第4話 会社の橘


 ばあちゃん……何してるんだよ……。

 

 俺は業者から来たメールをみて頭を抱えた。

 どうやら「夜はお酒を売りたい」と言った俺の言葉に興奮して、生ビールサーバーの契約をしてしまったようだ。

 それも注ぎ口が何個もあり、工事が必要な特殊なタイプで、かなりの金額だ。


 一度話を止めてもらい(というか業者のほうが心配して俺にかけてきた)話し合うことにした。

 そもそも生ビールは設備の維持にお金がかかる。

 清掃代金も安くないし、なにより最低量の確保が必要で、甘い覚悟で導入できない。

 そもそもこれは、ばあちゃんが飲みたいから勝手に契約したんだろ?!


「……もう身勝手すぎるだろ……何にも考えてねえ、頭の中に酒が入ってんのか? どこにそんな金があるんだよ、普通に考えればそんなの無駄だって分かるだろ?!」

「すいません、何かミスってましたか?!」

「……いや、すまん、違う。家業のほうだ」


 いつの間にか打ち合わせに向かう車の中で口から愚痴があふれ出していた。

 仕事中なのに頻繁に電話がかかってきて、イライラしてしまう。

 それを無視すると多額の契約をされていたりする。

 ……はあ、直前で止められて良かった。

 今日は早く帰ってばあちゃんをこってり絞らないと、何されるか分かったもんじゃない。

 そもそも現時点でメインの客は小学生なのに、入り口のデカい所に生ビールサーバーって何なんだよ!!

 俺がイライラしていると、運転してた羽鳥が遠慮がちに口を開いた。


「大変ですね、ご自宅でもお仕事されていると伺っています」

「そうだな、長く家業を続けている」

「僕がもう少しちゃんと出来ると良いのですが……すいません、すぐにテンパってしまって……」


 羽鳥は俯いて言った。

 正直、仕事に集中したいのにばあちゃんがやらかして電話がかかってきたり、返品に手間取ったり……。

 仕事に関係なくイライラしていることが多い気がする。


 先日橘が「五島さんは必要以上にビビられてますね」と言っていたのを思い出した。

 俺は目を細いし身長も高いし口調もキツイし口うるさいし、なによりいつも一言余計に口から出てしまう。

 よく考えたらビビられて当然のような気がしてきた。

 でも羽鳥はよく頑張っているほうなのだ。

 その証拠に……、

 

「俺の下で一年持ってるのは羽鳥が初めてだ。すまないな、目に付くと指摘してしまう」

「!! いえいえ、僕が至らないだけです。がんばります」


 そんな言葉ひとつで嬉しそうな表情をする羽鳥を見て俺は「もう少し余裕を持とう」と思った。

 そしてふと思いだした。


「なあ、WEB部の橘って、最近どうだ?」

「どうだ……と言われましても……、相変わらず締め切り直前まで引っ張られますけど、仕上がりは最高ですね。他の人に頼むと結局修正が入って、企画が間に入る分曖昧になるんですけど、橘さんは作業する時点で分かりやすく箇条書きにして聞いてくれるので直しが全く発生しないんですよ。だからUPしたら終わり。評判が良くて一回橘さんに仕事を頼んだクライアントは、また橘さんにお願いしたがりますけど、スケジュールはかなりタイトですね。それに、やっぱり作業が遅いので」

「なるほど」


 やはり俺の評価と変わらない。

 遅いけど完璧だ。

 運転しながら羽鳥が続ける。


「最近は金曜日に飲み会が多いんですけど、そこでご飯をいっぱい食べてる……というイメージですね。普通飲み会が始まったら初手ビールじゃないですか。橘さんは初手焼きおにぎりとか焼きそばなので『痩せてるのに、よく食べる子』って感じです」

「あー……なるほど」


 橘は本当に金を貯めていたようだ。

 だから会社でやっている飲み会で夕食を済ませてたのか。

 この前も俺が作ったボロネーゼを皿までなめ尽くす勢いで食ってたからな。

 ……そうか。それで「金曜日は来られない日が多いです」と言ってたのか。

 金曜日はわりと客が多いし、橘には店に居てほしいんだが、そういうことか。

 羽鳥は運転しながら口を開く。


「今日も飲み会があるんで……」

「今日もあるのか」

「え、来られますか? 五島さん、飲み会は来られないですよね?」

「いや、橘は来るのか」

「来られると思います。ていうか、あれなんですよ。うちの佐々野ささのさんと、WEB部の向田(むこうだ)さんって、微妙じゃないですか~。ふたりとも四十後半バツイチで環境も似てて、もうお互い好き~~! って感じなのに、年齢が~とか立場が~とか子どもが~とか色々気にして、腹探りあって酒の席でしか話せないから、俺たち企画とWEBの飲み会が頻発してるんです。もうこれが……」

「なるほど、それは迷惑だな」

「いいえ、そんなことは言っていません!! 少し多いな、と思うくらいです!!」

「佐々野さんにも向田さんにもいうわけないだろ」

「……そうですよね、すいません。でもまあ……それが理由で金曜は結構飲んでますね」


 佐々野さんは企画のボスで、女性管理職としてバリバリ働いている人だ。

 分かりやすくキツいが、俺も同じくらいキツイので、仕事が出来るだけ嫌いじゃない。

 去年離婚しているはずだ。


 そしてWEB部のボスの向田さんも離婚している。

 若い頃に出来たお子さんはもう成人していて家を出ていて一人暮らし。佐々野さんをずっと気に入っている。

 社員旅行行ってもイチャイチャしてるし、意識しあってるのは皆わかっているのに、くっ付かない。

 うちの会社の「良い大人がいつまでもめんどくせーな」枠だ。


 そんなの今までどーーーでも良かったが、金曜日の橘は解放してほしい。

 週末は客が多いんだ。


「飲み会は全員参加なのか?」

「そうですね、事情がある人以外は来てます。やっぱり佐々野さんも、向田さんも、自分の言う事を聞く人に美味しい仕事を渡す……みたいな所あるじゃないですかー。結局人間だから自分の言う事聞く子が可愛いですよね~~、あれもどうかと思うんですけど……あ! えっと五島さんみたいにご自宅の事情があって参加されてない方も……いる気がするような、しないような!」

「基本的に強制参加か。そんな怖い飲み会、最悪だな」

「いやー……まあ、ただ酒なので、俺はそれで十分です」


 ただ酒。

 それを聞いて俺は思い出した。


 橘って、酒飲むと気持ち悪くなるって言って無かったか?

 思い出すと、店に来てる土曜日の午前中……いつも顔色が悪く、体調が悪そうだった。

 あいつ、金曜の夜に飲まされて土曜日も調子が悪くなるくらい酒が苦手なのか。

 断れよ!! と思うが、橘のキャラで断れるはずがない。

 俺は腕を組んで口を開いた。

 

「なるほど。飲み会は何時からなんだ」

「えっ?!?! 五島さんがいらっしゃるんですか?!」

「何時からだと聞いている」

「駅前の焼き鳥処カツミで十九時からです!!」

「分かった」


 俺は腕を組んだ。 

 じゃあ今日の十九時までに、橘に『飲み会に行けない事情』を作ればいいんだな。


「っ……たく」


 酒のんであんな状態になるなら、家で俺が作り置きしている飯を食えばいい。

 俺はイライラすると飯ばかり作ってしまい、冷蔵庫にはストックが溢れている。


 WEB部も企画もげんなりしてる飲み会と向田さんの面倒な恋……それに橘の確保……全部一発で片付けられないだろうか。

 俺は考えながらスマホを立ち上げてLINEを打った。

 ひとつ名案がある。



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