第2話 予想外の来客
「ばあちゃん、また変なもの買っただろ」
俺……
テーブルにペットボトル飲料が見える。
箱の横に書いてある文字は【宇宙素粒子の力を身体に!!】
また詐欺に引っかかってる。俺はそれを摑んで叫んだ。
「こんなの何で買っちまうんだよ、なんだよ宇宙素粒子の力って!! ちょっと考えればわかるだろ、こんなのどっからどう考えて詐欺だろ?!」
「だって商店街の内田さんが、身体に良いっていうからさあ」
「断れ!! バカだろ、こんな普通の野菜ジュースに……三万円?! はああ??」
「いいだろ、私のお茶友達だよ」
「だからさあ~~~~~」
俺の家は、商店街の一番奥……小学校の目の前でレンタルビデオショップを経営している。
ビデオレンタルというが、入り口には古びたベンチと地元の野菜、百円のアイスを売ってる冷蔵庫。中に入ると駄菓子とオモチャ、その横には小学生が勝手に読む漫画、そして学校用品、何年も売れてない本、そして一番奥に巨大テレビが並んでいる。
つまりのところ、小学校近くにあるよく分からない店だ。
俺の両親は早くに亡くなり、一人っ子だった俺をばあちゃん……
でも俺は仕事が忙しくて、全く相手ができない。
その心の隙間に詐欺が入りこんで妙な商品を売りつけてきて困ってる。
俺は足元に転がっている段ボールから古いベータを摑んで出した。
「これも買ったのか。パッケージが全部青くなってるな」
ばあちゃんはプーンとそっぽを向いて口を尖らせた。
「古いから当たり前じゃないか」
「レンタルされないだろ、こんなの」
「誰にも貸さないよ!! ていうかベータの再生機なんて持ってる人いないよ!! ったく尚人は、何でもかんでも、商売として考える。ず~~~と見張ってたオークションにやっと出たんだよ。これはレアだよ。もうベータにしかない幻の作品だ」
「ていうか、うちはビデオレンタルなんじゃねーのかよ。ベータ買ってどうするんだよ!!」
数年前までは普通の店で、ばあちゃんも最新作を仕入れていた。
でも駅前に有名レンタル店が来てから完全に趣味に暴走している。
今や仕入れというより、勝手にベータマックスを買い集めている状態だ。
でも詐欺より全然マシなんだよ!!
ばあちゃんは嬉しそうにテープを綺麗に拭きながら口を開いた。
「今日ね、インターネットで知り合った子がこれを見に来るんや」
「ちょっと待てよ、それまた詐欺だろ、絶対詐欺だ。肩こりが改善するベータマックス持ってくるぞ」
「お前はどーーーーしてそんなに人を信じられないんや。ばあちゃんの長年の友達だよ。あの任俠漫画描いてる子や」
「本当かよ?」
ばあちゃんは昔から古い映画が好きで、若い頃は名画座に通い、看板の絵を模写してノートに描いていた……今でいうオタクだ。
今でいう聖地巡礼を昔からしていて、子どもの頃俺も、何度も一緒に出かけた。
最近は同人誌というジャンルを知り、映画批評本やオリジナルの漫画も楽しそうに読んでいる。
「ほれ尚人も見てみろ、最高や」と見せてもらった漫画は冒頭数万字事務所の設定が書いてあり、延々と二つの事務所が戦っていた。
設定が五万字、絵が四ページ。濃すぎて意味が分からない。でもばあちゃんが楽しそうにしてるのを見るのは好きだから別に良い。
問題は『漫画じゃなくて詐欺師じゃないのか』だ。
この前「ばあちゃんの友達だ」という人が来たけれど、5Gを除去するマッサージを売っている人だった。未来にも限度がある。
その前は力が湧く水、その前は若返りの電気だった。
毎回即返品しているが、飲料は無理だし、この前は妙な数珠を買わされてしまった。
何度言っても「力が湧くんや!」と外さない。
俺にはそれが『詐欺オッケーの印』にしか見えないんだ。
そのうち唯一の資産……この土地と横のマンションごと奪われる気がして恐ろしい。
俺は出社の準備をしながら口を開いた。
「怪しいヤツだったら追い返すからな。俺が確認するまでドア開けるなよ!!」
「へいへい。もうなんだってこんなに理解のない文句ばっかりいうクソ孫になっちまったのねえ~~~」
「ばあちゃんさあ、俺もいじわるで言ってるんじゃねーんだよ、そのクソみたいな数珠を外せよ、中に何が入ってるのか分かったもんじゃねえぞ!」
「いってらっしゃぁ~~~い」
っ……たく、なんなんだよ!!
