さあ、映画を楽しもう……!

「えっ? えぇぇぇぇぇ……っ!?」


 あまりにも意外なその趣味に、困惑することしかできない零。

 しかし、澪の発言を否定しないところを見るに、優人がこういった映画が好きだというのは真実なのだろう。


 色々と疑問はあるが、どうしてそんな映画を好きになったのだろうかと彼へと視線を向ける零へと、少し気まずそうな表情を浮かべる優人が言う。


「いや、あのさ……こういう映画ってB級映画に多いんだけど、結構演出とか凝ってるから勉強になるんだよ。【悪夢のサンタクロース】シリーズって知ってる? 結構シナリオも良くって、人気も高い名作なんだけどさ……」


「……とかなんとか言ってますが、一番の理由は何かにゃ~?」


「……ストレス発散になる。【トランプキングダム】時代とか、嫌なことがあったら犠牲者の顔を脳内で嫌な上司とか同僚に変換しながら見るのが好きだったんだよね」


「理由が怖過ぎますって……!!」


 今現在、優人の脳内では何人の【CRE8】所属タレントが何回犠牲になっているのだろうか?

 多分だが、梨子と流子は一度は殺人鬼の手で残虐に始末されているんだろうなと考える零であったが、その胸にぶるぶると全身を震わせて怯える有栖が飛び込んでくる。


「れ、零くん、ももも、もう、無理……っ!!」


「だ、大丈夫だよ、有栖さん! 怖いのはこの辺だけだから! これに慣れれば、後は平気――」


「ああ、このゴアシーンは序の口かな? 本格的な殺戮はここから始まるし、山場は本当にすごいよ」


「ぴえぇぇぇぇぇっ!?」


「優人さん! 怖がらせないで! 余計なことを言わないでください!!」


 多分、優人的には親切で言ってあげたのだろうが、それはどちらかというと心を折ると書いてと読む行為にしかならなかった。

 先輩後輩カップルがそんな愉快なやり取りを繰り広げる中、他のメンバーは何をしているかというと……?


「………」


 紫音は目を開いたまま気絶し、微動だにしない状態になっていた。

 突然のグロ描写に精神が追い付かなかったのだろう。可哀想に、意識が天の国へと送り届けられている。


「ひいいいいいいっ!? 頭がっ! 脳がっ! 血みどろぉおぉっ!?」


「ちぇ、ちぇ、ちぇ、チェーンソー!! それは、それだけはダメぇぇぇぇっ!!」


「うぶえっ!? ち、乳に挟まれるっ! デカパイサンドで呼吸困難になって死ぬっ! ちょっ、あんたら! マジで落ち着いて!! 映画が終わった後にガチの死体が、ぐももももも……!?」


 気の弱い伊織は本格的に始まった殺戮の宴にメンタルを崩壊させてしまったようだ。

 隣に座る天に抱き着き、泣き叫び続けている。

 そんな天を挟んで反対側に座る沙織も、殺人鬼が武器として取り出したチェーンソーの音を聞いた瞬間にトラウマが蘇り、子供のように泣きじゃくりながら彼女に抱き着いていた。


 結果、爆乳を誇る同期と後輩に両サイドから抱き着かれた天は、その顔面を柔らかくも質量のある合計四つのお山に挟まれ、上手く息ができない状況になっている。

 本格的にヤバい感じになってきた彼女は二人を叩いて自分の危機を知らせようとするも、それは上手く伝わっていないようだった。


「……今さらだけど、【悲鳴大絶叫】シリーズとかの方が初心者向けで良かったかもなぁ」


「ああ、うん。あたしもそう思うよ。でもまあ、これはこれで面白いからいいんじゃない? ゲームが出たりして、結構旬の映画ではあるしさ!」


 唯一平然としているクリエイターカップルはというと、実に楽しそうに殺人鬼による血みどろスプラッターパーティーを楽しんでいる。

 彼氏の膝の上に座って背後から抱き締めてもらっている澪の姿は、大分甘々な光景に見えるのだが……その視線の先では多くの男女が殺人鬼によってグロテスクに葬られていることを忘れてはならない。


 怯える有栖を必死に宥めながら、年上のカップルのイチャつきと見ている映画のグロテスクっぷりによる温度差を死ぬほど感じる零がもうどうすりゃいいんだと困惑する中、映画は最大級の見せ場である殺戮シーンへと移っていく。


