第13話 夏祭り

「綺麗だねぇ」


 部屋の窓から、道に流れていく灯りを見ていた。一年で一番大きな祭りの日。街の人がみな手作りの提灯を持って歩いている。街灯は消されているから、ユラユラと提灯の灯りだけが蠢いている。


「あんたも祭りに行ったら良かったのに」

「姉様が店にいるのに、遊びになんて」

「なら、私の為に屋台の食べ物を持ってきておくれよ」

「そりゃ何でも持ってきますけれど」

「なら、ほらこれ持ってお行き」


 姉様は私に銅貨を手渡して手をヒラヒラと振ってみせた。

 街に出ると道には屋台か並び、いつもなら馬車が通る道も通行止めになり、人が溢れるように行き交っている。賑やかなその様子に、私は立ち止まって楽しそうな人達をに目を向けた。

 親子連れ、友人同士、恋人……、自分とは全てにおいて縁遠い存在達。眩しいのは提灯の灯りのせいだけじゃないかもしれない。

 数軒の屋台を覗き、美味しそうなお肉の串焼きや麺を炒めた物、 茶色いソースのかかった丸い焼き物(食べたことのない私には食べ物の名前がわからなかった)を買い、手持ちの袋に入れた。姉様の食べる量にしたら多めに買ったのは、余りを相伴できるかもしれないという下心からだ。

 実際、今までも姉様は私が食べたことのないような珍しい菓子や食事を惜しげもなく分けてくれていた。


 私は買い出しした食べ物を抱え、提灯の灯りを避けながら店に戻ろうとして、暗がりから伸びてきた手に引きずり込まれた。


 ★★★


 道場合宿から帰ってきた数日後、私は花ちゃんの家で浴衣を着付けてもらっていた。


 自前の浴衣なんかも持っていなかったから、花ちゃんの白地に朝顔の浴衣借りて、赤い帯を片蝶結びに結んでもらい、短い髪の毛をつけ毛をつけてアップっぽくしてみた。花ちゃんは薄紫に小花と蝶の柄の浴衣に、黄色い帯を花結びにしていた。


「琴ちゃん、髪の毛伸ばしてみたらよろしいのに。アップも可愛らしいですわ」

「うーん、捕まれたらアウトじゃない? 」

「捕まれますの?! 」

「捕まれ……ないかな」

「捕まれたことはありませんわよ」


 花ちゃんは目を丸くして驚いている。仕上げと、紅をひかれて浴衣姿が完成した。二人並んで鏡に映ると……。花ちゃんは補正して補正して補正しまくって尚身体の凹凸は隠しきれておらずお色気が溢れており、私は無補正で悲しいくらい浴衣向きな体型を晒していた。


 いいんだもん。純日本人体型ってことで、浴衣似合ってるし。


「和君も浴衣着るって言ってましたわ。楽しみです」


 尚武君も浴衣着るのかな? すっごく似合いそう。


 今日は神社でお祭りがある。あと、規模はそんなに大きくないけど、土手で花火大会もあるのだ。中学に入ってからは、毎年花ちゃんと浴衣(花ちゃんのを毎年借りてる)を着て来てるが、今年は尚武君達も一緒だ。私達が浴衣で行くと言ったら、じゃあみんな浴衣で揃えようと花岡君が言い出した。


 待ち合わせは神社の鳥井の下。それなりに人手も多いから、ちゃんと会えるか心配だったけど、そんな心配は無用だった。

 だって、普通の成人男子よりもちょい高めの尚武君は、遠目からも目だっていたから。


 黒に細い白のストライプの甚平姿の尚武君は、ホ・ン・ト・ウにカッコいい!! まず体格。引き締まった脹ら脛に長い脛、筋肉質な太い太腿、引き締まったヒップ、逞しい上半身。見たことないけど絶対シックスパックだよね。長くて太い首、その上の顔は強面だけど、実は小顔で八頭身どころか十頭身なんじゃ?

 顔だって、太い眉に切れ長で三白眼気味の目、鼻筋の通った高い鼻に、大きめの薄い唇は男らしいと思う。


「和君達いましたわ。和君、お待たせしましたか? 」


 花ちゃんが下駄をカタカタ音を鳴らしながら小走りで手を振る。


「ウワッ、浴衣似合ってる。超可愛い」

「和君も素敵ですわ。男性の浴衣姿も良いものですわね」


 花岡君は浴衣を着ていた。正直、体型的には今一感は拭えないけれど(私の主観)、整った顔立ちのせいかそれなりに似合っていた。


「琴音ちゃんも凄く素敵だ」

「花ちゃんに借りたの」

「髪……? 」


 尚武君が私の髪の毛を不思議に思ったらしく、ごく自然に私の頭に触れた。


「尚武、それセクハラだから」

「あ、悪い」


 花岡君に睨まれて、尚武君は慌てて私の髪の毛から手を引っ込めた。

 離れた手を寂しく思ってしまった。普通なら、嫌悪感でいっぱいになってる筈なのに。


「大丈夫。これ、つけ毛なの。花ちゃんがしてくれたんだ。私、髪の毛長くしたことないから少し新鮮。変……かな? 」


 尚武君をチラリと見上げてみれば、珍しく視線を揺らして僅かに目尻を染めた表情の尚武君がいた。


 照れてる?

