狩栖優人の意外な趣味

きっかけは、こいぬの一言だった……

「狩栖さんのことを詳しく知りたいです」


 ある日の【CRE8】本社にて、紫音が面談を終えて休憩室で一息ついていたメンバーへと唐突にそんなことを言う。

 本当にあまりにも突然な彼女の言葉に驚く一同であったが、そんな紫音からのご使命を受けた優人がその真意を問い質す。


「僕のことを、詳しく知りたいって? 急にどうかしたの?」


「いえ、前々から思っていたことです。狩栖さんは実にミステリアス。どういったご趣味を持っているのかとかそういう部分を私たちはよく知りません。何かする際には私たちに合わせていただいていることが多く、色々と申し訳なく思っている次第であります」


「そんなことを気にする必要はないよ。僕が好きでそうしてるだけだしさ」


「でも、私も紫音ちゃんと同じ気持ちかもです。狩栖さんの好きなこととか、ご趣味とか、そういうことすら知らない気がしますし……」


「……そんなの知っても面白くないよ。うん、そう思う」


 紫音の意見に乗るようにして、自分もまた優人のことを知りたいと気持ちを伝える伊織。

 彼女からも気にかけられた優人が少し言葉を詰まらせながらも拒絶する中、そんな彼の態度に澪と零が待ったをかける。


「だめだよゆーくん。折角、同期が仲良くなりたいって話を振ってくれたのにさ、その気持ちを無下にしたら、いつまで経っても距離が空いたままだよ?」


「俺もそう思います。優人さんの謙虚なところはいいところだと思いますけど、度が過ぎると逆に問題じゃないっすかね?」


「う、う~ん……君たちにそう言われると何も言い返せないな……」


 ご尤もだと、恋人と弟分の正論に白旗を上げる優人。

 一つため息を吐いた彼は、顔を上げると紫音へと質問する。


「オーケー、わかった。なら、できる限り質問に答えるよ。轟さんは僕の何を知りたいのかな?」


「そうですね……では、無難なところからいきましょう。好きな映画を教えてください」


「……え? あ、ああ、うん……」


 本当に無難な紫音の質問に対して、なんだかとても奇妙な反応を見せる優人。

 わずかに視線を逸らし、答えをどうするべきかを悩んでいる様子を見せた彼は、再び彼女へと目を向けると口を開く。


「……他の質問にしない? あんまりいい答えを返せそうにないんだ」


「そう言われると逆に気になってしまいます。是非とも狩栖さんの答えをお聞かせください」


「あ、あの……いっぱいあって一つに絞れないっていうなら、ジャンルとかでお答えくださっても構いませんよ? アクションものとか、ラブロマンスとか……」


「ああ、うん、ジャンル、ジャンルね……ええっと、そうだなぁ……」


 クリエイターとして裏方の作業にも携わる優人のことだ、映画も多く見ているに違いない。

 それに比例して多くのお気に入り作品があるのだろうと考えた伊織が助け舟を出すも、彼はそれでも答えを言わずにいる。

 傍にいる澪に視線を向け、助けを求めているような素振りを見せてはいるが……澪は敢えてそんな彼のことを突き離していた。

 

 こんな簡単な質問にあの優人がここまで答えを出し渋るだなんて奇妙だなと零が思う中、ここまで話を黙って聞いていた沙織がぽんと手を叩いて注目を集めた後、この場にいる面々へと言う。


「わかったさ~! 言葉で説明しにくいなら、直接見ちゃえばいいんだよ~! つまり~、今から狩栖さんおすすめの映画の上映会をやるさ~!」


「え?」


「ああ、それいいかもしれないわね。私たちもお泊り会をやった時に好きな映画を見たりしたもんね」


「いいですね、それ! 私たちも二期生の皆さんみたいなこと、してみたいです!」


「え? え? え?」


「いいんじゃないですか? 大人数でわいわいしながら映画見るのって楽しいですし、今回は男一人じゃないんで俺も燃えなくて済みそうですしね」


「私も、狩栖さんがどんな映画が好きか気になるなぁ……」


「よ~し! じゃあ、決定ね! 今からゆーくんが好きな映画の鑑賞会をしよ~う! 場所は社員寮でいい? 沙織ちゃんちに大きなテレビがあるんだよね!?」


「え? あっ、ええっ!?」


 本人の意思そっちのけで話を決めた一同が、強引に狩栖優人おすすめ映画上映会の開催を決定してしまう。

 期待に笑みを浮かべながら事務所を出て、社員寮へと向かう先輩や同期の背中を見つめていた優人は、最後まで残っていた澪へと質問を投げかけた。


「……澪? あの、わかってるよね? 僕が好きな映画は――」


「うんうん、わかってるわかってる! でもさ、こういうカミングアウトを重ねて、人って仲良くなっていくものじゃない? あたしもそうだったし、そこまで気にしなくても大丈夫だよ!」


「そんなことないと思うんだけどなぁ……」


 ぺか~っ、と輝くスマイルを見せつけながらそう言ってくる彼女に対して、ぼやきをこぼす優人。

 さりとてこの状況ではもうどうしようもないかと考えながら、自分の趣味を熟知している澪が同席する以上、ごまかすこともできないよなと思いながら、優人は零たちを追って社員寮へと向かうのであった。

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