



「おはよう。早かったんだな」

「おはようございます! はい、えっと……朝食ブッフェのイカ楽しみで」

「昨日もめちゃくちゃな量のイカ食ってたじゃないか」


 そういって五島さんは笑いながら私の荷物を車に載せてくれた。

 昨日のこと……酔ってたのにちゃんと覚えてるんだ。

 じゃああれは記憶がないとかじゃなくて、記憶があって私を甘やかしてるの?

 えへへ……口元がモゴモゴしてしまう。全部がうれしい。

 今日は博多から長崎までドライブして、長崎にある高見さん記念館に行くのだ。

 車を運転する五島さんを見るのが好きで、見ていたかったけど……車が動き出して数分後には気絶していた。

 お腹いっぱいで安全運転の車に乗ったらすぐに眠ってしまう。抗えない。


 目が覚めたら、視界が全部水平線だった。

 ずっとずっと静かな海が視界に広がっていて、それが変わることなく続いている。

 遠くまで見渡せる世界をぼんやりと見ていた。

 私の手におばあちゃんの手が触れた。

「まだ着かんから、寝とき」

 はい……となんとか答えて再び眠った。



「絵里香ちゃん、着いたで」

「っ……はい!」


 目が覚めると車が止まっていて、どうやら駅に近い場所のようだった。

 五島さんがミラー越しに話しかけてくる。


「ここから坂道上ったほうにある。俺は旅館にいるから何かあったら連絡してくれ」

「はい」


 私は頭をさげてシートベルトを外した。

 よく眠れたようで頭はスッキリして、外に出たら夏の日差しがヒリリと気持ちが良い。

 これはもう南国だ。五島さんを見送って、私とおばあちゃんは高見さん記念館へ向かった。

 

「おばあちゃん、路面電車に乗りましょう、遠回りですけど、これは乗りましょう」

「せやな。これは乗らなあかんな。路面電車可愛いなあ。東京にもあるやん、あれ好きでたまに乗ってたわ」

「いいですよね。この街の中をのんびり走ってる感じが」


 私たちはキャッキャしながら路面電車に乗り、少し遠回りして高見さん記念館に向かった。

 下調べをしていたので知っているけど長崎暑い。そして日差しは完全に沖縄と同じだ。

 アウトドアメーカーの傘は完全に日差しと熱をシャットアウトするものだと知っていたので、ふたつ購入していた。

 それをおばあちゃんにも渡してゆっくりと歩く。

 お若いし体力があるとはいえ、この日差しと熱さはつらいと思う。

 でもよい日傘をさすと熱は感じなくて、涼しく感じた。

 近いけど、それでもゆっくり。

 私たちは何度も休憩を入れながら記念館に向かった。

 車で行けないかと調べたけど、長崎ってもう山なのだ。

 そして海から車が入れない細い道で形成されている。

 景色は素晴らしいけど暑い。だからゆっくりゆっくり……歩いて向かった。

 坂を上り切って、建物を発見した。


「わあ、ものすごく綺麗ですね」

「洋風の……すごいなあ、御殿や……」


 おばあちゃんは置いてあったベンチに座って、建物を見上げた。

 高見さん記念館は古い洋館で、手前には美しい芝生があり、真っ白なベンチが置いてある。

 そして木で作られた大きな扉が開いて、私より少し年上……そしておばあちゃんより少し年下の方が出てきてくださった。


「洋子さんですか。遠い所をありがとうございます」

「はじめまして、五島洋子です。素敵な洋館ですね」

「どうぞ、中はクーラーがついてて涼しいですから」


 促されて私も挨拶をしつつ洋館の中に入ると、そこには大きな額縁に入った手書きの高見さんのポスターが飾ってあった。

 すごい、私これ初めて見た!

 おばあちゃんは「昔見たままや……信じられへん……」と涙ぐんだ。

 管理人の高橋さんは、


「私のお母さんが大ファンで、映画館の人にお願いして頂いたんです。五十年以上前のものなんですけど、今も職人さんが年に一度直しにきてくださってて、こんなに綺麗な状態をキープできてるんです」


 と笑った。

 私とおばあちゃんは手書きポスターの前からもう動くことができない。

 おばあちゃんは、

「私、このポスター、映画館の前で模写したんよ」

 と言った。

「はい、持ってきてます!!」

 私はリュックサックを下ろした。これはグレゴリーの登山用の物だが、本をたくさん運ぶために持ってきた。

 腰で支えるので軽い状態で坂道を上ってこられた。

 その中に、今までずっとおばあちゃんが書いてきたノートを持ってきたのだ。


 出して開くと古い本の匂いがした。

 そしてそこには、目の前にある絵と同じものが描かれていた。

 私と高橋さんはそれを見て興奮してしまう。


「同じ絵じゃないですか。すごい……すごいです……!!」

「せやろ。昔はパンフレットなんて無くて、もうこの絵が全てだったんよ。毎回通って……映画館の前でこの絵を描いたんよ」

「すごいですね!!」


 私と高橋さんは、おばあちゃんが五十年前に描いた絵と、目の前にあるポスターを見た。

 高橋さんとおばあちゃんは他のポスターや、最古のパンフレットを見始めたので、私はおばあちゃんと同じようにこのポスターを模写しようと思った。

 なんだかそれって、とても豪華な気がする。


 実は模写する気マンマンで、ちょっと大きなスケッチブックと色鉛筆も持ってきたのだ。

 高橋さんが椅子と机と冷たいお茶を持ってきてくれた。

 私はお礼を言ってそこに座り、描き始めた。

 それは今までで一番幸せな時間で、私はただ筆を動かし続けた。


 過去がここにあって、その想いをおばあちゃんが引き継いだ。

 ここで出会うことで、私にも引き継がれる。

 未来に、私が繋げる。

 私にできることって、ちゃんとある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る