第14話 夏祭り2

「まだ子供じゃねえか」

「でも、……(姉様)の妹分だってよ」

「店にはまだ出てないのか」

「見たことねぇな。ってか、売りに出たら俺らには手が出ねぇよ」

「違いねぇ」


 下卑た男達の笑い声がし、私の頭上で会話が飛び交う。私を羽交い締めにし、口を押さえているのは一人の男のようだが、他にも数人いる様子だ。

 私はバタバタと暴れ、男の手から逃れようとするが、腹に回された手はきつく苦しく、大した抵抗になっていなかった。さらに路地裏に引きずり込まれ、袋小路に連れ込まれる。まるで荷物のように地面に放り投げられ、腹を思いきり蹴り飛ばされた。

 土煙が上がり、蹴り飛ばされた勢いで私は塀に激突する。


「おい、顔に傷つけんなよ。バレたら店から賠償責任もんだ」

「バレねぇよ」

「で、誰が一番にヤルよ」

「そりゃ俺だろ」


 私は身体を丸くして、これから襲われるだろう暴力に備えた。抵抗したらいけない。無駄に酷い目に合うだけだから。


 もし夢の中の少女を、今の私が実際に動かすことができたら、ただやられるだけではないのに! 多分これは前世の記憶。私は見ていることしかできなかった。


 男の手が伸びてくる手前で、また思考がブラックアウトするのかなと思ったけど、ただ目をつぶっているから暗いだけだった。そして、いつまでたっても誰も私に指一本触れてこない。それだけじゃなく、「ギャーッ!」だの「グェッ! 」だの悲鳴やら物が酷くぶつかる音が響き、「覚えてろッ!」と捨て台詞を吐いてバタバタ駆けていく音がした後静寂が訪れた。


 恐る恐る目を開けてみると、目の前に山のような大きな身体があった。提灯の灯りは消え、ちょうど月が隠れてしまい、闇夜にその輪郭しかわからなかったが、見たことないくらいの巨体に(地面にうずくまっていた私からはかなり大きく見えた)、昨晩 姉様から聞いたお伽噺の鬼を思いだし、あまりの恐怖に視界が暗転して気を失ってしまった。

 慌てた鬼(私の中では鬼認定)が私を抱え上げ、店にいた姉様のところまで運んでくれたのだが、私が目を覚ましたのは夜がふけてからだった。


 ★★★


 花火を見上げていた視線が自分の腕に落ち、そして私の方を向いた。


 お願い、何とかして!


 下手に触らないでとか言うと、花岡君が私の手を握っていることに花ちゃんが気がついてしまう。花ちゃんに気付かれないように、花岡君の手を回避したい。そんな気持ちを込めて尚武君を見上げる。


 尚武君はすぐに私の手を握る花岡君に気がついてくれ、眉間に皺を寄せてその手をジッと見ていた。


「嫌なのか? 」


 私にしか聞こえないくらいの小声で聞かれ、私は何度も小さくうなづいた。


「触るからな」


 尚武君は力業で花岡君に捕まれている方の腕を引っ張った。花岡君の手はすんなり離れたが、その勢いで私は尚武君の胸に抱き寄せられた形になってしまう。

 花岡君は唖然と私達を見つめ、花ちゃんにしてみたら、いきなり私と尚武君が抱擁し初めたようにしか見えなかったようで、「あら、イヤですわ」と頬を染めながら「二人はそうでしたのね」と勘違いを深めている。


「……尚武、さすがにそれは」

「もしかして私達お邪魔でしたかしら」


 花岡君と二人っきりになりたい花ちゃんは、「お邪魔でしたか。お邪魔ですわね。お邪魔ですって」と意味不明な活用形を作り出し、花岡君の袖を引っ張っている。

 私は引っ張られた勢いでひっついた尚武君の胸板に貼り付いて硬直していた。


 私より高い体温に、やや速い鼓動。洋服の柔軟剤の香りと汗の匂い尚武君個人の匂いが混ざりあって、男の子っぽいというか……なんか落ち着く匂いだ。匂いフェチではない筈なのに、なんかこの匂い凄く好きかも。

 それに、包まれて安心できる大きな身体、誰からでも守ってくれそうな筋肉質な身体。ギュッてして欲しく……じゃない! 私、何かのフェティシズムの扉を開いてしまった?!


 尚武君は男女関係なく良い人だと思うし、友達として好ましいと思う。男嫌いの私でも、男だからって理由で何がなんでも誰彼構わず嫌いになる訳じゃない。

 まぁ、友達だって思える男子は生まれてこのかた、いや前世合わせても尚武君しかいないけれど、友達にギュッてして欲しいとか思っちゃダメだよね。特に異性の友達にはさ。


 でも、何故かわからないけれど自分から離れることができなくて、抱きつきはしないけれど引力があるかのように寄り添ってしまう。尚武君も今はつかむ手に力は入ってないが、その手は離されることなく添えられていた。


「いい加減離せよ。同意なく抱き寄せるとか、琴音ちゃんが困ってるだろ」


 いや、それを花岡君が言うかな。同意なく私の手を握って離さなかったくせに。それに、今は別に困ってない。戸惑っているだけだ。主に自分感情に対してだけどね。


「ほら琴音ちゃん」


 花岡君の手が私の方へ伸び、私はさらに尚武君に密着してしまった。尚武君の手も私の肩を抱くように回され、花岡君の手を阻止してくれた。


「嫌か? 」

「尚武君は嫌じゃないよ」

「あらあらまぁまぁ、琴ちゃんたら尚武君とは普通にお喋りすると思ってましたけれど、やっぱりそうだったんですわね」


 言い方は多少オバサンくさいけれど、手をポンと叩いて言うその顔にはパアッと笑顔が広がる。


「そうだったって何が? 」


 片や花岡君は口元は笑みを浮かべているが、目は全く笑っていない。


「それは私の口からは言えませんわ。ほら最後の打ち上げ花火みたいですわよ」


 ドーンッと大きな音が鳴り、今までで一番大きな花火が上がった。最後、金色の火花がキラキラ光って消えた。

 それを見ていたのは四人の中で花ちゃんだけだった。

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