 もしかして、髪型が尚武君の何かしらの琴線に触れたんだろうか?それなら髪の毛……伸ばしてみようかな。


「似合ってる……んじゃないか」

「無茶苦茶可愛いよ。二人共、和装も凄く似合うね。色合いも二人にピッタリだ」


 無愛想ながら愚直な様子の尚武君と、人好きのする笑顔で耳障りの良い言葉を滑らかに吐き出す花岡君。

 私は前者の方が好ましいと思う。


「ありがとう。ね、花火まで時間あるから屋台見て回ろ」

「そうですわね。私、杏子飴が食べたいですわ」

「僕はお化け屋敷入りたい」


 毎年鳥井のすぐ近くにはお化け屋敷と見世物小屋が立てられる。お化け屋敷からは悲鳴がひっきりなしに聞こえてくるから、一度も入ったことはなかった。


「お化け屋敷、良いですわね。私入りたいです」

「私はパス。待ってるから三人で行ってきて」

「えぇ、どうせならみんな一緒に入ろうよ。怖いなら、僕が手を握っててあげるから。目をつぶってても歩けるようにさ」


 いや、余計に結構です。


「多分、怖すぎて気分悪くなっちゃうから止めとく。ほら、行ってきて」

「じゃ、俺も待ってるから二人で行ってきたら? 」


 尚武君が花岡君をトンとお化け屋敷の方へ押す。花ちゃんは二人でと聞いて嬉しそうに花岡君の腕をとる。


「怖いからつかまってても良いかしら? 和君行きましょう」

「あ……うん」


 花岡君は何回か振り返りながらも、花ちゃんとお化け屋敷に入って行った。


「尚武君は行かなくて良かったの? 」

「あぁ、毎年同じだしな。小学生の時は毎年入ってたし」

「毎年」

「最後にさ、隠れてた人間が出てきて驚かすんだけど、出るタイミングとか場所とか知ってるから、全然怖くねぇの。さすがに、もういいかなって」


 花ちゃんの悲鳴らしき声を聞きつつ、五分も待たずに二人は出口から出てきた。入る時は軽く添えられていた花ちゃんの手は、しっかり花岡君の腕に巻き付き、半分抱きつくように寄り添っていた。


 なんかいい感じ!


 花ちゃんは「怖かったですわ」と笑いつつ、花岡君の腕から手を離すことなく、「次行きましょ」とそのまま花岡君を引っ張って行く。

 自然と、その後ろから尚武君と私がついていく形になった。


 射的にスーパーボールすくい、水風船釣り、みなで焼きそばとお好み焼きを分け、杏子飴とソースせんべいはテッパン。かき氷で水分補給して、花火を見る為に土手に移動した。


「凄い、混んでるね」

「ここ、穴場だったんだけどな」


 花岡君と尚武君が穴場だと言って連れてきて貰った場所は、他よりは空いてはいたけれど、カップルが沢山いてベタベタとくっついていた。


「ある意味穴場ですわね」


 花火が始まったら花火を見ていればいいんだろうけど、今はちょっと……かなり目のやり場に困る。


「移動……するか? 」

「今移動しても良い場所はないよ。いいよね、ここで」


 カップル達がイチャイチャラブラブする近くで、私達はなるべくそちらを見ないように一列に並んで座った。花ちゃん、花岡君、私、尚武君。花岡君がハンカチを敷き、そこに花ちゃんを誘導したことで、この並び順になってしまった。花火はすぐに始まり、私達は黙って空を見上げた。

 ドンドンッとお腹に響く音が連発し、時間差で弾ける火花が金色に空を染める。「オオッ! 」と声が上がった。


「綺麗ですわね」


 花火の音で聞こえなかったけれど、花ちゃんが花岡君に半歩寄り添い、顔を近づけて何か楽しそうに何か話している。

 私はただボーッと花火を見上げていたら、いきなり右手を握られて全身がびっくりと跳び跳ねた。私の右側にいるのは花岡君で、顔は花ちゃんの方を見て笑顔で話ながら、手だけがしっかり私の手を握っていた。


 えっ? 何で?!


 面と向かって離してとも言えず、私はグイグイと手を引っ張って花岡君の手から逃れようとするものの、思った以上に花岡君の力は強くて手を引き抜くことができない。


 私は左側にいる尚武君の袖をつかんでしまった。

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