『ウオオオオオオオッ!!』


『ぎぃやあああああああああああああああああああっ!!』


『誰か助け――ぐえええええっ!?』


「ひいいいいいいっ! 血、血、血ぃいぃいっ!」


「はぅ……うっ」


「チェーンソーは止めてぇぇえっ!! 人体を貫通させないでぇぇっ!! うええええええんっ!」


「し、死ぬ……乳にサンドされて死ぬ……」


「れれれれれ、零くんっ! 零くぅぅんっ!! もうやらぁあああああああっ!!」


「結構頑張ってるね、このシーン。スタッフさんたちのやる気が見える見える」


「まあ、ここが一番の目玉だしなぁ……この部分の熱量は僕も好きだよ」


「地獄だ……地獄だ……」


 泣き叫ぶ同僚たちの声と映画の中から聞こえる被害者たちの悲鳴、チェーンソーの音……そんな状況の中で冷静に感想を話し合う優人と澪の姿を見た零が呟く。

 このカオスが過ぎる状況はそう表現することしかできないと、そう考える零は必死に自分に縋り付く有栖の頭を撫でながら、彼女を励ましていた。


 しかしまあ、最大の盛り上がりである血みどろのバス内殺戮ショーが終わった後は、こういう映画でお決まりの主人公たちの反撃のターンである。

 主人公姉妹が武器を手に殺人鬼に立ち向かい、激しい戦いを繰り広げた後に姉が振るったチェーンソーの一撃で体を貫かれ、倒れ伏す。

 そのまま倒れ込んだ先にあった沼に沈んでいく殺人鬼を見つめながら抱き合う姉妹の姿を映した後、映画はエンディングへと向かっていった。


「……疑問なのですが、先ほどまであれだけ無双していた殺人鬼がたった二人の女性、それも片方は子供のコンビに負けるのっておかしくないですか?」


「まあ、それが映画だし……大暴れして疲れちゃったんじゃないかな?」


「そうかもしれませんね。それに、姉妹の絆は強いものです。私と伊織ちゃんでもきっとこの映画の殺人鬼を討伐できていたことでしょう。ててれて~ん」


「本気で死ぬかと思った……! もうこのコンビの間には座らないわ……!!」


「チェーンソー、やっぱりチェーンソーは良くないさぁ……たくさんの人たちが死んだよぉ……」


 朝日が昇り、明るくなっていくゴーストタウンの中で生き残ったことを喜び合う姉妹の姿を見ながら一同が話し合う。

 彼女たちが車の自動運転システムを設定し、街へと帰ろうとする中……落ち着きを取り戻した有栖が顔を赤くしながら零へと言う。


「あ、あの……ごめんね、零くん。その、急に抱き着いちゃったりして……」


「ああ、いいよ。別に気にしてないからさ」


「そ、そっか……でもやっぱり恥ずかしいな。零くんが気にしなくても、私は気にしちゃうからさ……」


 ほんのりと頬を赤らめさせた有栖が、小さな声で呟く。

 なんとも愛らしいその姿を目にした零は、彼女と視線を交わらせた瞬間……そっと腕を伸ばし、有栖を抱き締めていた。


「れっ、零くんっ!? きゅ、急にどうしたの!?」


「……少しだけでいいから、このままでいて。お願い、有栖さん」


「あ、う、うん……」


 強く、優しく……零が有栖の視線をテレビから逸らすように彼女の顔の位置を調整し、そっと耳を塞ぐ。

 どくん、どくん……と、映画がハッピーエンドを迎えようとしている中、急過ぎる零の行動に驚きながらも彼に全てを委ねる有栖が、自分と零の心臓の鼓動のみに意識を集中させる中、それは起こった。


『ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


『えっ!? きゃあああああああああああっ!』


『おっ、お姉ちゃんっ!?』


「「「「いやああああああああああああああああああああああっ!?」」」」


 オープンカーの自動運転スイッチを押し、姉妹がゴーストタウンから脱出しようとしたその瞬間……沼に沈めたはずの殺人鬼が咆哮と共に姿を現し、姉を強引に車から引き摺り下ろす。

 自動運転によって走り出した車がその場を離れる中、立ち上がった妹が目にしたのは、殺人鬼が手にしたチェーンソーによって首を落とされる姉の姿であった。


『お姉ちゃん! いやああああああああっ!!』


「あばばばばばば……!? お姉ちゃん、メグちゃん、伊織ちゃんの首がちょんぱされて……!?」


「言い方ぁ!! 私、殺されてないから! 死んだのは私じゃないから!!」


「チェーンソー!! やっぱりチェーンソーは悪魔の発明だよぉおおっ!! 指じゃなくて首が吹っ飛んじゃったさぁぁっ!!」


「ぐえええええっ! 沙織っ! 首っ! 私の首が折れるっ! 死ぬぅうっ!!」


「……やっぱりなあ。須藤先輩が妙にニヤついてたから、まだ何かあると思ったんだよ」


「あ~、あたしの反応がネタバレになっちゃってたか~……でもまあ、不意打ちリアクションよりもっといいものが見れたし、良しとしよう!」


 映画鑑賞会参加メンバーが阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げる中、零に抱き締められる有栖は周囲の状況に気付かないまま、先ほどよりも顔を赤くして夢でも見ているかのような表情を浮かべている。

 映画の中では殺人鬼が唸るチェーンソーを振り回し、大絶叫しながら踊り狂っており……切り裂かれた画面が割れ、その奥からこの映画のタイトルが出てきて、ようやくスタッフロールが流れ始めた。


「もうやだ……チェーンソーはやだ……!!」


「すいません、おトイレに行きたいのですが腰が抜けて立てません。色々尊厳を失う羽目になりますが、漏らしてもいいですか?」


「冷静に狂ったこと言ってんじゃないわよ! 連れてってあげるから、気合入れて立ちなさい!」


「は、秤屋先輩……私もご一緒させてください……」


「にゃはははは! これぞあたしが求めていた光景!! 楽しいなぁ! 楽しいなぁ!!」


「……あんまり言いたくないんですけど、優人さんの恋人って性格悪くないですか?」


「そういう部分も含めて好きなんだよ。それに、おしおきするのも楽しいしね」


 サラリとそう答えた優人が澪の頭を撫でた後で立ち上がり、部屋の電気を点ける。

 こうして、優人の趣味を暴くために行われた映画鑑賞会は、一同が恐怖のどん底に落ちた状態で終わりを迎えるのであった。

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