俺はイライラしながら出社して仕事を始めた。
俺は旅行会社の企画部で六年働いている。
ばあちゃんと旅行に行くのが楽しくて、この業種を選んだので仕事内容に文句はない。
ただ、付き合いが多く、忙しいときは終電になる。
変なもの買ったら即返品したいのに、まともに家に帰れない。
イライラしながらメールをみると羽鳥はまた送り先を間違えている。
「……おい、羽鳥。どうしてこのメールを田中バスに送ってるんだ?! どーーーしてわざわざ送るほうを外して別の奴を追加するなんて器用なことができるんだよ、意味が分かんねーぞ!!」
「すいません!!」
今日は必ず定時に帰らないと駄目なんだ。
もっと真剣に仕事をしてくれ!!
その数時間後……家に来たのは、詐欺でもなんでもなく同じ会社の地味女子、橘絵里香だった。
奥の巨大テレビにはVHSとベータマックスが繫がっていて、いつも古い映画が流れている。
ばあちゃんはソファーに橘を座らせて一緒に映画を見始めた。
推しの俳優が同じらしく、キャーキャー言いながら映画を見ている。
橘の横顔は、会社とは全くの別人で、正直かなり驚いている。
女性が多いWEB部には後輩の羽鳥に行ってもらっていて、正直顔を忘れていたので、名乗ってもらうまで分からなかった。
それに橘は会社では静かに、黙々と仕事をしている地味な子だ。
その子が……あの濃厚設定の任俠漫画を描いてるなんて正直信じられない。
橘は机に置いてあった怪しいチラシをみて眉間に皺を入れた。
「りんごポンチさん。これ、詐欺だよ。買ってない?」
「身体に悪いもん入ってないやろ? 一箱だけ買ったわ」
「お金は推しのためだけに使いましょう? 見て下さい、私この前発見したんですけど、長崎に高見さん記念館があるんです。なんと手書きポスターが飾ってあるんですよ!」
「なんやて、見に行かなあかんな!!」
「そうですよ、変なジュースにお金使ってる場合じゃないです。これからは推しだけにお金を使いましょう!!」
「せやな!! これからはちゃんと断るわ」
そう言ってばあちゃんは手から数珠を外した。
何度言っても外さなかったのに?!
俺は後ろで見ていて茫然とした。俺の言うことは聞けないけど、オタク仲間の言うことは聞くのか。
それに……チラリと玄関のほうに置いてあるアニメグッズを見た。
「……なあ、橘。あの玄関に置いたアニメグッズ、お前の紹介か」
「あ、そうです。りんごポンチさんに紹介したんです。今はあの辺が熱いですよ!!」
そう言ってほほ笑んだ。
おかしいと思ったんだ。やたら文房具が売れるから何かと思ったら流行の商品を仕入れていたのだ。
俺が店の仕入れに口出しするとキレて追い出すくせに、橘のアドバイスは聞くんだな。
橘、使えるな。
俺はプツッと再生を止めた。
「あーーーーーーーー?! 尚人お前何してんのや!!」
ばあちゃんがブチ切れるが、俺は二人の前に立った。
「なあ橘。この店を手伝ってくれないか」
「はい?!」
「橘に言われて置いたアニメキャラクターの商品はよく売れている」
「それは……オタクなので売れ筋はそれなりに分かります」
「何より、ばあちゃんの話し相手になってやってほしいんだ」
そう言うと、ばあちゃんはクルンと橘の方をみて手を握った。
「!! 考えもしなかったけど全然ありや。だるまちゃんが毎日来てくれたらばあちゃんめちゃくちゃ嬉しいわ。尚人じゃ話し相手にならん。文句ばっかりや。淋しくて話し相手求めて商店街の集まり行くと、商品を勧められるやろ? 話聞いてもらったお礼に買っちゃうんや。だるまちゃんが来てくれるなら行かん。ばあちゃんとこの店で映画三昧しよ。趣味の店をつくろ! 映画の本も置くんや」
「!! それは……ちょっと楽しそうですね」
そう言って橘の目が輝いた。
もう一押しだ。俺は畳みかけるように口を開く。
「ちゃんとバイト代金も出す。うちは副業可だから、問題ないだろう」
「!! 突然そんな……いいんでしょうか」
「マニアックすぎるばあちゃんの話し相手になれる人なんて、他に見たことない。だから頼んでいるんだ」
橘はその言葉に目を細めてほほ笑んだ。
「……五島さんって、会社では必要以上に恐れられてるんですね。そんなに怖くなくて安心しました」
「!! そうじゃなくて、するか、しないのか!!」
「します!」
そう言ってほほ笑んだ橘の笑顔がクシャクシャに崩れてて人間らしくて、会社とは本当に別人だな、と俺は心の中で苦笑した。
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